第106話 思い出の義眼
少しばかり激しい恋の昔語り。
熱にあてられ、ぼうっとした様子の美琴を見て、ちょっと刺激が強かったかしらと笑いながら大家の婆さんが話を続ける。
さて、一目惚れの相手を攫ってきたは良いものの、貴方が好きだなどと娘じみたことを言えるわけもなし。克己さんの方も、戦地で地獄を見てきた復員兵で、しかも敵対する愚連隊の幹部だから、父や私に阿るつもりなんて、さらさらない。
相当痛めつけられたらしく、全身ぼろぼろだったけど、平然とした態度で縄についていた。一言、助けてくれと命乞いでもしてくれれば、父にとりなして取り巻きに加えてやろうと思っていたのに。想いが高まるにつれ、克己さんを嬲る私の手に、足に、また言葉に激しさが増した。素直に好きと言えず、私の物になりな、さもないと死ぬことになるよと脅しても、克己さんは頑として首を縦に振らなかった。
私の執着振りを不審に思ったのか、明日には殺してしまおうと父が言い出した。反対することも出来ず、そのことを克己さんに告げて、より一層、激しく責め立てた。私の物になれ、さもなければ死ねと。夜遅くまで責め続けて、それでも首を縦に振らないあの人の前で、私はとうとう泣き出してしまった。
その時だった。何をされても声ひとつあげずに平然としていた克己さんが涙を流して言うんだ。可哀想に、可哀想にって。私も驚いてね。どうしたのか、なぜ泣くのかと尋ねたの。そうしたら、何事も力で従えることしか知らない君が可哀想だ。自分の美しい心を知らない君が可哀想だ。そんなに美しいのに、なんてことを言う。
柄にもなく狼狽して、どうすれば良いのかわからなくなった。本当に可哀想な娘だったと、いまはそう思うわ。私は、自分の顔を自分で殴りつけた。何度も何度も血が出るまで。そうしておいて、克己さんの縄を解いて逃がし、何かの拍子に縄が解け、殴られて気を失っている間に逃げられたことにした。
父は怒り狂ってその行方を探したけど、見つけられなかった。手元に残ったのは胸の痛みと、思い出にもらった義眼だけ。そして、さよならね。




