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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第115話:巨腕の細工師


バルグの大剣が地面を抉り、砂煙が舞い上がる。

俺はその刃を紙一重で流し、わずかな隙に足払いを叩き込む。


「ぐぉっ……!? またそれかよ!」


巨体が揺れ、バルグの膝が沈む。

喉元へ切っ先を突きつけると、周囲の衛兵たちがざわついた。


「今日も勝ちかよ……!」

「ナイル班長強ぇえ……」


バルグは豪快に笑いながら立ち上がった。


「ったく……。めちゃくちゃだな、お前の動き……!」


そのとき。


ふと視界の端で“光”が揺れた。


左手――銀の指輪が、陽光を受けて淡く光っていた。


(……変な感じだな。けど、悪くねぇ)


リネアが訓練場の隅から手を振っている。

俺が視線で返すと、彼女は照れ笑いしながら胸を押さえた。


バルグがその様子を見てニヤニヤする。


「へぇ……坊主、最近やたら力乗ってんのは、そういうワケか?」

「うっせ」


軽く言い返すが、心が少しあったかくなる。


バルグは「あーはいはい」と鼻で笑ってから、


「で? 今日は何か聞きたいことがある顔だな」


俺は短く頷いた。


「バルグ。この国に、魔道具扱える職人っているか?

 直したい物があるんだが……折れててな」


バルグは目を細め、腕を組んだ。


「折れた魔道具? なんだそりゃ……まぁいい。

 なら――紹介してやるよ。変わり者だが腕は確かだ」


「変わり者?」


「おう。“牛人ぎゅうじん”の鍛冶女だ」


「……牛人?」


バルグはニヤリとしながら説明を続ける。


「見た目はほぼ人間だがな……

 でっけぇぞ。二、三メートルはあるな。胸板も厚い。腕も脚も丸太みてぇだ。

 足先は蹄で、歩くたびに地面がたわむ」


(……でかすぎるだろ)


「でもな――繊細な細工に関しては超一流だ。

 普通の鍛冶屋じゃ無理な“指輪・耳飾り・魔導具の組み込み”も全部こなす。

 変なこだわりがあって、普通の大物鍛冶より人気がある、そんな奴だ」


「……繊細なのに三メートル?」


「そういうことだ」


バルグは鼻で笑う。


「名前は“ミラ”。

 性格はマイペースで気分屋……おまけに仕事は選ぶ。

 けど一度やる気を出せば、どんな壊れ物でも蘇らせる。

 国でも評判の“巨腕の細工師”だ」


「……ほう」


興味が湧く。


俺が持っていた、折れた魔道具らしきもの。

誰の物なのか、なぜ持っていたのか。


それ以前に、直せる職人がいるなら会ってみる価値はある。


俺が頷くと、バルグは腕を叩いて言った。


「訓練が終わったら案内してやるよ。

 “あの女”は気分屋だからな。

 坊主みたいな変わり者の方が、気に入られやすいかもしれん」


リネアが心配そうに近づいてくる。


「ナイル……こわい職人じゃない……?」

「デカいけど腕はいい。怖いのは……まぁ、気に入られなかった時だな」

「こわいじゃん……!」


バルグの笑い声が訓練場に響く。


「大丈夫だろ。坊主ならどうにかするさ。

 むしろ相性いい気がするぜ? お前も謎多いしな!」


俺は深く息を吐いた。


(……あの折れた魔道具。どうしても確かめたい)


理由はまだ霧の中だが、胸の奥が強く引っ張られている。


「よし。明日だ。明日、ミラの工房に行くぞ」


拳を握ると、指輪がまた光った。

リネアがそれを見て、少し嬉しそうに微笑む。


(まずはこの一歩だ)


そう思いながら、俺は訓練場を後にした。


ーーーーー翌日。


バルグの案内で鍛冶屋通りへ向かうと、鉄と火の匂いが立ち込める路地に、

小さめの木製の看板が揺れていた。


《ミラ工房 — 軽鍛冶・細工》


「ここだ。ほら、奥に見えるだろ」


バルグが顎で示した建物の中から、

チン、チン……と高く澄んだ金属の音が聞こえる。


店の扉は普通サイズなのに、

中から影が“はみ出す勢い”で揺れているのが逆に不安だった。


(……でかいのか……本当に)


