表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/45

白薔薇の陣



「まあ、閣下。この果実のタルト、とても瑞々しくて美味しいですわ」


 白銀の髪を揺らし、澄み渡るような碧眼を細めて微笑むメリッサは、どこからどう見ても可憐で儚げな、深窓の令嬢そのものであった。対面に座るアルシード大公は、洗練された大人の余裕を崩すことなく、「君が気に入ってくれて何よりだよ」とスマートに微笑み返す。


──だが、彼の背中を伝う冷や汗は、先ほどから止まる気配がなかった。格式高く品格ある大公としての自負プライドで辛うじて平然を装っているものの、胃の奥が、千切れそうなほどに痛い。


 アルシードが優雅に視線を巡らせれば、この格式高いサロンのテラス席は、今やオルブライト家の男たちの「公務と休暇」によって、物静かに完全制圧されていた。


 前方には、帝国の令嬢たちを虜にしてやまぬ麗しき近衛騎士隊長シグルドが、一幅の絵画のごとき凛々しい立ち姿のまま控えている。周囲の令嬢たちが「シグルド様……なんて気高く、素敵でいらっしゃるの……!」とうっとりとした熱い吐息を漏らす中、彼の内心は、最愛の妹を脅かす不埒な害獣(大公)への静かなる殺意で満ち満ちていた。大公閣下の安全確保という「公式警備」の大義名分を掲げ、一糸乱れぬ近衛の精鋭を率いてサロンの出入り口を完全封鎖しているのである。


そんな兄の姿に気づいたメリッサが、きらきらとした純真な瞳を向けた。


「お兄様、近衛の職務につかれているお姿は本当に素敵ですわ。……わたくしの、自慢の兄ですの」


(……お兄様、か。まさかこれほどの熱烈な敬愛を向けていようとは。──そうか、メリッサ嬢は幼い頃から、あの大陸最強とも言える男たちだけを基準にして育ってきたのだな。男としての基準が『彼ら』であるならば……なるほど、並大抵の男の魅力など、彼女の前では無意味に等しいわけだ……)


 さらに、後方の席へと優雅に視線を流せば、現役の軍事最高責任者である大将軍ガルフォードと、全軍を統べる将軍ゲラルトが、鋭き眼光でチェス盤を見つめていた。


『首都防衛の抜き打ち査察』という公式な軍事公務として、サロンの周囲一帯を将軍家の私兵によって隙なく包囲させている。ガルフォードが、まるで見せつけるように『騎士ナイト』の駒を指先で冷徹に弾き落とした。


 隣の席で優雅に羊皮紙の書類を開いている宰相補佐のヴィンセントは、宰相閣下公認の「特別休暇」として、偶然この場を訪れた風を完璧に装っている。だが、アルシードがほんのわずかにその腰を浮かせかけた瞬間、彼はスッと眼鏡のブリッジを押し上げ、物静かな笑顔のまま、逃亡を一切許さぬ流麗な一瞥をくれたのであった。


(……一度この場を仕切り直し、メリッサ嬢の手を引いて己の馬車へと連れ出そうと考えたが──それすら不可能か。あの男の微笑みは、底知れぬ危険を孕んでいる。私が一歩動いた瞬間、笑顔のまま我が大公家を合法的に破産させてくるに違いない……逃げられん……!! 一国の最高権威であるこの私が、ただの偽装婚約のデート中に、国家の全最高戦力によって完璧に詰まされているというのか……!!)


 アルシードは、貴族の模範たるスマートな所作を崩さぬまま、そっと自身の胃を衣服の上から押さえた。


「すまない、メリッサ嬢。少し、冷たい飲み物を追加してこよう」


 限界を迎えた冷や汗をぬぐうため、アルシードは一時撤退を余儀なくされ、ほんの一瞬だけ席を外したのであった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