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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第122話:選べる未来の灯り


 全員で家に入る。

 外の夕焼けとは別の“あたたかさ”が、部屋に満ちた。


 リュカは腕を組んだまま落ち着かない顔でそわそわしていて、

 シアは袖をぎゅっと握ったまま、俺の背中を見ている。


 俺は、二人から聞いた話が到底信じられなかった……。


 空を飛ぶ船で旅してたとか……。

 獣族を助けるために国一つ潰したとか……。

 王国の騎士になって、お姫様を守ったとか……。


 でも何故か……胸の奥がじんわり痛む……。


 記憶の“かけら”は、確かに揺れた。

 心臓の、奥の奥が、ずき……と反応した。


 だが……。


「……悪いな。

 やっぱり……俺には“思い出せねぇ”」


 静かに言うと、

 テーブルの向こうで、リュカもシアもはっとした顔をした。


「……コール……様……」

「……くそ……そう、かよ……」


 二人の瞳が揺れる。

 俺は、ゆっくり頭を振った。


「いや……違うんだ。

 お前らが悪いとかじゃない。

 話を聞いて……胸の奥は動いた」


 ぎゅっと胸を押さえる。


「でも、その先がないんだ。

 景色も、匂いも、人の顔も――

 何ひとつ浮かばない……」


 シアが唇を噛み、

 リュカは悔しそうに目を逸らした。


「……だから、無理に“コール”になろうとしたら……

 たぶん、それこそお前らを傷つける」


 ふたりの肩が、小さく揺れた。


 少し、沈黙が落ちる。


 その中で、俺は言った。


「それに、俺は……いまの生活、気に入ってる」


 リュカが、驚いた顔で俺を見る。


「え……?」


「ここを離れるつもりはない。

 キリサもいいヤツだし、リネアもいる。

 寝る家もあって、仕事もあって……

 ……落ち着くんだ、この場所」


 すると、シアのまつげが震えた。


「……じゃあ……コール様……

 旅は……」


 俺は少し考えて――言った。


「やめる……まあ、今の俺は、だがな……」


 ふたりが同時に息を呑む。

 リュカは目を見開いた。


「……やめ……る?

 コール……お前……

 あんだけ船で……あんなに空が好きだったのに……」


「ナイルな?」


 リュカが言葉を飲む。


「……ナイル……

 お前……旅、しねぇのかよ……」


「今は、な。

 それより――」


 俺は、ふたりを見る。


「……お前ら自身は、どうしたいんだ?」


 シアが目を丸くし、

 リュカは言葉を失ったように口を開く。


「ど……どうって……」


「旅をしたかったわけじゃないんだろ?

 ただ、俺といっしょに……

 船に乗ってただけだって言ってたよな」


 シアの肩が震える。

 リュカは唇を噛み――静かに言った。


「……あたしたち……

 旅の目的なんて、なかった。

 コールが船で行くから、

 置いてかれねぇように一緒に乗ってただけだ」


 シアもうつむいて続ける。


「……コール様が……

 行きたいところに……

 いっしょに、って……

 それだけで……」


 その声には、

 寂しさと愛しさが混ざっていた。


(……そうか)


