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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第4章 恋する季節
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第107話 秘めし過去


 秋に相応しい恋の話、と言うには少々激しい思い出を大家の婆さんが語り終えた。


「若い人の参考になるかしら。胸に抱いた想いは素直に伝えること。これに尽きるわね」


「と、とても哀しい、でも、素敵です」


という美琴に、軽快にウインクを返した。


「あら、誰が哀しい話だなんて言いました? ちゃんと射止めたわよ。ほとぼりが冷めたころ、克己さんの行方を探して押しかけて行ったの。結婚してくれ、駄目なら愛人でもいいし、抱いてくれるだけでもいい。それでも駄目なら女中として置いてくれって。ずいぶん困った顔をしてたわね。捕まえて責め立てていた時よりも、よっぽど大変そうだったわ」


 との話を聞いて、五郎も美琴ももっと頑張ろうと思うのだった。しかし、そう思って意中の相手を見たところが不意に目が合って、慌てて目を逸らしながら、やっぱりもう少しこのままでいいかなと。


 さて、昔語りもお茶の時間も終わって静かになった頃、忘れられていた蜜柑が目を覚ました。思い出したのは、クッキーの箱のことである。

 安さと量だけを考えて買ってきた怪しいクッキーの箱には、どこの国の言葉ともわからない文字で、原材料やら賞味期限らしき表示がしてある。

 どこでどうやって作られたのか、改めて、どきどきしながら蜜柑が手を伸ばした。人や物に触れることで、そこに残留する記憶を読み取るのだが、箱に手を触れた蜜柑は、


「さすがの五郎はんも、これは知らん方がええやろな。黙っとこ」


と、汗を流しながらつぶやくと、手を合わせて箱を捨てたとか。


 はてさて何が見えたのか。日々の食べ物、持ち物を、いつ、どこで、だれが、どうやって作ったか、知らない方が良いのは誰しも同じだろうか。


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