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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第109話:夜明け前の逃走


檻の外にかすかに朝の気配が混じり始めるころ、

木の牢を締めつけていたツタが、徐々に弱っていくのが分かった。


(そろそろか……)


ネラが言ってた通りだ。


(夜明け前は、檻が弱まる……)


試しに腕を動かしたら、

さっきまで締め付けていたツタが、うっすら力を失っている。


「……よし」


俺はゆっくりと息を吸い、

わざと うつ伏せに倒れ込んだ。


胸を押さえ、喉の奥から絞り出すように――


「っ……がはっ……あ、ああああ……!!」


檻の中に苦しむ声を響かせる。

すぐに外で足音が近づいた。


(来たな)


木の隙間から黒い影が覗き込む。


「外者、騒がしいぞ――」


(今だ……)


檻の隙間から腕を伸ばし、

見張りの首を 檻越しに掴んで引き寄せる。


「ぐ、ぅっ!?」


檻が音もなく軋んだが、

寝ぼけたツタは反応できない。


首を締め上げ、息を断つ寸前で――


「寝てろ」


力を抜き、気絶させて地面に倒した。


すかさず腰に下がっていたナイフを抜き取り、

檻の編まれた木の継ぎ目へ差し込む。


ギ……ッ。


木が息を吐くようにゆっくりひらく。


(……リネアの姉が言った通りだ。今なら壊せる)


最後の繊維が切れた瞬間、

檻の壁は静かに開いた。


俺は素早く周囲を確認しながら、

低く囁く。


「リネア、起きてるか」


隣の檻から、震えた声。


「……うん。音……全部聞こえてた……」


「行くぞ。今しかねぇ」


リネアの檻にも素早くナイフを差し込み、

木の繊維を切っていく。


ツタは弱り、抵抗はない。


リネアが檻のすき間から顔を出す。


「……ほんとうに、逃げるの……?」


「ここにいたら死ぬ。東なら助かるんだろ?」


「……う、うん……ネラが……」


名前を出した途端、涙がにじむ。


「じゃあ行くぞ」


俺は手を握り、檻から引っ張り出す。

リネアはためらいながらも、ちゃんとついてきた。


……多分俺の剣と物を回収して外に向かう。


檻を抜け出した瞬間――

森の空気が一気に自由の匂いになった。


「リネア、走れ。声は出すな」


「……うん」


二人で影の中へ踏み出す。


今はただひとつ。


東へ。

リネアを連れて――森を抜ける。


森の匂いは冷たく、夜明け前の薄明かりだけが頼りだった。


(急げ……夜が明けりゃツタも目を覚ます。追手も本格的に来る)


リネアの手を引き、落ち葉を踏まないように慎重に進む。

――その瞬間。


ヒュッ。


空気を裂く鋭い音。


「リネアッ!!」


反射で肩を掴み、地面に押し倒した。


直後、


背中に ドスッ と重い衝撃。

焼けるような痛みが走った。


「っ……が、ぁ……!」


「……っ!! 矢……矢が……!」


見るまでもなく分かる。

一本じゃねぇ。二本、いや三本刺さってる。


(ちっ……容赦ねぇなウッドエルフ……!)


すぐ背後で影が揺れ、複数の足音が迫る。


リネアは震えながら俺の服を掴む。


「……私のせいで……ごめん、なさい……」


「バカ言え……!」


痛みに歯を食いしばりながら、

俺は矢を折って背中から手を離した。


抜く余裕なんてねぇし、抜いたら出血がヤバい。


「死なねぇ! 走れッ!!」

「で、でも……!」

「庇う暇あったら前見ろ!!」


リネアを無理やり押し出す。


再び矢が飛んでくる。


ヒュッ、ヒュンッ!


木の幹に突き刺さり、樹皮を裂く。

完全に狙ってきてる。

背中の矢が足に響くたび、視界が白く揺れる。


だが――止まれねぇ。


「走れリネア!! 東だ!!」


「う、うんっ……!」


涙をこぼしながら、必死に先を走るリネア。


俺はそのすぐ後ろを追いながら、

振り返りもせず喉を震わせる。


「くそっ……!」


追手の気配が濃くなる。

足音が速い。間違いなく数人以上が迫ってきてる。


リネアが怖がって俺の方を見た時、


バサッ。


頭上で葉が揺れ、

エルフのひとりが 木から飛び降りてきた。


「来たぞ! 走れっ!!」


リネアの肩を押し、身体をずらして迎撃姿勢を取る。


だが――


背中の矢が痛みで暴れ、

膝が一瞬だけ落ちる。


「く……そ……!」


エルフの刃が、月明かりにギラリと光った。


刃が振り下ろされる――

避けるより早く、身体が勝手に動いた。


腰に差したままの剣を、反射で抜き払う。


「うおおおッ……!!」


狙ってねぇ。ただ振り回しただけだ。


だが――


ガチッ


柄の奥で何かが噛み合う感触があった。


「……ん?」


次の瞬間。


ギュルンッ!!


凄まじい反動とともに、

刃が柄から“飛び出した”。


「はあああああ!?!?」


鎖が一本、光を裂いて伸びる。

刃は弧を描き、少し先の大木へ突き刺さった。


エルフも一瞬だけ目を見開いた。

(そりゃそうだ、俺もびっくりだ!!)


「……なんだこれ!? どんな剣だよ!!」


戸惑っている暇はねぇ。

背中の矢がズキリと痛み、息が乱れる。


追手はもう四方から木の上に姿を現していた。


「……くそ、やるしかねぇ!!」


剣の柄を握りしめ、もう一度トリガーらしき部分を押し込む。


ガンッ!!


