第101話 佳乃の過去
漫画雑誌片手にくつろぐ五郎に、佳乃が珈琲を入れて差し出す。ほっこりした光景の中、悪い顔の温州蜜柑がにやりと笑い、こほんと咳払いひとつ。
「五郎はん、わての新たな力を教えたるわ。いま読んでる漫画雑誌な。週遅れで安うに買っとるけど、それ、ええ年したおっさんが便所で気張りながら読んどったやつやで。見た目は綺麗やけど、捨てられとったのを回収して売っとるんや」
「だから?」
「だからって、嫌とちゃうの?」
「そんなことを気にしてどうする。安けりゃいいんだよ。赤貧なめんな!」
「えー? 逆ギレ?」
呆れる蜜柑だったが、五朗は漫画雑誌を閉じて問いかけた。
「で、どうしてそんなことがわかるんだ?」
「おお、聞いてくれるか。わてな、サイコメトリーに目覚めたんや。残留思念とか物の記憶を読み取るとかいうやつな」
「何に目覚めようと構わないが、それで、なんで佳乃に襲いかかったんだ?」
「襲っとらへんわ。こんな、つ、つ……」
つるぺたすとんと言いかけるも、背後で構える佳乃の気配を感じて黙り込んだ。「とにかくや。とにかく、こいつの昔のことがわかるかもしれんやろ。物だけやない、人や妖に触れても、なんかわかるかもしれへんやんか。そやで佳乃に触ろうとしたら、自意識過剰な、つるぺたすとんがやな……」
ぱしん!
最後まで言い終えることなく佳乃に叩かれた。爪楊枝ほどの刀で、気持ち良く峰打ちである。
「あたた、なにすんねん。峰打ちはええけど、向きを間違えたら真っ二つやんけ」
「別にいいじゃない。蜜柑が二匹になるだけでしょ」
「なるか! プラナリアちゃうぞ。まあええわ。いまの話、聞いとったやろ。触るで?」
「いいけど。なんか言い方が気色悪い」
「やかましいわ。ええか、ちょっと、じっとしとれよ。集中せんと何も浮かばへんでな」
「ふぅん。どんな感じで浮かんでくるの?」
「だいたい視覚イメージやな。夢みたいなもんや。記憶の断片が脈絡なく出てくるかんじや」
「そう。駄目元でやらせてあげてもいいわ」
「なんで上から目線やねん。ほな、やるで。ちょっと待っとけよ。お、浮かんできた、浮かんできたで。こ、これは、なんや式神の癖に風呂に入っとんのか。きみの湯で美琴はんらと……」
ぱしん!
頰を赤らめて、再び佳乃が蜜柑を叩く。今度は鞘ごとである。
「手の早いやっちゃな」
短い手で蜜柑が頭をさする。「せやけど、式神が風呂に入るとか聞いたことないで。式札が濡れたらあかんやろし、着替えたりできるんか?」
「わたくしはね、姉様人形を式札にしてるから着替えだってできるの。前の主が衣装を変えられるようにって」
「童女姿の式神を着せ替えて、変態とちゃうか?」
ぱしん!
再び蜜柑の頭を叩くが、刀を使うのも面倒なのか、今度は素手である。
「あたたた。ぽんぽんぽんぽん、ぽんぽんぽんぽんと。わては木魚ちゃうぞ。気軽に叩くなや」
「あなたが余計なことを言うからでしょう? そもそも、前の主は綺麗な女性です!」
「ん?」
「あ!」
「もしかして思い出したんか?」
「たしかに。思い出し方が納得いきませんが。ああ、でも、顔が思い出せません。もやがかかったように口元の笑顔しか」
改めて何度か挑戦するも新たな判明事項はなく、佳乃の私生活の覗き見のようになってしまった。その度に、ぽんぽんぽんぽんと叩かれ続けた蜜柑が音を上げて、この件は御蔵入りになったという。




