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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第112話:身体が覚えている



キリサの家に戻ると、さすがに疲れがどっと押し寄せてきた。

床に腰を下ろした瞬間、全身の力が抜けた。


リネアは俺の隣に座り、胸に手を当ててほっと息をついている。


「ナイル……ほんとに、……よかったね……」


「ああ。なんか……やっと落ち着いた感じだ」


キリサは水差しを置き、腕を組んでこちらへ向き直った。


「さて。保護は決まったが、次は“ここでどう生きるか”だな。

住む場所と仕事を決めねばならん」


「仕事、か……」


ぼんやり天井を見上げながら呟く。


「俺……何ができるのか思い出せねぇ。何をしてたのかも、はっきりしないし」


リネアは不安そうに袖をつまんだ。


「ナイル……無理しなくていいよ……」

「いや。生きてく以上は働かないとな」


キリサが軽く頷いた。


「明日、いくつか職場を案内する。合うものがあれば続ければいい。

オルデアでは“試して決める”のが普通だ」


「そんなもんでいいのか?」


「多種族国家では固定観念の方が害になる。やってみて合えばそれでいい」


その言葉には妙な説得力があった。


「……わかった。明日、やってみる」


キリサは満足そうにうなずいた。



ーーーーー


翌日。

キリサに連れられ、町のいくつかの仕事場を回った。


荷運び。

倉庫の整理。

工房の簡単な作業手伝い。

畑の土運び。


どれも力仕事中心で、やればできる。

だが──どうにも胸の奥がざわつく。


(……違う。できるけど、なんか違う)


うまく言葉にできない違和感だけが残る。


昼過ぎ、石段に腰を下ろして休んでいると、リネアが隣に座ってくる。


「ナイル……どれも、合わなかった……?」


「いや、できなくはない。けど……しっくりこねぇ。

手足は動くんだが……“これだ”って感じが全然しない」


自分の身体なのに、まるで“借り物”みたいな違和感。

動きはするが、心が追いつかない。


そんな感覚。


リネアは不安そうに視線を落とす。


「ナイル……このままだと、困る……?」

「まぁ……すぐじゃなくてもいいさ。いずれ何か見つかるだろ」


そうは言ったものの、胸の中は重いままだった。


そこへ、キリサが軽い足取りで近づいてきた。


「ナイル。どうだ、仕事は見つかりそうか?」


「……正直、まだ何も“これだ”って思えねぇ」


キリサはしばらく俺を観察し、ふと思い出したように言った。


「そういえば──ナイル。

そなた、森で倒れていた時……“剣”を握っていたのを覚えているか?」


「……剣?」


言われて初めて思い出した。

あの鎖付きの妙な剣だ。

森を逃げ回り、あれで木の上を飛んだ。


キリサは腕を組んで言う。


「そなたの普段の身のこなし、力任せではなく、無駄の少ない“実戦向き”の動きだ」


「実戦……?」


「もし記憶にあるなら──衛兵に志願してみるのはどうだ?」


俺は言葉を失った。


自分が昔、剣を握っていたのかどうか。

戦っていたのかどうか。

何者だったのか。


全部わからない。


だが──胸の奥にひっかかっていた“ざわつき”が、

その一言でぴたりと止まった気がした。


キリサは真剣な目で言う。


「試すだけでもいい。

剣を握れば、何か思い出すかもしれん」


リネアが不安げに俺の腕をつかむ。


「な、ナイル……危なくない……?」


「危ない仕事だが、隊長として断言できる。

ナイルには、戦う“勘”がある」


キリサの言葉は、なぜかすとんと胸に落ちた。


(……剣、か)


何も覚えていないのに。

なのに──なぜか“怖くなかった”。


次の瞬間、自分でも意外なほど自然に言葉が出ていた。


「……わかった。

試してみるだけ、やってみる」



ーーーーー


翌日。


キリサに連れられ、俺たちはオルデアの城塞区へ向かった。


石畳の道は昼の喧騒に満ちていたが、城門をくぐった途端、空気が変わる。

鋼のぶつかり合う音、掛け声、砂煙。

衛兵たちが鍛錬する広い訓練場が広がっていた。


リネアは不安そうに俺の袖をつかむ。


「ナイル……嫌なら、戻っても……」


「大丈夫だ。まだ“試すだけ”だしな」


自分でも不思議なほど、心は落ち着いていた。


キリサが訓練場の中央にいる教練官へ声をかける。


「バルグ。少し頼みがある。彼に剣を握らせてみたい」


振り向いたのは、太い腕と太い首を持つ、熊のような獣人だった。


「ほう……こいつが噂の“流れ着き”か?」


教練官のバルグがじろりと俺を見る。

その目には侮りも偏見もなかった。

ただの“力量を測る目”だ。


「おう坊主。まずは握ってみろ。

適当な剣でいいか?」


「……ああ。頼む」


バルグが剣置き場から一本の練習剣を取り出し、俺に渡した。


その柄が手に触れた瞬間――

胸の奥で、何かが震えた。


(……?)


