第50話 指姫
リビングと接する小部屋に電子ピアノが置いてある。挿しっぱなしのイヤホンをそのままに、美琴は椅子にかけると、誰も見ていないことを確認して、順に指を鍵盤に添わせる。耳が聞こえなくなるまで、ずっとピアノを習っていたのだ。鍵盤の舞台を、それぞれの指姫が踊りだした。
踊る、踊る、踊る。
跳んで、跳ねて、舞って、踊って。
楽しく、静かで切ないダンス。それを見るのは棚におかれた黒猫のぬいぐるみだけだ。さらに、本物の黒猫が、主人以外の者がピアノに触れるのを不思議そうに見つめていた。
やがて静かな演奏会が終わり、指姫たちも眠りにつくはずが、いつの間にかそばにいた理奈が、美琴の肩に手を置いていた。
電子ピアノには電源が入っており、イヤホンも抜けかかっていたのだ。リズムも狂い、運指も乱れ、踊りに託せば、指姫たちは転んでこけて足を滑らせ、それでも夢中になって演奏する美琴の楽しさが、笑い声となってさざめくような。
顔を赤くさせ、うつむく美琴の肩を優しく抱いて、理奈が、とん、とん、とんと叩き始めた。一定のリズムを刻んで演奏を促す。
再び、舞い始める小さな姫君たちは、ともに踊るパートナーを得て、恥ずかしそうにしながらも、それぞれ滑らかな踊りを披露する。
上手い演奏というわけではないが、弾く者の喜びを伝えてくれるような温かい演奏に酔いどれ連中から拍手が贈られる。美琴の演奏を再び聴くことができて、葛音の目には控えめな涙のつぶだ。窓から差し込む夕日を浴びて目元がきらりと光った。
ジジの金色の目も光り、棚に並んだ黒猫のぬいぐるみも作り物の目を光らせる。黄昏れ時に至り、赤みを帯びた空は次第に青みを増し、ごうごうと風が吹き始めていた。




