第105話 辱しめ
二杯目の珈琲を淹れて、引き続き、大家の婆さんが昔を語る。戦後、神辺市の高架下、何キロにも渡って開かれていた闇市で恋の相手に出会ったのだという。どこまで話したかしら、と続けて。
そうそう、高架下のバラックで出会った時のことね。克己さんといって、復員してきた兵隊さんの一人だった。片眼片脚を失くした傷痍軍人ね。
当時、うちの組は闇市を仕切って莫大な利益をあげていたの。で、克己さんはというと、うちに逆らう愚連隊の幹部だった。出会った時は、まさに敵同士、闇市の上がりをめぐって毎日のように抗争を繰り返していたわ。中国人や朝鮮人の組織と、うちみたいな昔からの極道と、あぶれ者の集まりの愚連隊と、日本の警察に進駐軍のMPや市当局まで交えて、いざこざのない日はなかった。
克己さんと出会った日も、互いにそれと認めるや、取り巻き同士が殴り合いに刺し合い、果ては殺し合い。血しぶきの飛ぶなかで、恍惚として克己さんを見つめていた。一目惚れだった。
目まぐるしく動く片眼と、まるで動かない片眼と。ガラス玉をはめ込んだだけの恐ろしげな義眼に、がっしりと捉えられて。気付くと、取り巻きは、みんなやられてしまっていた。私も殺されるか、犯されるか、ただでは済みそうもない。
恐怖に駆られながらも、みっともなく逃げ出すつもりはなかった。どうとでもしろと悪態をついて克己さんを見据えたけれど、殴られることも、辱しめられることも、声をかけられることすらなく、私など眼中にないように立ち去ってしまった。その背中に、思いつく限りの罵詈雑言を投げかけたけど、振り向きもしない。
一目惚れは、一気に憎悪に変わったわ。
父に訴えて、克己さんを捕まえて連れてきてくれと頼んだ。私を辱しめた復讐をするのだと。実際には何もなかったわけだけど、父は勝手に察して激怒すると、配下を総動員して克己さんを捕まえた。そこからどうなったか、わかるかしら?