バルグはニヤニヤしている。


「覚悟しとけよ。驚くからな?」


「お前の“驚くぞ”は信用できねぇんだが」


「いや今回は本当だ」


扉をノックすると――


「はぁ〜い。今開けますねぇ〜」


とろけるみたいな、

ゆっくりとした、優しい声が返ってきた。


ガチャリ。


扉が開いた瞬間――

視界が“影”でいっぱいになる。


「いらっしゃぁい……あらぁ〜?」


中にいたのは、

三メートル近い牛人ぎゅうじんの女性。


ただし。


ゴツさはない。

脚はモデルみたいに長く、

ウエストは驚くほど細い。

胸板っていうか……胸?……とんでもなく大きい。


足元は蹄で、重く響く。


なのに――

顔は驚くほど優しい。


ふわふわのまつ毛、柔らかい微笑み。

髪はゆるく巻かれたクリーム色。

作業着は肩のラインが綺麗に見える女職人用。


しかも、かがんだら胸が目の前に……あかん。


リネアが見てるので目をそらした。


ミラは俺を見下ろして――

にっこり。


「あなた……もしかして“お客様”?

 小さくて可愛いですねぇ……」


「小さっ……!? いや三メートルと比べんな!!」


バルグが腹を抱えて笑う。

ミラは気にせず、胸の前で両手を合わせる。


「ふふ……ごめんなさいねぇ。

 で、ご用件は……?」


バルグが説明する。


「こいつの持ってた魔道具が折れててな。形状も特殊だ。お前なら直せるだろ?」


ミラはぱちりとまつ毛を瞬かせて俺を見る。


「見せてもらえますかぁ?」


俺が折れた魔道具(魔導銃の残骸)を差し出すと――


ミラはそっと両手で包むように持ち上げる。


その手は巨大なのに、

驚くほど繊細に動いた。


まるで宝石を扱うみたいに。


「……あぁら……これは……

 すっごい“術式”ですねぇ……。

 ん〜〜。ふふ……おもしろぉい……」


ミラの瞳がほんのり輝いた。


(……こいつ、本当に細工できる巨人なのか)


バルグが得意げに鼻を鳴らす。


「こういう反応したら、もうやる気出てるってことだ」


ミラは俺へ向き直り――

ふわっと微笑む。


「お名前、聞いてもいいですかぁ?」


「ナイルだ」


「ナイルさん……いい名前……。

 この子、とても大事にされてたみたいですねぇ……

 手をかければ、きっとまた撃てるようになりますよ?」


ほんの少し胸が熱くなった。


「撃つものなのか? てか、直せるのか?」


「うふふ。

 “わたしが直したいと思えば”なんでも直りますよぉ?…たぶん?」


(気分屋……ってこういうことか)


横でリネアが少し不安そうに尋ねる。


「ミラさん……怖い人じゃない……よね?」


ミラはしゃがんでリネアの目線まで降りてくる。


(胸が……リネアが見てるから視線逸らす!)


「怖くなんかないですよぉ……

 あなた、可愛い耳してますねぇ……

 撫でてもいいですかぁ〜?」


「ひゃっ……!?」


バルグが笑う。


「こいつこう見えて“優しい”だけが取り柄だからよ」


ミラは再び俺の方へ向き直ると、

丁寧に頭を下げた。


「ナイルさん。

 よければ“お預かり”させてください。

 この子を……ちゃんと、蘇らせてみせますから〜」


その声は、

まるで子どもを託される保育士のような柔らかさだった。


俺は無言で頷いた。


ミラは嬉しそうに笑い――


「じゃあ……“始めましょう”か〜」


杖のように太い金属棒を持ち、火炉へ歩いていく。


その背中が揺れるたび、

蹄がコツ、コツ、と可愛く響く。


巨大で、やさしくて、

とんでもない職人だ。


(……悪くねぇ。頼んでみる価値はある)


バルグが俺の肩を叩く。


「ま、あとはミラ次第だ。

 あの女が“直す”と言ったら、絶対直る」


俺は深く息を吐き、

工房内部を見渡した。


火炉の赤。

魔道刻印の光。

ミラの巨大な背中。


(……なんでこんな“懐かしい”感じがするんだろうな)


