第74話 暮れなずむ街
スーの店を出て表通りへ向かうと、早めの夕食か、食べ歩きの観光客が多く、すでに人混みとなっていた。夕陽を浴びて浮かび上がる中華街独特の赤と金の建物が、馥郁とした点心の香りに滲んで、美味な陽炎といった風情である。
中華風の粽や角煮饅頭、ラーメンに、飴を絡めたポテトの類い、あるいは月餅や桃饅頭まで。あれを食べよう、これを食べようと美琴を連れまわす早苗を尻目に、小汚い裏道で壁の染みを指して名坂警部補がいう。
「この黒い染みを見てくれ。中華街との境で、もともと小便鳥居が描かれていたんだ。それが黒く塗りつぶされたようになっている。この染み、私には鳥のような形に見えるが」
「俺にもそう見えます。烏みたいな?」
「わてには三本足の八咫烏に見えるで」
と、五郎に続いて蜜柑もいう。
「なるほど、烏に見えるか。さほどの実害がある話でもなく、頭の片隅に置いてもらえばいい。それより、スーに頼まれた件はどうするのだ?」
「古い式神が街を彷徨っているという話ですね。正直、ぴんと来ないんですけど、金はなくとも暇はある身ですから。まずは千里さんに聞いてみますよ。なにか気付いたことがなかったか」
「そうだな。どうも千里の奴は警察嫌いのようだし、お前から聞いてみてくれ」
「ええ、わかりました」
と五郎が応じた頃には、早苗は美琴に付き合わせて食べ歩きを堪能したらしく、最寄り駅から、じゃ、帰るわなとあっさり帰っていった。一杯ひっかけて帰るという名坂警部補とも別れ、暮れなずむ街を背に、五郎は美琴と二人での家路だ。
とはいえ、余計な一匹、蜜柑もいるわけだが。そのせいか、最強の恋のおまじないを教わったにも関わらず、美琴は何度か口の端にのぼせた言葉を仕舞い込んでしまった。
赤く染まったバスが二人を運ぶ。
美琴を送り届けて帰宅した五郎は、文化住宅の暗い自分の部屋へ向かった。寂しい男の独り暮らし。ところが、なぜか部屋には煌々と明かりがついていた。それも誰かが夕餉の支度をしているのか、コトコトと煮炊きの音が聞こえてくる。
思わず、部屋を確認する五郎だが、文化住宅一階、西の角部屋、自分の部屋で間違いない。首を傾げながらドアに手をかけた。