自分の指が、勝手に“握り方”を取る。

腕の力の入れ方、足の重心、視界の確保――

全部、“知っている”感覚が流れ込んでくる。


俺は息を呑んだ。


「ナイル……?」


リネアが心配そうに呼ぶが、


(なんかしっくり来るな……。)


この姿勢が“自然”だと体の奥が言っている。


バルグは俺の構えを見て、眉を上げた。


「ほう? 一見ちぐはぐな形だが……初めてじゃねぇな?

どこの流派だ?」


「……知らねぇ。けど……身体が、勝手に……」


喉が乾く。

でも視界は異様に澄んでる。


キリサは腕を組んだまま、静かにうなずいた。


「やはりな」


「やはり……?」


「そなたの動きは、明らかに“戦い慣れた者”のそれだ。

記憶を失っていようと、身体は覚えている」


バルグがニヤリと笑った。


「よし、坊主。軽く振ってみろ。

斬る対象はあの藁束でいい」


言われるままに剣を引き、藁束に向かう。


足が自然に前へ出る。

腕が滑らかに引かれ、呼吸が深くなる。


そして――


俺は剣を振った。


ザシュッ!!


鋭い音が訓練場に響き、藁束が斜めに二つへ裂けた。


……練習用の鉄剣で、だ。


周りの衛兵たちがざわめく。


「嘘だろ、今の……」

「斬れた? あれ、切れたよな?」

「あんな振り方で切れるのか!?」


リネアは口元を押えて目を丸くしている。


「ナ、ナイル……?」


俺自身、震える手を見下ろした。


「……なんでだ。

なんで、こんなふうに……」


覚えてない。

戦った記憶なんて欠片もない。


なのに――身体の奥が叫んでいた。

“これが自分だ”と。


それを見てバルグが驚愕して笑っていた。


「……ははっ……こりゃすげぇ……!」


バルグは大声で笑いながら、俺の剣を指さした。


「坊主、その振り、素人じゃ絶対に出ねぇ!

実戦で命張ってた奴の振りだ!」


周囲の衛兵もざわつく。


「なんだあいつ……」

「動きが洗練されてる……」

「記憶ねぇってほんとか?」


リネアは胸に手を当てたまま、ぽつりと呟いた。


「……ナイル、すごい……ほんとに……」


キリサはゆっくりと俺の横へ歩み寄り、真剣な声で言った。


「ナイル。そなたは“戦士”としての素質がある。いや……素質どころではないな。

もはや、身体が完成していると言っていい」


俺は黙って剣を見下ろす。


剣の重さ。

振った時の空気の流れ。

足の重心。

体幹のぶれない感覚。


全部……初めてじゃなかった……誰かに教わったような気がする……。


「……なんで、なんだろうな」


声が自然に漏れる。


「覚えてない。なのに……怖くない。

むしろ、落ち着く。しっくり来る……」


バルグが腕を組んでうなる。


「“本能”だな。

記憶と別に、身体だけが戦い方を覚えてるんだ。

たまにいるんだよ……戦場で生きてきた奴に」


「俺が……?」


「そうだ。

坊主……いや、ナイル。

お前は“衛兵向き”だ。いや、おそらくそれ以上だ」


キリサがはっきり告げる。


「試しに、軽い模擬戦をしてみよう。

それで腕前を測り、正式に推薦する」


リネアが慌てて俺の袖を引く。


「ま、待って……! ナイル、ケガしたら……!」


「大丈夫だ、リネア。

バルグとの模擬戦は、命の取り合いじゃない」


キリサは優しく言う。


「安心しろ。

だが“危険”ではある。ナイルの力を測るためにな」


俺は深く息を吸って、うなずいた。


「……やってみる。

知りたいんだ、俺が何者なのか」


バルグがニヤリと牙を見せて笑う。


「気に入ったぜ、坊主。

じゃあ──準備しな」


俺はもう一度、剣を握り直す。


ざわめく衛兵たち。

不安そうなリネア。

期待に似た目で見つめるキリサ。


胸の奥で静かに火が灯る。


(……戦う感覚なら……俺は、知っている)


記憶じゃなく、

生き方として。




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