 俺は、ゆっくり言った。


「だったら――

 無理に“旅人”続ける必要はねぇだろ」


 ふたりが顔を上げる。


「この街は安全だし、仕事もあるし……

 お前らが来たいなら、ここで暮らしていい。

 遊びに来たっていいし、飯食いに来たっていい。

 住む場所を、探してもらってもいい」


 それを言った瞬間――

 リュカとシアは、固まった。


 まるで、

 今まで考えたこともない提案を、

 聞いたみたいに。


 やっと、シアが震えながら呟いた。


「……ここに……

 コール様と……

 いっしょに……暮らす……?」


「ナイルだって」


「……ナイルさん?と……」


 リュカは拳を握りしめて、俯いた。


「ずりぃよ……お前……

 そんな言い方されたら……」


「今、選ばなくていい。

 ただ、お前らの“これから”を……

 お前ら自身で、決めていいってだけだ」


 シアの目に涙が溜まり、

 リュカは鼻を鳴らして目元を拭った。


「…………考えさせろよ、バカ」


「はい……そうします……」


 リネアは静かにその様子を見つめていて、

 ほんの少しだけ、

 安心したように息を吐いた。


 四人の間に流れる空気は、

 さっきまでとは違っていた。


 悲しみと不安の中に――

 “選べる未来”の灯りが、

 少しだけ差したような空気だった。


――――


 家を出た途端、

 沈みかけの夕陽が、

 少し滲んで見えた。


 シアは鼻をすすりながら、

 胸の前で手をぎゅっと握っていた。


「……コール様……

 本当に……思い出せないんだね……」


「……ああ。でもよ……あいつ……」


 リュカは拳を握りしめる。


「旅を捨ててでも……

 ここで生きるって、

 言ったんだぞ……

 あたしたちといた“コール”じゃなくて……

 今の“ナイル”として……」


 そう言うと、

 リュカは珍しくその場にしゃがみ込んだ……。


「もう……よくわかんねぇよ。

 あいつはナイルで……

 でもそのくせ、

 中身はコールのまんまだぜ?」


 リュカは両手をぐしゃぐしゃと髪に突っ込み、

 吐き出した。


 シアは隣に膝を寄せ、

 小さくうなずく。


「……うん。そうね……

 自分勝手で……あったかくて……

 人の気持ちを置いてっちゃうくせに……

 でも最後には、

 ちゃんと引き戻してくれる……」


 夕焼けの光の中で、

 シアの目元が、また潤む。


「……“一緒にここにいてもいい”って……

 あんなふうに言われたら……

 ずるいよね……」


「ずるいに決まってんだろ。

 忘れてても……

 あたしたちのことを

 “ちゃんと”見てやがるんだ」


 リュカの声は悔しそうで、

 でも少しだけ、温かかった。


 シアは胸の前で手をぎゅっとしながら、

 小さく笑った。


「……ねぇ、リュカ」


「んだよ」


「……私たち……

 どうするのかな……」


 シアの言葉は、

 風に溶けるみたいに弱かった。


 リュカはしばらく黙り、

 それから、ぽつりと答えた。


「……考えるしかねぇよ。

 コールじゃなくて……

 ナイルと、どう生きたいのか」


「ナイルさんと……?」


「そうだよ。

 あたしたち……

 “コール様の後ろを

 ついてくだけ”じゃ……

 もうダメなんだと思う」


 シアが驚いて、

 目を丸くした。


「リュカ……」


「だってよ……

 あいつは“ここで生きる”って決めてんだ。

 なら、あたしたちは――」


 リュカは拳をぎゅっと握り、

 夕陽を見た。


「“どうしたいか”

 自分の頭で決めなきゃ、

 なんねぇんだよ」


 その言葉は、

 いつもの強がりじゃない。


 心の底から、

 悩みながら絞り出したものだった。


 シアは少しだけ笑って、

 リュカの腕に額を預けた。


「……頼もしくなったね、リュカ」


「ばっ……!

 やめろ! そういうのやめろ!!」


 慌てて叩くリュカの尻尾が、

 わずかに揺れている。


 それを見て、

 シアは涙の中で、

 初めて朗らかに笑った。


「……でも……ナイルさん……

 泣いてたね……」


「……ああ。

 あれは……

 コールの涙じゃねぇよな」


「うん……

 ナイルさんの……涙だった」


 二人は、

 ゆっくり立ち上がる。


 夕陽が完全に沈む前の道を歩きながら、

 シアがもう一度、空を見上げた。


「……ねぇ、リュカ」


「なんだよ」


「……ナイルさんのそばに……

 また行けるかな」


「行けばいいだろ。

 あいつ、

 来るななんて一度も言ってねぇ」


「…………うん」


 シアは、そっと息を吸い込む。


「明日……会いにいこっか。

 “旅の仲間”じゃなくて……

 もう一度……

 “私たち自身”として」


 リュカは横目でちらっとシアを見て――

 小さく鼻を鳴らした。


「……しゃーねぇな。

 明日もあのバカの顔、

 見に行ってやるよ」


 二人は、

 夕闇の中を帰っていった。


 その背中は、まだ揺れているけど――

 確かに、“前”を向いていた。


――――


 翌日は、見回りの日だった。


 昨日のことを全部抱えたまま眠ったせいで、

 目覚めは、妙に重い。


(……リュカとシア……

 リネア……

 そして……俺……)


 考えれば考えるほど、

 胸がざらつく。


 だが、仕事は仕事だ。


「……行くか」


 詰所に向かうと、

 いつもの部下たちが並んでいた。


「隊長、おはようございます!

