第124話:来る者は拒まない
避難所として開放された大広場は、
泣き声と呻き声と、消毒草の匂いで満ちていた。
「ここに横にして! 呼吸はしてる!」
「子供を探してる人はこっちへ! 落ち着いてください!」
倒れた市民、腕を押さえる兵士、
避難してきた家族が互いに抱き合って泣いている。
(……地獄ってほどじゃねぇが……重いな)
俺は負傷者を回収してきた兵と短く言葉を交わしながら、
広場を見回した。
その時――
人混みの向こうで、見覚えのある白い髪が揺れた。
「……リネア!」
自分でも驚くほど速く歩き出していた。
リネアがこちらを振り向いた瞬間、
真っ赤な瞳が俺を捕えたのがわかった。
俺を見るなり、リネアは駆け寄ってくる。
「ナイルっ……!!」
言葉の続きはなかった。
胸に飛び込んできたからだ。
俺は思わず、抱きしめ返す。
「……無事か。怪我ないか?」
「ない……ないよっ…、よかった……っ……!」
肩を震わせながら、何度も何度も胸を押す。
確かめるみたいに。
(……あぁ、よっぽど怖かったんだな)
俺が死んだと思ったかもしれない。
あの魔物の数を見れば当然だ。
「大丈夫だ。ほら」
背中をゆっくり撫でて落ち着かせる。
しばらくしてリネアは少し顔を上げ、
涙を拭きながら言った。
「ありがとう……でも、動けない人たちがいっぱいいる……
だから、わたし……手伝ってくるね。怪我人……多い、から」
「無理するなよ。疲れてるだろ」
「……うん。でも……わたしにも、できること…あるから」
震えた声でそう言い、
リネアは自ら包帯と水を取りに走った。
床に倒れた老人の手を握り、
泣いてる子供の頭を撫で、
怪我人の肩を支えて座らせる。
細い体で、懸命に動いていた。
(……リネア)
リュカたちの事があってから彼女はどこか変わった気がする……。
それがどこか誇らしい感じがした。
だが――
俺はこの場にじっとしていられなかった。
「キリサの指揮は完璧だな。避難の進みがはやい…」
誰にも聞こえない声で呟き、
俺は避難所から外へ出た。
足が向いたのは防壁の階段だ。
登り切ると、
街を囲む石壁の上に冷たい風が吹き抜けた。
西の空を――見る。
さっき魔物が消えた方角。
ウッドエルフの森の“さらに奥”にある国、アルシェルの方角。
朝日が昇りつつあるはずなのに、
一筋の黒い帯のような陰が――まだ残っている。
「……なんだよ、あれ」
言いようのない寒気が背骨に走る。
魔物の動き、数、引き際。
全部が“誰かに操られてる”みたいだった。
遠い大地で、
俺の知らねぇ“何か”が起きている。
「……いったい何が起きてんだよ……」
風が冷たく、
嫌に静かだった。
その静けさが、
戦闘よりずっと不気味に思えた。
西の空を睨んでいた俺の隣で、
獣人の見張り兵が突然叫んだ。
「た、隊長っ!! 森から……誰か来ます!!
ウッドエルフです!! 数が……多い!!」
「エルフ!? なんでだ?!」
兵が震える指で森を指した。
そこには――
森を破って必死に駆けるウッドエルフたちの列があった。
戦士、老人、子供。
血を流し、肩を貸し合い、
“必死に命を繋いで走っている”。
その背後――
森の影を裂いて現れる“人影のようなもの”。
だが違う。
耳は裂け、肌は灰色にただれ、
エルフの輪郭だけを残した“化け物”。
喉から獣のような声を漏らし、
目の奥には黒い火が灯っている。
「……なんだあれは……」
「隊長! 撃ちますか!?」
「やれ! 化け物を止めろ! エルフには当てるなよ!」
俺の号令で、見張り台の兵たちが弓を構える。
「放て!!」
――バシュッバシュッ!!
