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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第117話:姉の影


今日も朝っぱらから飽きもせず、シアとリュカとか言う二人組に絡まれたが、

俺はいつものように部下を引き連れて街を巡回していた。


「班長、北区も異常ありませんでした!」

「よし、中央通りに向かうぞ」


のどかな声。

商人の呼び込み。

子どもの笑い声。


いつもと同じ――はずだった。


だが。

空気が、一瞬で変わった。


すれ違った三人組に視線が引き寄せられる。


深くフードをかぶり、顔を隠している。

普通の旅人かと思った。


だが――


(……今の……耳……)


すれ違いざま、

風でフードがめくれ、黒い肌が覗いた。


そして――鋭く長い耳。


──ウッドエルフ。


心臓がひゅっと縮む。


(……なんでここに……?

 ここ、オルデアのど真ん中だぞ……)


部下の声が遠く聞こえる。


「……班長? どうかしましたか?」


「いや……」


言いかけて、俺はもう一度三人組の背中を見る。


フードで顔は完全に隠している。

あいつらはまだ俺に気づいていない。


服装も髪の長さも、

以前の俺とはまったく違うからだ……。


(……気づかれてない……今は……)


けど、問題はそこじゃない。


(リネアが……今外にいる)


リネアは昼の買い物。

いつも通りなら南区の雑貨店だ。


ウッドエルフはまだ俺とリネアを狙っているのか?

――もし、そうなら。


(まずい……!)


部下の声が飛ぶ。


「班長? どちらへ!?」

「見回りは任せる!! すぐ戻る!!」


返事も聞かず、俺は走り出した。


胸の奥がざわつく。


(リネア……どこにいる……!?

 なにがあっても……守らなきゃ……!!)


人混みを押し分けながら、

俺は南区へと全力で駆けた。


ウッドエルフの影は、

もう角を曲がって見えなくなっていた。


ーーーーー


背筋のざわつきを振り払うように走り続ける。


南区の通りに入ると、

昼前の雑踏が波のように押し寄せた。


(リネア……どこだ……!)


呼び込みの声、荷車の音、人々のざわめき――

そのすべてが邪魔に感じる。


雑貨店の並ぶ通りに着いたが、

リネアの姿はどこにもない。


「……っくそ……!」


焦燥が喉までせり上がってくる。


そのとき――


小さく、震えた声が耳の端に引っかかった。


「……いや!」


(――リネア!?)


振り向くと、

人の流れとは逆向きの、細い路地の奥。


その暗がりに、

白い髪が一瞬だけ光を反射した。


「リネア!!」


思考より先に身体が飛び出していた。


路地に踏み込むと――

空気ががらりと変わる。


人通りはなく、影が濃い。


壁際に追い詰められたリネア。

その前にフードを深くかぶった一人の影。


(ウッドエルフ……!!)


心臓をつかまれたみたいに跳ねる。


反射で剣に手が伸び、

金属の硬い音が路地に響いた。


「リネアから離れろ――!!」


剣を抜く直前。

風でフードが揺れ、相手の耳が見えた。


黒い肌。

長い耳。

鋭い線の横顔。


まぎれもない、ウッドエルフ。


怒りが噴き出す。

胸の奥が熱くなる。


剣を抜き放とうとしたその瞬間――


「だ、ダメ!! ナイル!!」


リネアが俺の前に立ちはだかった。


「リネア!?」


「違う!!……その人は……っ!」


涙声で叫ぶ。


「――お姉ちゃん!!」


「……は?」


息が止まった。


フードの人物がゆっくり顔を上げる。

黒い肌に黒い髪、冷たそうな目の奥に、かすかな揺らぎ。


「リネア……」


その声は、

檻の中の記憶をかすかに刺した。


リネアは泣きながら首を縦に振る。


「うん……!