鎖が一気に巻き取られた。


「うおおおおおおおおおっ!!?」


体が木に向かって“引きずられる”ように飛ぶ。

予想外の加速に、視界がブレる。


そして――


ドガァッ


大木に、背中の矢ごと盛大にぶつかった。


「がッッ……!! いってぇぇ!!」


肺から変な声が漏れたが……

その反動で高い枝の上へ乗り移ることに成功した。


(……できる。これ、使えば……逃げられる……!)


俺は下で震えてるリネアに叫んだ。


「リネア! こっち来い!!」


彼女は涙をぬぐいながら手を伸ばした。


「こ、こわい……!」


「いいから早く!!」


リネアの身体を片手で抱え上げる。

軽い。驚くほど軽い。


「目ぇ閉じとけ!!」


剣を構え、次の木の上へ狙いをつける。


トリガーを引いた。


ギュルルル!!――ガンッ!


刃が飛び、木に刺さり、鎖が張る。


「よし……!!」


勢いのまま――木々の間を飛び移る。


風が顔を切る。

背中の矢が肉をえぐるように痛む。

足元では複数のエルフが追いすがってくる。


だが――木の上に逃げるという行動は、相手の予想を超えていた。


耳のいいエルフたちも、上を行く俺たちにはすぐ追いつけない。


「リネア! まだ大丈夫か!」

「だ、だいじょうぶ……っ!! でも……血、たくさん……!」

「後で止めりゃいい……!!」


次の木、次の木へ。

鎖の伸びる音と、巻き戻る衝撃だけが頼りだ。


枝を蹴り、幹をつかみ、

リネアを抱えたまま木々の間を縦横無尽に跳ぶ。


ウッドエルフの矢が何本も空を切るが、

方向がバラバラだ。木上の逃走は読みづらい。


(……行ける……! 本当に行けるぞ!!!)


背中の痛みで意識が霞む中、

俺は声を張った。


「しがみつけリネア!!」

「う、うん!!」


胸の中で小さな体が震えながらも必死でしがみつく。


俺は再び剣を構えた。


「……行くぞ!!」


刃が飛び、鎖が唸り、二人の逃走は夜明けの森を駆け抜ける。


―――――


やがて、木々の切れ目が見えた。


枝の上から飛び出した瞬間、

視界が、ぱっと開ける。


「……っ!」


そこは一面の草原だった。


夜の青さをまだ残した空の下、

朝日に照らされ始めた草が、風に揺れて波打っている。


振り返れば、今しがた抜けてきた森が、暗い壁みたいに口を開けていた。


(……出た……)


胸の奥で何かがほどける音がした。

だが、その安堵にかぶせるように――


ズキッ。


背中から腰にかけて、焼けた鉄を押し込まれたみたいな痛みが走る。


「っ……は、ぁ……」


もう、足が前に出ない。

さっきまで勢いで走れていたのが不思議なくらいだ。

血が、背中からじわじわ流れ落ちているのが分かる。


「こ、コール……!」


隣でリネアが振り返る。

白い髪が、朝の光を反射して揺れた。


「顔が……真っ白……!」


「……だいじょぶ……だっつってんだろ……」


強がって笑おうとしたが、

口の端に、鉄の味が滲んだ。


それでも、前を見る。


遠く――

草原の向こうに、それはあった。


石造りの高い防壁。

森とは違う、人の匂いのする境界線。


(……あれが……東の……)


何かまでは分からない。

ただ、そこに“国”があることだけは直感で理解できた。


「リネア……見えるか……?」


「う、うん……あれ……壁……?」


リネアの声が震える。


俺は一歩踏み出そうとして――膝をついた。


「っ……!」


地面が近い。

視界の端で、草が朝露をはじいてきらめく。


「……ダメ!!」


リネアが慌てて駆け寄り、肩を支える。


「だ、大丈夫!? ねぇ、立って……!」


「……すまん……ちょっと……きついなこりゃ……」


冗談のつもりで言ったが、声が掠れていた。


息を吸うたび、背中の矢が肉をえぐる感覚がある。

足の力が、指の先から抜けていく。


「ダメ……そんな……!」


リネアは俺の腕を肩に回し、必死で体を持ち上げようとする。


が――びくともしない。


彼女は“外に出されない”弱い側。

細い腕と脚では、血を流し続けた人の身体を担ぐには到底足りない。


「う、動いて……お願い……!」

「……おいて……行け……」


喉がひゅうひゅう鳴る。


「一人で……あの壁まで、走れ……。

俺なんかより、お前の方が……」


「いや!!」


リネアの声が弾けた。


「置いていくのなんて、いや……!!」


その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。


ふ、と視界が暗くなる。


(……やばいな)


立っているつもりなのに、

体がどっちに傾いているのかも分からなくなってきた。


それでも、目をこじあけて、草原の向こうを睨む。


(……せめて、あそこまで……)


そこで――

かすかな、地鳴りのような音がした。


「……?」


リネアも顔を上げる。


石の防壁の手前。

朝靄の向こうで、何かが揺れていた。


影――。


複数。


ゆっくりと近づいてくるそれは、やがて形を持ちはじめた。


「……馬……?」


リネアが呟く。


東は多種族が暮らす場所。外者でも受け入れる――。


(……間に合った……のか……?)


意識が、糸みたいに細くなっていく。


リネアが必死に叫んでいる。

何かを振っている。

その声も、もう遠い。


(……リュカ……シア……)


誰かの名前を思い出そうとして――

その“誰か”が、誰なのか分からないまま。


視界は、朝日に焼かれた草の色ごと、

すとん、と暗闇に落ちた。



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