矢が空を裂き、化け物の肩や脚を貫く。
だが。
「……倒れねぇ……だと?」
刺さっても、弾けても、
止まるのは“一瞬”だけ。
黒い血を垂らしながらも、
低級魔族のように何度も起き上がって走ってくる。
「ッチ、ならコレならどうだぁ!!」
俺は魔導銃を肩に当て、引き金を引いた。
パンッッ!!
一体の頭が揺れ、ふらつく。
――だが、死なない。
(……なんだこいつら……普通の魔物じゃねぇ)
その間にも距離はどんどん縮まっていく。
エルフたちの最後尾――
戦士達が剣で群れを押し返していた。
そしてそこに――
血まみれでも必死に子供を背に庇う、背の高いエルフの女戦士。
見覚えのある黒い髪、黒い瞳。
(……ネラ……!!)
戦いを終えて冷めていた胸の奥が再び燃える。
このままじゃ――間に合わねぇ。
「くそっ……!」
俺は剣を抜き、
防壁の縁に足をかける。
「隊長!? まさか飛び降り――」
「見てられっか!!」
剣を石壁に突き刺し、
柄に繋がる鎖を伸ばし、
そのまま――
防壁の外へ飛び降りた。
ギィィッ!!
衝撃を殺しつつ地面に着地。
間近で見ると、エルフたちの顔は恐怖と疲労で歪んでいた。
「走れぇ!! 門まであと少しだ!!」
俺は流れに逆らいながら魔導銃を乱射する。
パンッ!! パンッ!!
動きは鈍る。
だが追ってくる速度は落ちない。
(チッ……足りねぇ……!)
その時――
ドオオオオオッ!!
オルデアの門が開いた。
砂埃を巻き上げながら、
馬より大きな蹄が地面を叩いた。
「騎兵隊、突撃――進めッ!!」
キリサの声だ。
彼女の周囲には、
騎馬のケントールの戦士たちが並ぶ。
(……さすが、キリサ)
キリサは俺を見ると、
ほんの一瞬だけ顔をしかめた。
「ナイル! 乗れ!!
本来は……その……“特別な意味”になるが……
今は状況が状況だ!!」
「気にすんな!!」
「お前が言うな!まったく……っ! しっかり掴まれ!!」
俺はキリサの背へ飛び乗り、
腰の後ろへ全力で掴まった。
キリサの脚力が炸裂する。
ドガァッ!!
その勢いのまま、
騎兵隊全体が低級魔族の群れに突撃。
「槍下段ッ!! 押し込め!!」
「「「「おおおおッ!!」」」」
ケントールたちの槍が化け物を吹き飛ばす。
死なないが、
強烈な打撃で“数秒”動きが止まる。
そのわずかな時間が――救いになる。
「エルフたち!! 走れ!!
門は開けてある!!」
「今だ! 行けっ!!」
「お前はッ!?」
ネラが肩に担いでいた子供を抱え直し、
戦士エルフと共に門へ駆け込む。
「騎兵、第二波準備!!
魔族の足を止めろ!!」
「了解!!」
キリサの指揮で再び突撃が始まり、
エルフの一団がついに門をくぐり抜ける。
全員が通ったのを確認し、
騎兵隊も門の中に引いていく。
キリサの背中で銃を撃ちながら、
俺は叫んだ。
「閉めろォ!!」
「閉門――閉門!!」
重い鉄門が軋みながら閉じられる。
その外側で、化け物の群れが鉄を叩きつける音が響いた。
ガンッ! ガンガンッ!!
