第二話 ライオンだろうが関係ねぇ
悲鳴を聞いた二人は、迷うことなく森の奥へ駆け出した。
木々をかき分けた先で見えたのは、一頭の巨大な魔獣だった。
全長は三メートルを超え、黄金のたてがみに額から伸びる二本の黒い角。
鋭い牙をむき出しにし、真紅の瞳で獲物を睨みつけている。
その前には、剣を構えた一人の男。
背中には幼い少女をかばっていた。
男の腕からは血が流れ、肩で荒く息をしている。
「お父様……!」
少女は震えながら男の服を掴んだ。
「リリア……。」
男は苦しそうに笑う。
「すまない。ここまでのようだ。」
魔獣は勝利を確信したように、一歩ずつ距離を詰めてくる。
そして大きく口を開いた。
「グルォォォォッ!!」
地面を蹴り、一気に襲いかかる。
「リリア!」
男は娘を抱き寄せ、自ら盾になった。
──その瞬間。
ドゴォン!!
鈍い衝撃音が森に響く。
「ガァァァッ!?」
巨大な魔獣が真横へ吹き飛び、何本もの木をなぎ倒しながら転がっていった。
男は恐る恐る顔を上げる。
そこには、赤髪に黒いメッシュを入れた少女が立っていた。
制服姿のまま、軽く拳を握り直している。
「あれ、ライオン……?」
柚は首を傾げた。
「いや、角あるじゃん。」
暁が隣まで歩いてくる。
「ライオンじゃない。」
「そこ気にするとこ?」
二人のやり取りに、男も少女も呆然とする。
その時だった。
魔獣が低く唸りながら立ち上がる。
怒りで真っ赤になった目が、柚を捉えた。
「グルルルルッ!!」
再び地面を蹴る。
一直線に柚へ飛びかかった。
暁が一歩踏み出す。
しかし柚は片手を軽く上げた。
「大丈夫。」
暁は短く頷く。
「分かった。」
鋭い爪が振り下ろされる。
柚は紙一重でかわした。
「遅い。」
ドゴォォォン!!
拳が魔獣の顎を打ち抜く。
巨体が宙へ舞い上がった。
それでも魔獣は倒れない。
空中で体勢を立て直し、再び襲いかかる。
「結構しぶといね。」
暁が静かに前へ出た。
「柚。」
「ん?」
「次、俺。」
「あ、いいよ。」
暁は学ランのポケットに片手を入れたまま歩き出す。
魔獣は咆哮を上げ、全力で飛びかかった。
距離が一気に縮まる。
その瞬間。
ドンッ!!
暁の前蹴りが魔獣の顎を正確に捉えた。
「ガァッ!?」
巨体が真上へ吹き飛ぶ。
暁は軽く跳び上がった。
「終わり。」
ドガァァァン!!
踵落としが魔獣の頭へ叩き込まれる。
轟音とともに地面が陥没した。
土煙が晴れる頃には、魔獣は白目をむいたまま動かなくなっていた。
柚が近寄り、つま先で軽くつつく。
「終わった?」
「終わった。」
「丈夫だったね。」
「もう起きない。」
「じゃ、行こ。」
二人は何事もなかったように歩き出す。
「あ、あの!」
後ろから慌てた声が飛んだ。
振り返ると、男が深々と頭を下げていた。
「命を救っていただき、本当にありがとうございました。」
少女もぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました!」
柚は少し驚いた顔で暁を見る。
「助けたらお礼言われた。」
「普通。」
「そっか。」
男は二人の服装を不思議そうに見つめた。
「お二人の装いは見たことがありません。どちらから来られたのでしょうか。」
柚は苦笑いを浮かべる。
「えっと……。」
説明できる気がしない。
「まあ、遠くから。」
男はそれ以上追及せず、胸に手を当てた。
「申し遅れました。私はアルベルト。この地を治める領主です。」
隣の少女へ優しく視線を向ける。
「娘のリリアと、お忍びで狩りに来ておりました。」
アルベルトは悔しそうに魔獣を見る。
「本来であれば護衛だけで十分な相手でした。しかし、この魔獣は高ランクの個体だったようです。不覚を取りました。」
そう言うと、二人へ深く頭を下げた。
「命の恩人であるお二人に、ぜひ恩返しをさせてください。」
「お二人さえよろしければ、我が城で衣食住をご用意いたします。」
柚は暁を見る。
「どうする?」
「帰る場所ないし。」
「あ、ご飯は?」
アルベルトは微笑んだ。
「もちろんです。お好きなだけ召し上がってください。」
柚はぱっと表情を明るくする。
「じゃあ行く!」
暁も静かに頷いた。
こうして異世界へ迷い込んだ二人は、領主アルベルトの城で世話になることになった。