 お姉ちゃん……! お姉ちゃんだよ……!」


ネラは俺をじっと見つめた。

敵意は、なかった。


「はぁ、あんたか〜。脅かしてんじゃねぇよ……」


剣をゆっくり鞘に戻すと、

路地に張りつめていた緊張の糸が、

ゆっくりほどけていった。


ネラはほんの一瞬だけ、唇をゆるませた。


それは、冷たい仮面がひび割れたみたいな、

小さすぎる笑みだったが――

確かに“あたたかさ”があった。


「……外者。

 本当に……リネアを守るつもりなんだな」


「あ? まぁ当たり前だろ――」


言いかけた瞬間、

ネラの視線が俺とリネアの“手”に落ちた。


リネアは、俺の腕にしがみついたまま震えていた。

ネラは小さく、目を伏せて笑った。


「……そうか。

 あの檻から妹を連れ出した外者が、……妹にこんな顔をさせるようになったか」


「お、お姉ちゃん……」


リネアが目を潤ませる。

ネラは続けた。


「ずっと……話しかけることさえ許されなかった。

 触れれば罰、目を合わせれば咎。

 私たちウッドエルフにとって“お前”は……

 呪いそのものだったからな」


リネアの肩がびくりと揺れる。

だがネラは首を振った。


「それでも私は……

 妹を、ただの“呪い”として扱うことなんてできなかった」


静かに、しかし強い。


「だから外者。

 お前がリネアを迷わず“守った”のを見て……」


ネラは俺の顔をまっすぐ見た。


「……少し、安心した」


意外すぎる言葉に、胸が止まった。


ネラはほんのわずかに眉を下げ、

“姉の顔”で言った。


「森ではずっと、

 リネアの泣き声ばかり聞いていた。

 どこにも寄る場所がなかった。

 頼る相手も、抱きしめてやることすらできなかった」


リネアが涙を落とす。


「……お姉ちゃん……」


ネラはそっと手を伸ばし、

リネアの頬に触れそうで触れない距離で止めた。


「今は……良い顔をしている……。

 泣き顔じゃない。

 怯えた顔でもない」


そして――

その目が、俺へ向けられる。


「……外者。

 お前は……想像していたよりも、ずっとマシだ」


「褒め言葉か?」

「褒め言葉だよ」


小さく笑った。


それは、

妹を救ってくれた相手に向ける

かすかな感謝の色。


「リネアは……昔から泣き虫だ、弱い子だ。虫にすら怖がる。

 だが本当は誰よりも優しい……、こんな私にもな」


リネアは恥ずかしそうに俺の後ろに隠れる。


「……お姉ちゃん、やめて……」


ネラは肩をすくめた。


「外者。リネアを守れるかどうか……

 お前を見に来たというのも本音だ」


「……で、どう判断した?」


ネラはまっすぐ俺を見た。


その目は、森の掟に縛られた者の鋭さじゃない。

――家族を見つめる者の目だった。


「……任せても、いいかもしれん」


その言葉は、

リネアが息を飲むほど重いものだった。


「ネラ、あんた……」


「だが外者、聞け」


ネラの声がわずかに低くなる。


「リネアを狙う者は……まだいる。

 “森に戻せ”と叫ぶ奴らも、

 “殺せば呪いは消える”と信じている奴らもな」


ネラが言っている事はなんとなく分かったが……一つ疑問が浮かぶ。

その言葉だけがどうにも頭の奥にひかかった。


「呪い?」


問い返した瞬間、

ネラは苦いものを飲み込むような表情をした。


「……リネアのせいじゃない。

 そもそも、あの森の異変は――」


ネラは一拍置き、続けた。


「リネアが逃げ出すより、ずっと前から起きていた。」


リネアの瞳が揺れる。


「森獣は凶暴になり、

 結界は揺らぎ、

 聖樹の葉落ちも――

 すべて“前兆”として出ていた。」


「じゃあ……なんでリネアのせいになってんだよ?」


ネラは、吐き捨てるように言った。


「弱っていく森の“原因”を探すために、長老どもは必死だ……」


その声音は冷たく、それでいて哀しい。


「最初は“乱れ”と言われていた。だが異変が大きくなり始めた頃――

 お前達を逃がした。

 “リネアが外へ出た”という出来事が起きた。」


リネアは小さく震える。


「でも……わたしが外に出たのは……

 全部……ずっとあと……」

「そうだ。」


ネラは力強く頷いた。


「お前が乱れとの関係などない、忌み子など最初からない」


(……じゃあただの……いいがかりじゃねぇか……)


ネラは静かに続ける。


「だが……森は“原因が欲しかった”。

 本当の原因に向き合う力も、余裕もない……。

 そして――一番弱い立場のリネアに全部押し付けた」


リネアの喉が震える。


「……わたし……そんな……そんなつもりなかったのに……」

「分かってる。」


ネラの声は、姉のそれだった。


「リネアを外に出したのは……殺されるからだ。

 あのまま檻に入れられていたら、“乱れの核”として処刑される……。

 だからお前に託した……」


ネラはそう言って俺に向き直る。


「……だから、外者。

 “リネアが森を壊した”なんて話は、全部嘘だ。

 ただの後付けの言いがかり。

 弱った森が、弱い者を犠牲にした……それだけだ。」


そして――

ネラの目に、やわらかい悲しみが滲む。


「それでも……リネアを取り戻そうとする者がいる。

 “元凶を戻せば森が治る”なんて……救いようのない妄想を、今も信じている奴らだ……」


リネアは泣きそうな声で首を振る。

ネラはそっとリネアの頬に触れた。


「リネアのせいじゃない。

 一度たりとも……そんな日が来たことはない。」


リネアは涙をこぼす。

俺は静かに拳を握った。


(……じゃあ、守るしかねぇだろ……

 こんな無茶苦茶な理屈で追われてるならなおさらだ)


ネラは最後にリネアの頭へ視線を落とし、

ひとつ息を吐いた。


「……外者。リネアを頼む。」


その声音は静かで、揺るぎなく、

救いを求めていた姉の本心だった。


だがネラはすぐに歩き出す前、

わずかに振り返り――

低く、鋭く言い放った。


「……ただし――」


琥珀の瞳が、俺を射抜く。


「妹を泣かせたら……ただではおかないぞ」


「お、お姉ちゃん……?」


黒い影が路地の奥へ消えていく。


残されたのは、俺の手を握る細い指と、

胸の内に重みを宿した俺だけだった。



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