第119話:卑怯の型
遠くでバルグの笑い声が響く。
手の中の槍の形も妙にしっくりきていた。
(……槍なんざ触った記憶ねぇのに)
目の前には、さっき剣を抜いたばかりのカカシ。
「ナイルちゃ〜ん! せっかくだし槍としても振ってみて〜♪」
ミラが無邪気に手を振る。
「お前ほんと楽しんでんな……」
とは言ったが、どうせ試すことになる。
長槍を軽く振ってみた。
スッ──
異様にバランスがいい。
重心が前に寄ってるのに、腕の中で吸い付くように動く。
(……振り回せるな。思ったより扱いやすい)
なら、と。
カカシへ踏み込み、一気に突く。
「──はっ!」
グサッ。
槍先が深々と刺さった。
だが、刺さった瞬間に嫌な手応え。
「……刺さるのはいいけど、抜くのが面倒なんだよな、こういうの」
槍の柄を引いてみる。
……抜けねぇ。
藁が絡んで摩擦がエグい。
(……刺したら次の一手が遅れるのは致命的だな)
そこで“自然な流れ”で側面のトリガーに親指をかけた。
「……まあ、いっか」
カチッ。
「えっ、ナイ──」
ミラが何か言いかけたが遅い。
パンッ!!
槍の先端――
つまり刺さったままの剣を、弾丸の勢いで後ろへ弾き飛ばした。
ズボォッ!!
強引に藁を引き裂き、剣がカカシごと後ろに抜ける。
「「「お、おおおおおぉぉぉ……!!?」」」
部下たちが悲鳴を上げた。
俺は無表情のまま再び剣を引き抜き、槍の基部に戻しながらつぶやいた。
「これでいいんじゃね?。
刺さって抜くの面倒だし…、
…ん?」
俺の言葉に、周囲は固まった。
「え、ええ……?」
「いやいやいや、“槍”そんな使い方するんすか!?」
「なんか、むごいっす……!?」
だが、ミラだけが楽しそうに手を叩く。
「ナイルちゃんの戦い方〜面白〜い♪」
俺は肩をすくめる。
「正面から殴り合うとか、馬鹿がやることだろ。
刺して、面倒なら撃って抜く。
死角なら尚撃つ。
距離がいるなら刃を飛ばす。
──それで倒せりゃ十分だろ?」
バルグは腹を抱えて笑う。
「はっはっは!! やっぱりお前、まともな人間じゃねぇだろ!!」
リネアはというと、
フードの中でぽつりと呟いた。
「……ナイル、なんか……すごく“ずるい”……」
(ずるい……ねぇ)
槍を軽く回しながら、俺は小さく息を吐いた。
(……性格が悪い戦い方なのは、自分でも分かってる。
でも“これが一番だ”って、本能が言ってるんだよな……)
真っ向勝負?
正々堂々?
そんなのは命が二つあるやつがやること。
自分の中にある卑怯で、冷徹で、勝ちに徹する戦い方が、気持ち悪いほど馴染んでいるのを感じていた。
その違和感を胸に抱えながら、長槍を構える。
「……もうちょい試すか」
「やっちゃえナイルちゃ〜ん!」
ーーーーーその後
槍として散々振り回して、俺はようやく肩の力を抜いた。
「──ま、槍はこんなもんだな」
ミラがぱちぱちと手を叩く。
「ね〜次は? 次はどうするのナイルちゃん?」
次……。
その言葉が、指先を自然と魔道具の根元へ向かわせた。
(……試すか)
パーツの固定を外す。
カチ、カチッ。
伸びていた金属筒が短くなり、
剣を基部から外すと、腰の位置へ自然に収まった。
手に残ったのは──
元の形の魔道具。
(軽い……いや、軽すぎる。だがこれが一番“馴染む”……)
「ナイルちゃん、やっぱりそっちが本命なんだね〜」
「……さぁな」
と言いつつ、もう無意識に構えていた。
目の前には新しいカカシ。
(敵が来るとして……どうすれば楽に倒せる?)
