第一話 売られた喧嘩は買う
「……で?」
制服のスカートのポケットに手を入れた少女が、小さく首を傾げた。
夕焼けに染まる河川敷。
赤髪に黒いメッシュを入れた少女――藤堂柚、十七歳。
その半歩後ろには、黒髪に赤いメッシュを入れた学ラン姿の少年――神崎暁が静かに立っている。
二人の前には、不良たちが三十人以上。
バットや鉄パイプを持ち、柚たちを取り囲んでいた。
「お、お前ら二人で調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「今日は三十人いるんだ!」
「泣いて謝っても許さねぇ!」
威勢のいい怒鳴り声が河川敷に響く。
柚は一つため息をついた。
「……それで?」
「え?」
「話、終わり?」
挑発するように首を傾げる。
「来ないなら帰るけど。」
その一言で、不良たちの怒りが爆発した。
「ぶっ殺せぇぇぇ!」
一斉に駆け出す。
先頭の男が鉄パイプを振り下ろした。
柚はひょいと身をかわし、そのまま男の腹へ拳を叩き込む。
ドゴッ!!
男の身体が宙を舞い、後ろの仲間を巻き込みながら転がった。
「がっ……!」
その隙に右から一人。
後ろから二人。
柚は振り返ることなく後ろ蹴りを放つ。
「ぐはっ!」
さらに肘打ち。
回し蹴り。
拳。
「うわぁっ!」
「つ、強ぇ……!」
一人、また一人と地面へ沈んでいく。
暁はその様子を眺めながら、小さく息をついた。
「……もう終わり?」
逃げ出そうとした男が一人。
暁はその足を軽く払う。
「うわっ!」
男はそのまま柚の目の前へ転がった。
柚はにっと笑う。
「ありがと。」
「どういたしまして。」
ドゴンッ!!
最後の一人も地面に沈み、河川敷は静寂に包まれた。
柚は制服についた砂を軽く払う。
「弱かった。」
「今日のは特に。」
暁も学ランの襟を整える。
「帰ろ。」
「うん。コンビニ寄ろ。」
「あたしアイス食べたい。」
「また?」
「今日は暑いし。」
「肉まんも。」
柚は思わず吹き出した。
「真夏だよ?」
「食べたい。」
「意味分かんない。」
笑いながら歩き出す二人。
二人は母親のお腹の中にいる頃からずっと一緒だった。
母親同士が親友で、家は隣同士。
物心ついた頃には、朝も学校も帰り道も、いつも隣にはお互いがいた。
柚は喧嘩っ早く、曲がったことが嫌いな性格。
売られた喧嘩は必ず買う。
暁はそんな柚を誰よりも近くで見守り続けてきた。
無茶をすれば止める。
止まらないと分かっていれば、隣で支える。
それが暁にとって当たり前だった。
――もっとも。
その想いに柚が気付く気配は、まったくなかった。
住宅街へ続く道を歩いていると、不意に地面が揺れた。
ゴゴゴゴゴ……。
「地震?」
柚が立ち止まる。
次の瞬間。
バキバキバキッ!!
アスファルトが大きく割れ、二人の足元に真っ黒な穴が口を開けた。
「は?」
反応する暇もない。
地面ごと崩れ落ちる。
「柚!」
暁は考えるより先に手を伸ばしていた。
自分がどうなっても構わない。
ただ、柚だけは離したくなかった。
その腕を強く掴む。
「あたしは大丈夫!」
「離すな!」
「当たり前!」
二人は手を握ったまま、暗闇へ落ちていく。
風が全身を切り裂く。
どこまで落ちるのか分からない。
光も音も消え、世界そのものがひっくり返ったような感覚。
そして――
ドサッ!!
柔らかな草の上へ投げ出された。
「いたた……。」
柚は身体を起こし、辺りを見回す。
そこは見渡す限りの深い森だった。
空高く伸びる巨大な木々。
甘い花の香り。
聞いたことのない鳥の鳴き声。
そして空には、青白い月と赤い月。
二つの月が並んで浮かんでいた。
「あれ……。」
柚は瞬きを繰り返す。
「夢?」
「いや。」
隣で起き上がった暁が静かに空を見上げる。
「あんな月、日本にはない。」
柚ももう一度空を見上げた。
「……マジか。」
その時だった。
「きゃああああっ!!」
森の奥から、少女の悲鳴が響く。
柚と暁は同時に顔を上げる。
目が合った。
柚が口元を緩める。
「行く?」
暁も迷わず頷いた。
「もちろん。」
二人は同時に地面を蹴る。
悲鳴のする方へ、一切迷うことなく駆け出した。




