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12(お兄ちゃんとわたし)<完>

 私は、元の世界に帰ってきた。

 何年も前に行方不明になった私がいきなり帰って来て、お父さんたちは驚いていたけど、驚く以上に喜んでくれた。私もお父さんたちにまた会えて、すごく嬉しくて大泣きしてしまった。

 お父さんたちは、私のいない間に妹ができたんだよって言って、妹に会わせてくれた。

 妹はまだ小さくて、すっごく可愛い。私はお姉ちゃんになったんだから、これからもっとしっかり者になろうとお星さまに誓った。

 その後で、友達とも再会した。みんな、昔とは全然違ってて驚いた。私服はおしゃれだし、恋のお話とかで盛り上がってるし。うーん……中々ついていけない。でも、みんな私にまた会えたことをすごく喜んでくれて、嬉しかった。

 優しかったお隣のお姉さんは、なんと結婚して家を出ていた。もうお隣のお姉さんじゃないんだなあ、と思うと、少し寂しかった。でも、おめでとう、お姉さん。

 ここには、血の繋がらないお父さんとお母さんがいる。妹がいる。友達がいる。お隣じゃないけどお姉さんがいる。

 みんな、すごく優しい人たちだ。

 リーハルトさんたちのことも好きだったけど、やっぱり、私の居場所はこっちなんだなあ、と思う。


 私が今までどこにいたかについてだけど、正直に話しても信じてくれないだろうから、何も覚えてないっていうことにしておいた。はじめは信じてくれなかったけど、私がずっと覚えてないって言い張っていたら、そのうち信じてくれた。嘘ついてごめんなさい。


 今、私は元の世界に帰って、平和な日々を過ごしている。

 でも、何の不安もないってわけではなかった。

 一つだけ、私には心配ごとがある。

 ……お兄ちゃんのことだ。


「ユウカ、腹へった」

「こらっ、出てきちゃ駄目でしょお兄ちゃん。隠れてて」

 部屋の押し入れの中からのっそりと出てきたお兄ちゃんを、私は慌てて押し込んだ。

「お母さんに見つかっちゃう」

「もういい加減かくれんぼにも飽きたんだよ」

「そしたら今度は鬼ごっこが始まっちゃうよ」

「かくれんぼより鬼ごっこの方が良い」

「鬼ごっこで捕まっちゃうと、お兄ちゃんは牢屋に閉じこめられちゃうんだよ」

 だから駄目、ときつく言ったら、お兄ちゃんは、平然として言った。

「閉じ込められても魔法で出るから問題ないだろ」

「……それは、そうだけど」

 私は何て言い返せば良いのか分からなくて、黙り込んだ。

 何故か、こっちの世界でも、私とお兄ちゃんは魔法が使える。

 魔法を使えることも、お兄ちゃんのことも、もしも誰かに知られたら一大事だから、私は必死に隠している。

「それより、俺の隠し場所をそろそろ変えた方が良いんじゃないのか?」

「え、何で? お母さんは時々部屋には入って来るけど、押し入れなんて、誰も開けないよ」

「甘いなユウカ。この前、俺が家の中を散策してたら、お前の両親がいて、言ってたんだ。『ユウカが最近、押し入れで犬か猫を飼ってるみたい。部屋から話し声が聞こえるのよ』って。俺は犬猫と同類なのかよ」

「ちょ、ちょっと待ってよお兄ちゃん! 勝手に部屋の外を歩いてたの?」

「ずっと押し入れの中にいたら体がなまるだろ。部屋も狭いし」

「でも、見つかったらどうするの!」

「見つかったら、泥棒のふりして逃げる。ユウカには迷惑かけないから大丈夫だ」

「……そういう問題じゃないよお兄ちゃんの馬鹿。どあほ」

 私が睨みつけても、お兄ちゃんは素知らぬ顔だ。まるで反省していない。

 