だが門はびくともしない。
ついに――静寂。
息が白くなるほど、緊張が解けない。
(……間に合った……)
俺はキリサの背から降りると、
騎兵たちが疲労と血にまみれながらも立っていた。
重い門が閉まり、
化け物の群れの音が遠のいた瞬間。
ネラは振り返り――俺を見つけた。
その瞳は、
迷いや恐怖を押し殺した“戦士の目”だった。
「……お前……」
ゆっくり歩み寄ってきたかと思ったその瞬間。
ネラの手が俺の胸ぐらを掴んだ。
「リネアは!? リネアは無事なのか!!」
「お、おいネラッ……!」
避難してきたエルフたちが振り向き、
近くの兵士が息を呑む。
だがネラは手を離さない。震えていた。
「森が……里が……“食われた”。
私たちは……逃げるのがやっとだった……」
ネラは唇を噛み、声を震わせる。
「お前……あの子を守ると言った! ……無事なのか!」
俺はネラの手をゆっくり外し、強くうなずいた。
「リネアは無事だ。怪我もねぇ。
今は避難所で怪我人の手当をしてる」
「……あの子が?」
ネラの目に安堵が浮かんだ瞬間、
膝が少し落ちた。
戦士として張っていた糸が切れたんだろう。
「こっちだ」
俺はネラと数名の戦士を連れて避難所へ向かった。
大広場には、
すでにウッドエルフたち用の区画が作られつつあった。
オルデアの医療班と市民が総出で包帯や水を運んでいる。
そして――
リネアは倒れたエルフの子供を介抱していた。
「傷は浅い……大丈夫……この草で……」
震える子供の頭をやさしく撫でながら。
しかし。
リネアを見つけたウッドエルフたちは、
凍りつき、そして――
「……あれは……」
「忌み子だ……!!」
誰かが叫んだ。
「アイツだ!
魔が近づいたのも……災いが増えたのも……
全部あいつのせいだ!!」
「里を……森を返せ……!
お前のせいだ!! お前が“災い”を呼んだんだ!!」
エルフたちが一斉に指をさし、怒号が集まる。
リネアは――震えて下を向いた。
「……わたし……そんな……」
ネラが前に出ようとする。
だが、その瞬間――
広場全体に地を揺らす声が響いた。
「黙れェェッ!!」
獅子族の評議員、
オルデアの議会を束ねる獅子が吠えた。
黄金のたてがみを逆立てながら、
エルフたちを睨みつける。
「ここはオルデアだ!!
泣いて来た者を咎める街ではない!!
誰一人、命を奪って逃げてきたわけではないだろう!!」
その横に立つのは、
衛兵隊副長・熊獣人のバルグ。
「守られたいなら……オルデアのルールに従え」
バルグは低く唸りながら言い放つ。
「“来る者は拒まない。
その代わり、互いを傷つける者も認めない”
……これが俺たちの街だ」
ウッドエルフたちは口をつぐみ、視線を逸らした。
リネアはまだ震えていたが、
ネラがそっと前に立ち、
手を広げて庇う。
「……この子は何もしていない!。
森を襲ったのは“あれ”だ!。
リネアを責める者は、先に私を通せ!!」
静かだが強い声だった。
その背中は――ただ一人の姉の姿そのものだった。
静寂が落ちた避難所に、
俺は一歩前へ出た。
ネラがリネアを庇うその横で、
俺はウッドエルフたちを真正面から睨みつける。
「……俺も忘れるな」
低く、
腹の底から声が出た。
「下手に手を出してみろ……
てめぇらの皮、はいで……
さっきの化け物にくれてやる」
その瞬間、
エルフたちの顔色が変わった。
怒ってるわけじゃねぇ。
怒鳴る必要もない。
ただ――胸の奥が、沸騰したみてぇに熱かった。
「あいつは“ここ”で生きてんだ。
オルデアの一員だ。俺の家族だ」
エルフたちが息を呑む。
バルグが横で
“グルル……”と喉を鳴らし、
獅子の評議員が大きくうなずいた。
「……そういうことだ。
この街でまだ生きたければ――互いを傷付ける行為は許さぬ」
「文句があるなら、評議会に来い。
……逃げずに話せるなら、な」
獅子と熊――
オルデアの威圧感最強の2トップが並んで立つ光景は、
圧がすごかった。
ウッドエルフたちは口を閉じ、目を伏せていく。
ネラは一歩だけ俺に寄り、
小さく、聞こえないほどの声で言った。
「……ありがとう」




