第100話 物思いの蜜柑
夏の幻のような出来事が過ぎ去り、季節は秋に入っていた。食欲の秋、読書の秋、芸術の秋、運動の秋などと言われるが、ふと物思いに耽りたくなる。そんな気怠い季節でもある。
ここにも一人〈?〉、物思いに耽る者がいた。
小さなくまのマスコットに宿る自称式霊だか神様の温州蜜柑だ。部屋の隅で珍しく沈黙しており、そうしていると、ただの愛らしい人形にしか見えない。同じく居候にして古き式神の佳乃が、
「さっきから黙りこくって。何を考えているんです? どうせ、ろくなことじゃないでしょうけど」
と、蜜柑の様子を見咎めるも、
「ん? うん、そやな」
と上の空の返事だ。
「蜜柑、聞いてるの?」
「うん」
「聞いてないでしょう?」
「うん」
「蜜柑のあほ」
「うん」
「……本気で聞いてないわね」
イラっときて、ちょっかいを出しに近付いたところ、蜜柑が不意に顔を上げた。
「なあ、佳乃」
と真剣な口調でいう。「ちょっと触らせてくれへん? ええやろ? ちょっとだけ、ちょっとだけや」
「な、ななな、なんでよ。なに言ってんの」
「な? ええやんか。ちょっとだけや」
「い、いや! いやよ。こ、こら……」
逃げようとする佳乃に迫る蜜柑の頭を、ぱしんと五郎が叩いた。
「なにやってんだ」
「なにって、ちょっと触らせてもらおうと思っただけやんか。ん? ああ、なんや勘違いしとるんかいな。こんな、つるぺたすとんに興味ないわ」
ぱしんと今度は佳乃だ。不機嫌そうな顔で蜜柑の頭を叩いた。
「なんやねん。興味ある方がええんか? いや、ちょっと試したいことがあってな。ここのところ、目玉の化物やら大海鼠やら、いろいろあったやろ。なんやこうレベルアップっちゅうか、ちょっと新たな力に目覚めてな。さすがわてや。五郎はん、わて、自分の才能が怖いわ」
「はいはい」
軽くあしらって五郎は雑誌に目を落とした。クッキー片手のくつろいだ様子である。
「五郎はん、どんな力か気になるやろ?」
「いや、別に」
気がなさそうに漫画雑誌のページをめくる五郎に、さらに言い募る。
「別にて、そんな。なあ、気になるなら見せたってもええんやで。見たいやろ?」
「なんだ、引っ張るなよ。クッキーが欲しいのか」
「ちゃうわ! いや、くれるんならもらうけども」
「あ、すまん。これで最後だった」
「五郎はん……」
がっくりきた蜜柑だったが、一人くつろぐ五郎の姿に、だんだん腹が立ってきた。
「そっちがそういう態度をとるんなら、こっちにも考えがあるで!」
とてとてと近付くと、五郎が読んでいる漫画雑誌に手を触れて、にやりと笑う。




