第162話:群れと転移
夜の空島は、灯火と笑い声で満ちていた。
あちこちに焚き火が上がり、樽が開き、肉が焼け、
今日の英雄たち――選抜隊を囲んでの宴が広がっている。
「乾杯だぁーー!!」
「ハッリ! グッナ! お前らほんとやったな!!」
草原全体が揺れるみたいに盛り上がる中、
俺は少し離れた位置で小さな杯を揺らしていた。
(……一ヶ月か)
焚き火の音が遠い。
(確かにノッタは救えた。ハッリ達も立派にやった。
でも……俺も、いつまでもここに居座るわけにはいかねぇ)
視線を少しだけ上げる。
夜の雲の切れ間に、星が滲んで見えた。
(地上の“厄災”。今すぐじゃねぇが、グラナシルの言い方じゃ……、
いずれ、リュリシアたちもヤバくなるかもしれねぇ……)
杯の酒をひと口。
(俺がいなくても浮いていられる島――
それを作らねぇと、ここは離れられねぇ……なにかいい方法は……)
そんなことを考えていた時――
「おーい、またこんな隅っこで飲んでやがる」
聞き慣れた声が背後から飛んできた。
振り返るとリュカ、シア。
すこし遅れてリネアとネラまで並んでいた。
「なんだお前ら、揃いも揃って。
……おまえとシアに関しちゃ、宴があれば真ん中の樽に張り付いてんだろ?」
「そ、そんな張り付いてなんていません!」
シアが頬をふくらませて否定する横で、
リュカが呆れたように肩をすくめた。
「いや張り付くだろ……あたしより……。
基本ずっと飲んでるぞ? 酒乱になりながら……」
「ち、ちがいます! あの時は……リュカ〜!」
「まぁまぁ……んで、こっちは――」
リュカは親指で俺を指した。
「コールは逆。
盛り上がるほど“わざわざ席から離れて一人になる”めんどくせぇ奴なんだよ」
「……そう、なの?」
リネアが小さく息を呑む。
ネラも瞬きをして、俺と焚き火を交互に見た。
「コール、お祭りとか……好きじゃない……?」
「意外だな……」
ネラが首をかしげる。
リュカは溜息をつきながら続けた。
「こいつ、皆が騒いでる時に限って一人になんねぇと落ち着かねぇらしい。
意外と考えごと多い奴だからな」
「意外とは余計だ……悪かったな」
そう言い返すと、シアが俺の隣にぽすんと腰を下ろした。
「……中心にいるのが嫌なら……静かに飲むだけです、コール様の隣で」
「お、おい。隣に座ったら一人じゃねぇだろ」
俺がそう言ったのにもかかわらず、リュカが反対側に座り、二人で俺を挟んだ。
「わかってる。……でも、お前がこうやって少し離れる時は、だいたい――」
リュカは火の方を見たまま、小さく呟いた。
「――悩んでいる時だ」
そう言ってニヤッと笑う。
「図星だろ?」
その横で、リネアとネラはまだ空気を測りかねている様子だった。
リネアがそっとこちらへ近づき、正面で膝をついた。
胸の前でそっと指を組んで、
声は小さいが、焚き火よりも温かった。
「……コール、無理しないで」
「別に無理はしてねぇよ」
俺が酒を口へ運ぼうとした瞬間――
リネアの小さな手が、そっと杯の縁に触れた。
「……リネア?」
焚き火の光で照らされたその指は、かすかに震えていた。
リネアは目を伏せ、小さく首を振る。
「だめ……。
その顔……ナイルの時もしてた……」
「……どんな顔だよ」
「つらい時と……さびしい時の顔」
胸の奥が、不意に揺れた。
リネアはゆっくりと顔を上げる。
気の弱い少女の声とは思えないほど、芯のある声だった。
「コール……がまんして、誰にも言わないまま……
ひとりで全部しようとする時……こうなる」
「………」
俺自身も無自覚だった…。
シアが息をのむ。
ネラが目を細める。
リュカは――なぜか、微笑んでいた。
「……ほら見ろ。言ったろ?」
リュカは焚き火を見つめたまま、ぽつりと言う。
「お前が悩んでるのなんて、隠したって全部バレてんだよ。
あたしらは――もう“お前の群れ”なんだからよ」
「群れ、ねぇ……」
俺がそうもらすと、シアが頭を寄せる。
「そうです。だからちゃんと私たちを頼ってください」
いつも優しいシアだが、その声はいつも以上に優しかった。
シアが俺の袖をつまんだまま、静かに続ける。
「……コール様。
強い人ほど……“頼る”のが下手なんです。特にあなたは……」