 今日の巡回メンバー、どうします?」


「そうだな、今日は――」


 と言いかけた瞬間。


「ナイル」


 低い声で、呼ばれた。


 振り返ると、

 キリサが立っていた。


 いつもの冷静な顔……

 だが、どこか言いにくそうな影がある。


「今日の巡回……

 二人で回らないか?」


「……え?

 俺と“ふたりで”?」


 思わず、真正面から聞き返した。


 キリサは普段の仕事中、

 必要以上に距離を詰めない。


 俺と一緒に回るなんて、

 滅多に――いや、

 一度もなかった。


 部下も、

 驚いた顔でこちらを見てくる。


「……珍しいな」


「少し、話したいことがある」


 その言い方が妙に真面目で、

 胸がざわつく。


「わかった。行くか」


 キリサは部下に

「今日は任せる」と短く指示し、

 俺たちは街路へ出た。


――――


 キリサの蹄の足音と、

 俺の鎧の足音が響く。


 早朝のオルデアは、

 少し冷たくて、静かだ。


 しばらく歩いたところで、

 キリサが、ようやく口を開いた。


「……昨日、お前の家に行った」


「……家に?」


「ああ。リネアの顔を見にな」


 キリサは、素直にうなずく。


「ウッドエルフが街に来ている。

 リネアの事情を考えれば……

 心配になるのは、当然だろう?」


「ああ……それは……まあ」


 胸が、少し痛む。


 キリサは続ける。


「……だが、私が見たのは……

 リネアだけじゃなかった」


(……っ)


 嫌な汗が、噴き出す。


 キリサの口元が、

 わずかに引き結ばれる。


「……偶然だが……

 家の前で、

 お前たちのやり取りを見てしまった」


「……あの……」


 リュカとシアが泣いて俺に抱きついて、

 リネアが震えながら背中を押してくれた、

 あの情けない場面。


 キリサは目を逸らさず、言った。


「すまない。

 立ち聞きするつもりはなかった。

 だが……

 見てしまった以上、

 放っておけないと思った」


「……いや、怒ってねぇよ。

 ただ……

 恥ずかしいだけだ」


「それは理解する」


 キリサは、小さく笑った。


 そして――

 一度、息を吸ってから言った。


「ナイル。

 お前の状況は……複雑だ」


「……知ってるよ」


「記憶をなくし、名前が変わり、

 “待っていた者たち”と

 “今そばにいる者”の間に立っている」


 心の奥を、

 爪で掴まれたみたいに痛む。


(……本当に、

 キリサの言う通り……なんだよな)


 キリサは続ける。


「だが――ここはオルデアだ。

 “来る者を拒まない”のが、

 この街のやり方だ」


 その言葉は、

 落ち着いていて、

 強くて――

 救われる音だった。


「もし……

 あの二人、リュカとシアが……

 ここに暮らすことを望むなら……」


 キリサは、

 俺をまっすぐ見た。


「私は、手を貸す。

 部屋探しも、仕事の斡旋も」


「……いいのかよ?

 昔の俺、

 悪党かもしれねぇぞ?

 国、滅ぼしたらしいし」


「く、国……?

 ……関係ない」


 キリサは少し動揺したが、

 きっぱりと言った。


「“今のナイル”の周りにいる者なら……

 私は支える。

 それが、同僚であり、

 友人というものだ」


 胸が……熱くなる。


「……キリサ……」


 彼女はいつも冷静で、

 ときどき鋭くて、

 でも、根っこは誰よりも温かい。


 そんなことを、

 思い知らされる。


「それに」


 キリサは、少し視線を落として言った。


「……あのリネアの顔を見れば……

 放っておくわけには、

 いかないだろう?」


(……っ)


 昨日のリネアの震える横顔が、

 胸に刺さる。


 キリサは、静かな声で言った。


「だから、ナイル。

 “ひとりで抱えるな”。

 必要なら、いくらでも言え。

 お前が、どんな過去を背負っていても、

 ここでは、私の同僚の“ナイル”だ」


 その言葉に、

 胸の奥にずっと詰まっていた息が、

 少しだけ流れた。


「……ありがとう。

 助かる」


「礼はいい。仕事に戻るぞ」


 キリサは歩き出し、

 いつも通りの表情に戻った。


 その時だった――


 カンッ!! カンッ!! カンッ!!


 鋭く甲高い音が、

 街に響き渡った。


 石畳まで震わせる、“鐘の音”。


 見回りの兵が、

 思わず顔を向ける。


「……警報!?……

 警報だ!!!」


 その一瞬で、

 静かなオルデアの空気は、

 一変した……。

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