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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第108話:森の底で目覚めるもの


森は静かだった。

風の音と、小川のせせらぎだけが聞こえる。


……静かすぎる。


俺は川辺の岩に腰を下ろして、深く息を吐いた。


「……はぁ。何やってんだ俺は」


頬がまだ痛ぇ。


(もう口も聞いてくんねぇのかな……)


そんなことを、ぐるぐる考えてしまう。


気晴らしに狩りでもしようと思って森に来たが、余計に頭がうるさくなるだけだった。


「……帰るか」


立ち上がりかけた、その時だ。


――ガサッ。


右側の茂みが揺れた。


「ん?」


警戒して銃に手を伸ばした瞬間、

木をなぎ倒しながら“でっっっかい猪みてぇな魔物”が突進してきた。


「おわっ!? マジかよ!」


反射で魔導銃を抜き、そのまま眉間へ引き金を絞る。


――ドンッ!!


魔導弾が命中し、魔物はそのまま地面に崩れ落ちた。

巨体が土を抉り、振動が足元まで伝わってくる。


「……あっぶね。……どうやって運ぶか……」


銃を下ろし、額の汗を拭った。


すると――


ミシッ


「……ん?」


魔物の重さが乗った地面が、不自然に沈んだ。


次の瞬間、俺の足元にも亀裂が走る。


「おいおい待て、やな音すんな!?」


ゆっくりと後ずさろうとした、その瞬間。


――バキィッ!!!


「はっ……?」


地面ごと崩れ落ちた。


支えを失った体は宙に浮き、そのまま崖下の滝へ吸い込まれていく。


「ちょっ、おま、待──うおおおおおおお!!?」


視界がめちゃくちゃに回転し、

空と地面が逆さまにひっくり返る。


木の枝が体をかすめ、空気が耳を裂いた。


「っっっああああああぁぁぁ!!」


叫ぶ間に、視界の端で魔物の巨体も一緒に落ちてきているのが見えた。


「嘘だろ!? こっち来んなあああ!!」


最後の言葉が喉で潰れ、

景色は黒くフェードアウトした。


―――――


森の奥へ続く道を、たいまつの列が照らしていた。


夕暮れの山林は既に暗く、風の音すら飲み込む静けさだ。


「捜索範囲を広げろ! 足跡を見逃すな!」


先頭で命じるのは、兵士隊の隊長。

その横にはフードを下ろしたリュリシアが歩いていた。


目は真っ赤。

けれどその表情は、決意で強く固められている。


後ろには――

エレナ、リュカ、シア。


皆、不安を隠しきれていなかった。

兵士たちが広がる様に、

シアとリュカは呟いた。


「これほどの人を動かすとは……」

「さすが王女様、だな……」


「当たり前よ。アークは……私たちの……」


言いかけて、リュリシアは唇を噛む。


エレナはリュリシアの横で静かに歩いているが、

その拳は甲冑越しでも分かるほど強く握りしめられていた。


沈黙が重い。


そんな中――


「止まれ」


エレナが低く言った。

捜索隊全体がピタリと足を止める。


エレナは地面に膝をつき、倒れた枝や乱れた草を丁寧にかき分けた。


「……大きな魔物が通ったあとだ。土がえぐれている」


たいまつの炎が照らす地面には、確かに深い溝のような跡が残っていた。


「エレナさん……これって……」


シアは不安そうにエレナに問いかける。


「まだ分からん……」


その声は震えていた。

さらに奥へ進むと――地面が大きく滑り落ちている場所に出る。


泥と石が削れ、崖の斜面が深く抉れている。


「うそ……コール様……」

「はは……だ、大丈夫……あいつがそんな簡単にやられるわけねぇよ……」


シアとリュカは互いに目を合わせた。


「ッつ!?」


だが……エレナは何かを見つけ、息を呑んだ。


草をかき分け、そっと拾い上げる。


金属と光を吸い込むような重厚な艶。

――コールの魔導銃だった。


「えっ……おい、それ」


リュカが思わず声を漏らす。


シアは小さな悲鳴を上げ、リュカの手を握った。


リュリシアは震えながら一歩前へ出た。


「……嘘……でしょ……?」


エレナの手は、魔導銃を抱き込むように握りしめている。

今にも砕けそうなほど細かく震えて。


「アーク……」


―――――


――暗い。


目を開けているのに、周囲の境界が分からない。


湿気のある空気と、土の匂いだけが鼻をつく。

頭が痛く、身体も重い。

腕を動かそうとしたが、ぎし、と冷たい圧迫感が返ってきた。


(……なんだこれ?)


手首と足首を締めているのはツタだった。

ただの植物ではない。

生きている。脈打っている。


身体の力を入れると、その脈が強く締め返してきた。


「っ……くそ……!」


視界を慣らしていくと、徐々に見えてくる。


周囲を囲むのは木の牢だった。

木が“生える”のではなく、意志を持って編み込まれたような形。

木の皮そのものが檻となり、逃げ道が一切ない。


その時――


木の裂け目がゆっくりと開いた。


音もなく、滑るように中へ入ってきた影が三つ。


黒い肌。

黒髪。

細長い耳。

無表情に近い、深い木の瞳。


たしか……ウッドエルフ?