そっと俺の横顔を覗き込む。
「でも、人は頼られた時……強くなれます」
ネラも、一歩前に出て言った。
「お前は守る側に立ちすぎる……リネアを、そして二人を守るのは正しいお前のあり方だろう。
だが……、それと同じように……彼女たちもお前を守る強さがある」
焚き火の音が、ぱちりと弾けた。
言葉を失っている俺に、
リネアがそっと微笑んだ。
「……コール。ひとりで泣くの……もう、だめ」
「泣いてねぇ」
「それは…うそだよ?…」
「……」
返す言葉がなかった。
確かにすこし、はそうかも……でもそれはあったかいものだからだ……。
(……こいつら、本当に……)
俺が何も言ってなくても、
隠してるつもりでも、
全部分かってやがる。
リュカが杯を掲げながら、また言った。
「なぁコール。
あたしらはもう“群れ”だ。
――だから、ちゃんと頼れよ」
焚き火の赤が、四人の顔をあたたかく照らした。
胸の奥で、何かがほどけていく。
「……分かったよ。少しくらい……いや、思いっきり寄りかかってやるから覚えとけ」
シアが微笑む。その柔らかさが、胸の奥にそっと触れる。
「……はい。思いきり寄りかかってください。
それが、私たちの居場所ですから」
リュカが笑いながら肩をすくめる。
「聞いたろ?――勝手に一人になんな」
ネラも短く言う。
「頼れ。お前だけが守る側じゃない……」
リネアは杯に触れたまま、まっすぐ俺を見る。
「……ひとりでつらい顔しないで。
いっしょに、いるから」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
俺は観念して、そっと杯を掲げた。
「……分かった。少しくらいじゃなくて……思いきり頼ってやるよ」
四人の杯が軽く触れ合い、澄んだ音が夜空に溶けた。
焚き火の光が揺れる中、
(……頼る……か……お前らにはもうだいぶ救われてるんだけどな)
ーーーーー
翌朝。白い空がゆっくりと明るくなり、島に柔らかな光が差し込む。
選抜隊はリュカとシアにまとめられ、
荷物の整理や怪我の手当、素材の仕分けを騒がしくやっている。
「おいハッリ、そっちは薬草だって言ってんだろ!」
「いてぇ!? それ角だからっ、蹴るなって!」
そんな声を耳の端で拾いながら、
俺は少し離れた丘の上で、グラナシルの前に立っていた。
(……頼れ、か)
風が草を揺らし、巨竜の白い雲を巻き上げる。
(だったら俺は、“俺だからこそやれること”をやるだけだ)
昨夜、あいつらに言われた言葉が、まだ胸の奥に残っている。
一人で背負うのをやめろ、と。
群れなんだから、と。
それでも、ここから先に踏み込むのは――俺の役目だ。
「……なぁグラナシル」
黄金の瞳が、ゆっくりとこちらを向く。
「俺も、ずっとここにはいられねぇ。
お前がこの島を守るように、俺にも地上で守りてぇ奴らがいる」
グラナシルはすぐには答えない。
その沈黙を、風の音だけが埋めていく。
「だからだ。
――この島を、俺が離れても“どうにかなる場所”にしたい」
言葉を選びながら、続ける。
「空島と地上を行き来するための……“転移魔術”ってやつ。
それを使おうと思ってる」
その名を出した瞬間、
グラナシルの瞳がかすかに細まった。
「……コール、軽々しく地上と繋ぐ話を口にするでない」
低く落ちた声には、はっきりとした警戒が混じっていた。
「島の名が地に落ちれば……
空を喰らう餌に群がる、無数の牙を呼び込むことになる」
予想はしていた反応だ。
転移魔術は、都合のいい“近道”であると同時に、
空島の安全をぶち壊しかねない刃でもある。
「分かってる。だからこそ、だ」
俺は一歩、草を踏みしめた。
「見境なく繋げる気はねぇ。
……けど、このままじゃ俺は、この島にも地上にも中途半端なままだ」
「だから“両方”守る方法を、考えた。
お前に黙ってやるつもりはない。最初から、ちゃんと話す」
グラナシルは長く息を吐いた。
雲がふわりと揺れ、丘に影が広がる。
「……よかろう。
ならばまず、地と空の境をどう引くつもりか……聞かせてみよ」
(上等だ。
“頼る”ってのは、こういうところからでもいいだろ)
俺は静かに頷き、
空島と地上を繋ぐ、その最初の一手を――言葉にし始めた。




