第102話 倒れる温州蜜柑
佳乃の過去を探ろうとしていた温州蜜柑は、頭をど突かれまくって倒れていた。過去を思い出せないことに対して、佳乃が申し訳なさそうにいう。
「五郎様、申し訳ありません。前の主が綺麗な女性だったことしか思い出せず」
「いや、気にすることはない。佳乃は悪くないんだ。謝ることはないさ」
との二人のやりとりに、ようやく身を起こした温州蜜柑が、頭にたんこぶタワーを作って喚き立てた。
「いーや、謝れ! わてに謝れ! 見てみい。このたんこぶタワー。おまんが、ぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんと叩きまくったでやぞ」
「なによ、背が伸びて良かったじゃない」
「この腐れ式神がぁ!」
と爆発寸前の蜜柑だが、
「ふん、まあええ。お子ちゃまの相手なんぞしとれん。わての新たな力で遊んで、じゃなくて研鑽に努めるかいな」
と鼻歌まじり、根が単純なだけに怒りも尾を引かない、さっぱり系の蜜柑である。
そう言えば、さっき食べ損ねたクッキーの箱はどこかと探してみたところ、それには、どこの国の言葉ともわからない曲がりくねった文字で、原材料やら賞味期限らしき表示がしてあった。
漫画雑誌と同じく、五郎が安さと量だけで買ってきたクッキーである。どこでどう作られたのか、どきどきしながら蜜柑が手を伸ばす。
その時、ちょうど美琴が訪ねてきた。五郎が栄養失調で倒れないか心配で、というのも半分本気のようではあるが、ちょいちょい差し入れに来ているのだ。美琴はんや! と蜜柑が飛びついた。
たんこぶタワーの件も交えて、新しく覚えた力について勢いよく話し終えると、さて、今度こそとクッキーの箱で力を披露しようとした。ところが、間が悪い時というのはこんなもの、またしても来客があり、やって来たのは大家の婆さんである。
今日は家賃の集金に来たらしい。口座振込にしようにも、市内最安値の文化住宅へ集まる連中だ。振込が滞り、催促に行くだけ二度手間というもの。
美琴を見てにやにやしている。それもそのはず、蜜柑はただの人形だし、佳乃の姿は見えない。つまり、男の一人暮らしに乙女が一人。婆さんでなくとも、にやにやしてしまいそうである。
「今月分、たしかにもらいましたよ。では、お邪魔虫は退散しましょうかね」
と出ていきかけて、こそこそと五郎にいう。
「あのね、私はいいのよ。年の差とか若さとか。でも、安全日だからって油断しちゃ駄目よ。条例とかも気をつけてね」
「……なんの話ですか。誤解してますよ」
「あら? そういう関係じゃ?」
「違います。貧乏な俺を心配して、時々、差し入れに来てくれるんです」
「差し入れねぇ」
言いながら、気付いてないわよと美琴に目で伝える。笑顔で首を振って応じると、
「あ、あの、良ければ一緒に。お、お茶にしませんか。きょうは、ケーキを持ってきました」
「あら、美琴ちゃんのケーキ、美味しいのよね。お邪魔させてもらおうかしら。でも、ここは美味しい珈琲はなさそうね。秘蔵の珈琲を持ってくるわ」
いそいそと出て行く婆さんだったが、その足下に、温州蜜柑が泡を吹いて倒れていた。こっそり婆さんの過去を読み取ったところがこのざまだ。いったい何を見たのだろうか。