考える前に、身体が勝手に結論を出していた。
俺は剣を抜き、
わざと“大振りで”“隙だらけの”構えを作る。
部下が慌てた声を上げた。
「は、班長!? そんな大振りじゃスキだらけ──」
振り下ろす──
その瞬間に。
俺は腕を自分の胸側へ巻き込むように引いた。
一見すると、
“自分を抱きしめるように丸まる奇妙な体勢”だ。
(この動きが一番、相手が油断する)
剣の威圧が消え、
その死角が一瞬だけ生まれる。
その狭い“影”へ、手を滑り込ませる。
カチャ。
リネアが息を呑む音が聞こえた。
部下どもは何が起こってるか理解できず固まっている。
その丸めた腕の陰から──
短銃を突き出した。
「……これだな」
パンッ!!!
乾いた一発。
カカシの胸に小さな穴が開き、次の瞬間──
背中側が爆ぜた。
ドンッ!!
「うわぁ〜」
「今の……完全に初見殺しっすね……」
「剣じゃなく……懐から……」
騒ぐ声を横目に、俺は“銃”を軽く回した。
(……ん? 銃?)
知らない単語が頭に出てきたが……まぁいい。
正面から斬り合いなんざ馬鹿がやることだ。
剣で挑発し、
刃筋を見せて意識を誘導し、
死角へ潜り込み、
近距離から銃で仕留める。
全部が揃って初めて“自分の戦い方”になる。
バルグの低い笑い声が響いた。
「……なるほどな。
お前の戦い方、思ってた以上にえげつねぇじゃねぇか」
「褒め言葉でいいんだよな?」
ミラは興奮気味に跳ねていた。
「ねぇナイルちゃん!!
いまの動き、初めて見るけど……
……だいぶ慣れた動きだったですよぉ〜、なにか思い出せましたぁ?」
「さぁな」
口ではそう言うが、
胸の奥はざわついた。
(……夢の中で、赤い髪の騎士が……“卑怯な戦い方”だって……怒ってた気がする)
思い出せねぇのに、
体だけが完全に覚えてる。
(……本当に俺は何者なんだ)
銃をホルスターに戻し、剣を軽く振る。
「──よし。
次のカカシ持ってこい。
今度は剣との連携、もっと試すぞ」
訓練場がざわつきながら、
俺は淡々と、
“俺の戦い方”を思い出していった。
ーーーーー
訓練が終わり、片付けをして帰路についた。
俺の隣を歩くリネアは、ずっと俯きがちだった。
「……どうした。腹でも痛いのか?」
冗談めかして声をかけたが、
その小さな肩がびくっと震えた。
「……ううん。違うの……」
リネアは歩みを止め、
胸の前でそっと手を握る。
布で隠れた表情は見えないのに、
その声だけが妙に頼りなくて。
「ナイル……今日、すごく強かった……
でも……なんていうか……」
「……なんだよ」
「……ナイルが、ナイルじゃないみたいだった」
言われた瞬間、胸の奥が揺れた。
リネアはぎゅっと布の端を握りしめる。
「だって……剣一本で戦ってた頃のナイルは、
もっと……“普通”に戦ってたのに……」
「普通ねぇ……」
「でも今日は……違ったの。
魔道具を組み合わせて、刃を飛ばして……
剣を大きく振るふりして、影から射って……
あれ……別の誰かに見えた……」
俺の足が止まる。
リネアは震える声で続けた。
「……怖いの。
気がついたら、ナイルが……
わたしの知らない“誰か”になっていく気がして……」
胸にズキッと刺さる。
(……俺は……変わってるのか?)
あの戦い方がしっくりきて、
刺激を受けるほどに“思い出せない何か”が近づいてくる。
それが、リネアには
“自分から遠ざかる音”に聞こえるのかもしれない。
リネアは勇気を振り絞るように、
小さく俺の袖をつまんだ。
「……ナイルはナイルだよね……?
どこにも行かないよね……?」
振り返ると、
布の奥でうるんだ瞳が隠しきれず揺れている。
その弱さが、逆に胸を締めつけた。
(……俺が誰かなんて、正直俺にも分かってねぇよ)
でも。
「行かねぇよ」
そっとリネアの手を握った。
「どんな戦い方思い出しても……今の俺は、今ここにいる。
お前を守るために戦ってる。それは変わらない」
リネアの肩が、小さく震えた。
「……うん……」
手を握り返してきた指先は、弱くて温かかった。
夜の風が少し冷たかったけど、
二人の歩幅は自然と揃って、
いつもよりゆっくり家へと向かった。




