第108話 秋の夜長
五郎の部屋は今日も賑やかだ。千里と名坂警部補が毎日のように酒盛りにやってくるのである。佳乃などは、最近めっぽう酒に強くなった。一口飲んで寝てしまっていたのが嘘のよう。さりながら、その酒癖はあまりよろしくない。
「蜜柑! ちょっと来なさい」
と、すでに目が据わっている。渋々やって来た蜜柑を正座させていう。
「毎日、毎日、よく飽きもせず、ぐうたら、ぐうたらと。陽だまりの猫じゃあるまいし」
「ええやないか。それこそ、わての理想や」
「どこの宿六ですか!」
「宿六て。おまんは、わての女房かいな」
「にょ、にょ、にょ、女房ですって! 誰が、あなたみたいな。この馬鹿、変態、唐変木!」
「あたたた、ぽんぽん叩くなて。わては木魚とちゃうて、何回、言うたらわかるんや」
などと楽しげに〈?〉過ごしており、名坂警部補も、だらだらと飲みながら、
「そうか、やはり、ただ者ではなかったか」
と頷いてみせる。大家の婆さんが極道がらみの人生を歩んできたことを指しての話である。
「それらしい雰囲気はあったが、それも昔の侠客の筋目とくれば、さもありなん。明治、大正、昭和の初期までは、まだそういった心意気もあったものよ。国の方も毒をもって毒を制す風もあったしな」
「ふぅん、あの婆さんがね」
と応じて、千里がしどけなくもたれかかる。「そういや、亡くなった連れ合いの墓参りに行くって、えらく粋な着物をきていたことがあったっけ」
「おまえも自由人を気取るのは良いが、変な輩に目をつけられないようにしろよ」
「なんだい、あたしのことが心配なのかい?」
「ああ、まあな」
直球で返されて、思わず黙り込む千里には気付かず、ぐいと杯を空けて続ける。
「娘ほど年も違うしな。独身で子供もいないから本当の気持ちはわからんが、娘がおれば、おまえのように生意気だったのではないかと思うよ」
「ちっ、娘かよ」
「ん? どうした?」
「ふん! なんでもないさ」
「そうか。おまえも決して器量は悪くないんだ。もう少し、おしとやかにすれば、誰ぞもらい手もあろう。月子さんのようにとはいかずとも……」
ばしゃ! ばしゃばしゃ!
言い終える間もなく、名坂警部補の頭に一升瓶の中身をぶちまけ、
「こ、こら、何をするか!」
と酒まみれで咳き込む名坂警部補を捨て置き、千里は履き物をつっかけて外へ出ていった。
「くそ、なんだあいつは」
顔を拭うところへ呆れたように五郎がいう。
「いまのは名坂さんも悪いです」
「私が? いや、一方的な被害者だぞ」
言いながら、くしゃみを連発だ。「これは駄目だ。すぐ風呂に行くぞ、五郎」
「月子さんに会いたいんでしょう?」
「ふふ、まあな」
応える名坂警部補の頭に、カコン! と、空き缶がぶつけられた。もちろん、千里の仕業である。窓の外から、風邪でも何でもひいちまえ! と悪態をつくと、どかどかと階段を上り、自室へ戻っていった。