(ん? 俺なんで知ってるんだ?)


一切の感情が読めない。

笑わず、怒らず、ただ“敵かどうか”だけを測る目だ。


先頭のエルフが、低く静かな声で言った。


「目覚めたか、人間」


声に温度がない。

淡々と言葉を落とすだけ。


「……ここは……?」


問いかけにも反応しない。

別のエルフが、破れた布に包まれた物を投げ置いた。


「持ち物だ」


布を開くと、そこには――


半分に折れた“なにか”。


見た瞬間、胸がざわっと波立つ。

だが理由が分からない。


「名を言え」


短い指示。感情ゼロだ。


「名……?」


(……なんだ……俺の名前……)


喉が乾く。

本当に、思い出せない。


「……わからねぇ……」


その言葉を聞いても彼らの表情は微動だにしなかった。


ただ、決定が早かった。


「では処刑だ」


淡々と。

その場で。

まるで、木の枝を折ると言うように。


「ちょっと待て……! なんでだよ……!」


「外者。

森に落ち、境界を荒らした。

理由に十分」


短い言葉の積み重ね。

説明のための説明をしない民族。


別のエルフが冷静に付け加える。


「ただし……落ちてきた場所は王国側の崖。

その領民と判明した場合のみ、引き渡す義務がある」


「……だから檻に入れてある……それだけだ」


「外者、不明なら――殺す。森の掟」


恐怖ではなく、ただ事務的に。


彼らは生死を“判断材料”としてしか見ていない。


「……ふざけんな……」


言葉を繋ぐ前に、年長と思しきエルフが檻へ近づいた。


目が合う。

深い森の底のような無表情。


「名前も語れぬ外者。

武器は異端。

人の匂いではない気配もある」


木の表面を軽く叩くと、檻がギリ、と締まり直す。


「逃げても無駄。

この檻は“心臓の鼓動”を感知する。

暴れれば締め殺す」


最後まで、声に感情がなかった。


「夜明けに決める。

その命をどうするかを」


そう言って三人は背を向け、

木の扉は音もなく閉じた。


再び暗闇が落ちる。


息だけが、ひどく大きく聞こえた。


「……クソ、なんなんだよ。……俺は?」


名もわからない。

何も分からない。


ただ、冷たい木の檻だけが彼を静かに包み込んだ。


と、その時。


「…………聞こえる……?」


かすかに、横の檻から声がした。

掠れた、小さな少女の声。


闇に慣れた目で横を見ると――


隣の檻に、少女が座っていた。


黒い肌。

しかし、髪は雪のように白い。

――白髪のウッドエルフ。


彼女は、光のない瞳でこちらをぼんやり見つめていた。


「……あなた……外から落ちてきた人……?」


「……まぁ、そんな感じだ」


少女は小さく微笑んだ。

だがその笑みは、諦めに近かった。


「……怖くないの……? ここに入れられたら……もう外には出られないのに」


「外に……出られない?」


「うん。白い髪は……森に嫌われた子だから。

生きていても……外に出しちゃいけないんだって」


(処刑じゃない……けど幽閉ってことか)


彼女は静かに続けた。


「……名前……ある?」

「……さっき言っただろ……思い出せねぇんだ」

「私は……リネア」


少女は一瞬だけ、この森の精霊のように静かに目を瞬いた。


「……いい名前……だとは思うぜ」

「そう……」


そう言って、少女は木の床に膝を抱えて座り込んだ。


沈黙。


そこへ――


外の足音が近づく。


木の扉が再び開いた。


入ってきたのは、先ほどの黒髪の戦士。

だが――その目だけ、わずかに揺れていた。


リネアが息を呑む。


「……お、姉ちゃん……?」


(姉?)


黒髪のエルフは、

リネアに目を向けるが、


表情は冷たいままだ。

周囲の目があるのだろう。


そして、檻にゆっくりと近づく。

低く、外に聞こえないような声。


「外者。動くな。話すな」


(……敵じゃねぇのか?)


エルフは檻に触れ、鼓動の強さを確かめるふりをしながら、

俺の耳元にだけ届く声でつぶやいた。


「……夜明け前。この檻の根が弱まる。

その時だけ、心臓の鼓動を縛る力が緩む」


さらりと言いながら、視線はあくまで冷たい。


「東へ走れ。崖と反対側だ」


(……東?)


「東は多種族が暮らす場所。外者でも受け入れる」


さらに顔を近づけ、

今にも切れそうな声で囁いた。


「……妹を、リネアを……連れて行け」


無表情の奥に、熱があった。

リネアが震える声で呼ぶ。


「……お姉ちゃん……本当に……?」


ネラは振り返らない。

冷たい戦士の仮面のまま、わざとらしく声を出し、ただ檻を叩いて言う。


「外者。黙れ。

明朝、処遇を決める」


そして、絶対に誰にも怪しまれない無音の足取りで去っていった。


木の扉が閉じる。


リネアは隣の檻で、小さく泣きそうに呟いた。


「……お姉ちゃん……やっぱり………」


暗闇の中、

俺は締めつけるツタの痛みを無視して、静かに息を吐く。


「東へ……か」


名前も、記憶もないまま。


けれど――

唯一の“救わなきゃいけない相手”ができていた。


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