茨の夜会、至高の盾に課されし受難
「──まさか公衆の面前で、我が家の宝に不浄な手を伸ばそうとはな。あの不穏な羽虫め、いよいよ身の程を弁えぬようになってきたようだ」
先ほどの演奏会から帰宅した直後、オルブライト伯爵邸の重厚な書斎にて、近衛騎士隊長である長男シグルドが、冷ややかな美貌に微かな影を落として呟いた。
その場にいるのは、大将軍である祖父ガルフォード、将軍である父ゲラルト、そして宰相補佐である次男ヴィンセント。国を三回は滅ぼせる布陣の男たちが、静かに揃っていた。
「ええ。あの劇場での一件を見るに、皇太子がメリッサに向けている視線は完全に歪んでおります。まことに不愉快極まりない」
ジュリアンにまつわる調査書類を整理しながら、次男ヴィンセントが極上の、しかし凍りつくような笑顔で応じる。
彼らは重度の愛するメリッサ至上主義集団であったが、決して大声を上げて暴走するような無調法はしない。大人の余裕を崩さぬまま、静かに、確実に、害虫を圧殺する計画を練るだけだ。
「これ以上、あの愚か者にメリッサの視界を汚させるわけにはいかん。これまで以上に、監視の目を光らせ、あの虫の動線を完璧に遮断せねばな」
将軍である父ゲラルトの静かな宣言に、大将軍ガルフォードが深く頷く。彼らにとって、皇太子の動向など『少し羽虫が増えた』程度の認識でしかない。
彼らがその気になれば、皇太子の私兵や動線を『公式な公務』の職権乱用で完璧に、かつ合法的に封鎖することなど赤子の手をひねるより容易かった。現に、明日の皇太子の予定には、地方への不自然な「緊急視察」がヴィンセントの手によってねじ込まれつつある。
「……とはいえ、今回はベルンシュタイン大公が盾としての役割を最低限、果たしたことだけは認めてやりましょう。ですが、盾の分際でメリッサに近づき、我が物顔で守ってみせるなど、少々不届きが過ぎますね。今後もより一層の『義務』を果たしてもらわねば。……我が家の宝を守る、文字通りの肉壁としての役割をな」
本来、盾という防具が対象を保護するためにその身を差し出すのは、極めて自然な道理である。しかし、この歪んだ溺愛に灼かれた男たちの前では、そのような一般的な物理現象すら「生意気な不届き」として処理されるのであった。
およそ名門大公家の若き当主に対する扱いとは思えぬ、血も涙もない無慈悲な役割分担。害虫を弾けば生意気と睨まれ、弾かねば無能と罵られるその不条理な義務は、宮廷文学のいかなる悲劇の主人公よりも、はるかに過酷で理不尽なものであった。いうまでもなく、彼らの辞書に「アルシードの人権」という優雅な言葉は、建国以来ただの一文字も存在しない。
ヴィンセントの怜悧な微笑みに、男たちは無言で同意の視線を交わす。
裏で何も知らずに歪んだ欲望を募らせ、明日からの泥まみれの地方視察へと爽やかに飛ばされるお馬鹿な皇太子。そして、それを冷徹に包囲しつつある最強の家族。 その巨大な両者の板挟みとなり、今後も過酷な「盾の義務デート」を課されることになる大公アルシード。──彼の繊細な胃壁が真の平穏を迎える日は、未だ遥か遠くの彼方であった。