 お兄ちゃんは、本当は、この世界には行きたくなかったらしい。

 何でかと聞いたら、私にとって大切な場所だから、と言っていた。私の大切な場所を、壊してしまうのが恐いんだって言ってた。

 でも、私が無理やり連れて来てしまい、私が絶対に帰っちゃ駄目と言い張ったので、お兄ちゃんはそのままここで暮らしている。


 この世界は、やっぱりとても平和で、優しい人たちがいっぱいいて、みんなが毎日笑って過ごしている。

 それでも、お兄ちゃんは相変わらず人間が嫌いだった。お兄ちゃんの人間嫌いは筋金入りらしい。でも、私の人間好きも筋金入りだ。

 お兄ちゃんと一緒に街の中を歩いたりして、お兄ちゃんにも人を好きになってもらおうと頑張っている。

 お兄ちゃんが人を好きなれば、お兄ちゃんはきっと幸せになれるから。


「なあ、ユウカ」

 怒っている私に、お兄ちゃんは真面目な顔をして話しかけてきた。

「……なあに?」

「兄ちゃんは、いつまでこの世界にいて良いんだ?」

 質問の意味が分からなくて、私はぱちくりと瞬きした。

「いつまでとかじゃなくて、ずーっといて良いんだよ」

 お兄ちゃんは、そうじゃない、というように首を振る。

「……こっちの世界に来てから、この世界のことを色々知った。もし、俺がこの世界に生まれ育ってたら、今頃刑務所の中で処刑待ちだな」

「…………」

 私は、お兄ちゃんに何て言ったら良いのか分からなかった。虚空を見つめて、お兄ちゃんは語る。

「こっちの世界で、しばらく平和に暮らしたら、平和ボケしたみたいなんだ。自分がしたことを振り返ってみたら、今頃になって罪悪感が湧いてきたよ。人間が大嫌いなのは変わらないけどな」

「お兄ちゃん」

「俺は、人間をたくさん殺した。数えきれないくらい殺した。俺は、その罪を何も償ってない。ユウカ、これで良いと、お前は思うのか?」

 良いとは思わない。確かに、お兄ちゃんはすごく悪いことをした。お兄ちゃんは、償わなければいけない、そんな気がする。殺された大勢の人たちのためにも、お兄ちゃんのためにも。

 でも、死んで償うのは、絶対に違う。

 ……お兄ちゃんが、私のお兄ちゃんだから、こう思うだけかもしれないけど。だけど、私はお兄ちゃんとずっと一緒にいたい。お兄ちゃんに、生きて、幸せになってほしい。


 しばらく考えて、私はお兄ちゃんの両手をぎゅっと握った。

 絶対に離さないつもりで、強く強く、握りしめた。

「それなら、こうすれば良いんだよ」

 驚いた顔で、お兄ちゃんは私のことをじっと見つめた。

「これから、お兄ちゃんが殺してしまった人と同じ数だけ、人の命を救おう。たくさんの人の命を救おう。人の命を救いながら生きて行けば、きっと償えるよ。魔法が使えるんだから、きっとできる」

 ね? と、お兄ちゃんに笑いかける。お兄ちゃんは思わぬことを言われたように、呆然とした顔で言葉を失っていた。

「あ、もちろん私も手伝うからね。妹なんだから、お兄ちゃんのしたことの責任はきっちりとらないと」

 念のためと付け加えた私に、お兄ちゃんは真剣な顔で言う。

「ユウカ、分かってるか。兄ちゃんは人間が大嫌いなんだ。今でもそうだ。こんな俺が、人間を助けられると思うか?」

「分かってるよ。お兄ちゃんは、大嫌いな人間の命を救うの。どんなに人間のことが嫌いでも、憎くても、自分のしたことを思い出して、たくさんの人の命を助けるの。きっと、償うっていうのは、そういうことじゃないかな」

 そう言って、私はお兄ちゃんの頭に手を置いて、よしよしと撫でた。

 何でだろう。お兄ちゃんは、泣いてしまった。

 お兄ちゃんの頭を撫で続けながら、私は思う。


 いつか、私が大人になって、お兄ちゃんが人間を大好きになる日がきたら、二人でまた向こうの世界に戻ろう。向こうの世界で、二人でたくさんの人の命を救おう。

 そうすれば、お兄ちゃんは本当の意味で幸せになれる気がするから。

 向こうの世界に戻ったら、真っ先に、リーハルトさんたちに会いに行きたい。

 結局、誰にもお別れを言えなかったから、もう一度会って、お話をしたい。今度こそ、魔王の妹としてじゃなくて、ただの佑香として、リーハルトさんたちと一緒に笑い合いたい。


 その時は、お兄ちゃんも一緒に。


これで完結となります。

急に思いついて勢いだけで書いた粗の目立つものでしたが、それでもお読みくださっている方のおかげで無事書ききれました。

お読みくださった方々、本当にありがとうございました。

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