ほんの少し胸がざわついたが――

今はそれより、彼女に託すべきだ。


魔道具と俺の真実を知るために。


ミラは火炉に折れた魔導具をそっと置くと、

ふと俺が腰に下げた剣に視線を向けた。


「……あらぁ?」


声がわずかに低くなる。

仕草は柔らかいのに、目だけが職人の鋭さに変わっていた。


「ナイルさん……その剣、見せていただけますかぁ?」


「これか? ……まぁ、別にいいが」


差し出すと、ミラは三メートルの巨体とは思えないほど

繊細に、指の腹で剣を持ち上げた。


巨大な手の中で、剣が“宝石細工”みたいに扱われる。


「…………」


しばらく観察したあと――

ミラは小さく息を飲んだ。


「これ……ただの剣じゃありませんねぇ……」


バルグが顎を上げる。


「お? なんだ、すげぇのか?」


ミラは頷き、剣の柄に沿って指を滑らせた。


「すごいどころじゃありませんよぉ……

 これ、“術式の層”が通常の三倍……

 流路は複雑、しかも“一度組んだら二度と同じものは作れない”類です……」


「複製不可ってことか?」


「無理ですねぇ……

 これだけ細かい術式刻み、普通の鍛冶では道具が折れますねぇ〜。

 私でも……読めない部分がありますしぃ……」


俺は自分の剣を見つめた。


(……そんなすげぇもんだったのか、これ)


ミラは剣をそっと返すと、

今度は火炉の上の折れた魔導具に視線を落とした。


「そしてこっち……」


折れた“魔力射出器”の残骸を両手で持ち上げる。


「これも……とんでもない構造ですねぇ……

 魔力を圧縮して……射出?

 いや、収束させて放つ……?

 何と言えばいいか……“強い意志を持った魔道具”です」


リネアが首をかしげる。


「み、ミラさん……そんな道具、この国にあるの……?」


「ありませんよぉ。

 少なくともオルデアでは作れませんねぇ。

 魔力をただ固めて“打ち出す道具”なんて普通は効率悪すぎますから、聞いたこともないですねぇ……」


ミラは目を細め、残骸をくるくると回す。


「複製は不可能……修復も……

 ええと……やりますけどぉ、かなり時間がかかりますねぇ……

 この子、本当に複雑ですからぁ……」


(やっぱり……普通じゃなかったのか、これ)


ミラは火炉の奥に残骸を置くと、

ふと俺の剣へ視線を戻した。


その瞬間――目がぱっと輝いた。


「……あ。うふふふ……ひらめいちゃいましたぁ……」


「……嫌な予感しかしねぇな」


バルグが苦笑する。


ミラは胸の前で手を合わせ、嬉しそうに跳ねた(蹄の音が可愛い)。


「ナイルさんの剣……

 これ、術式の“流路”が余ってるんですよぉ」


「流路が……余ってる?」


「はい。“拡張”できる構造です。

 本来はもっと長いか、何かを追加できるように作られてますねぇ……」


そして折れた魔導具を指さす。


「この“魔力射出器”……

 こちらにも“外部拡張用”の小さな溝がぁ……」


バルグが目を丸くする。


「そんなもんどこに――って、おいおい……ホントだ……

 この端、何か付ける気まんまんじゃねぇか?」


ミラは楽しそうにくるっと回った。


「ナイルさん。

 よければ……この二つ、組み合わせてみませんかぁ?」


「組み合わせる?」


「はいっ。

 剣と魔導具を一体化――

 “魔力の刃を持つ戦槍ランス”にすることもできますしぃ……

 短くすれば“刃付きの魔力射出器”としても使えますよぉ?」


リネアは目を丸くする。


「そ、そんなの……できるの……?」


「ふふふ。“インスピレーション”ですよぉ。

 私にしか作れませんけどねぇ?」


(そりゃそうだ……)


ミラは、ゆっくりと俺に向き直る。


「どうしますぅ?

 “ナイルさんだけの武器”……作ってみますかぁ?」


俺は剣を見て、次に折れた魔導具を見る。


その瞬間――

胸の奥のざわつきが、なぜか心地よかった。


まるで、“それが当然だ”と言われているような。


「……ああ。頼む」


ミラは嬉しそうに耳を揺らした。


「はぁい。

 じゃあ、“ナイルさんの専用の武器”……完成させましょうねぇ」


蹄が、火炉の前でコツンと可愛く鳴った。


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