↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/74

公爵令嬢の願い㉔

 ミルシャを抱くステファニーとアメリア。

 その二人の前へ、フェンイルとパティ、そしてルゥが足早に近づいてきた。

 ケイト王太子は白騎士を伴い、セリアの部屋へ向かっていく。


 雨に濡れた空気がまだ肌に残っている。


「騒ぎは落ち着きました。

 みんな濡れていますから、すぐに着替えた方がいいでしょう」


 フェンイルはステファニーの腕の中でぐったりとするミルシャを見つめ、静かに提案した。


「ステファニー様、まずはミルシャをどこかで休ませないと」


 アメリアが声をかけるが、ステファニーは立ち上がろうとしない。

 その瞳は、まるでミルシャから視線を離すことを恐れているかのようだった。


「アメリア……馬車の準備をしなさい」

「かしこまりました。

 ですが、その前にミルシャの手当てを――」

「ミルシャは、私――フェンイルが責任をもって看病いたします」


 フェンイルはミルシャの傍に膝をつき、そっと抱き上げようと手を伸ばした。


「ミルシャを城に連れていきます」

「え?」


 ステファニーの言葉に、その場の空気が一瞬止まった。

 誰もが耳を疑い、そして彼女の真剣な表情に言葉を失う。


「私が看病いたします。 すぐに馬車の準備をしなさい」

「……はい」


 アメリアは深く一礼し、外へと駆けていった。


「本気ですか? ステファニー様」

「はい。 ミルシャが危険であるのなら尚のこと、城で療養するのが一番安全です」

「そうかもしれませんが……」


 フェンイルはステファニーの瞳を見た。

 その真っ直ぐな光に、説得の余地はないと悟る。


「わかりました。 では、私が馬車までお連れいたします」

「……お願いします」


 フェンイルはミルシャを抱き上げ、アメリアの向かった方へ歩き出す。

 その後ろでパティが口を開いた。


「セリア様には私からお伝えしておきます」

「宜しくお願いします」

「はい」


 パティは丁寧に一礼し、セリアの控室へ向かっていった。


 フェンイルはミルシャを抱え、ステファニーとルゥと共に馬車へ向かう。

 その背中を見送る者たちの間に、不安のざわめきが広がる。


「あの女性は確か……聖女シャロン様に“異な者”と追い出されたという……」

「それってどういうことですか……?」

「わからんが……」


 微かな陰口が、湿った空気の中で後ろ髪を引くように響いた。

 フェンイルの胸に渦巻く不安が、現実の形を取り始めている。

挿絵(By みてみん)

 外へ出ると、アメリアが誘導した馬車が門に横づけされ、扉が開かれていた。

 フェンイルはミルシャをそっと寝かせ、自分は外へ降りる。

 ステファニーとアメリアが乗り込み、扉が閉まると、馬車は王城へ向けて走り出した。


「僕もセリア様にご挨拶して、ゼル先生の所へ報告に行きます」


 ルゥはそう言ってその場を離れようとしたが、フェンイルが呼び止める。


「待ってくれ。

 ルゥには、少し付き合ってもらいたいことがあるのだが、いいだろうか?」

「かまいませんが……どういったことでしょうか?」

「先ほどの強い威圧を放ったエルフが、私の控室で寛いでいてね。

 少し話を聞かせてもらおうと思っているんだ」

「!?」

「最初に受けた弱い威圧では、誰がエルフか分からなかったが、先ほどの威圧ではっきりと分かった」

「………」

「手荒な真似はしない。 少し話を聞くだけだ。

 会場はめちゃくちゃにされたが、幸い死傷者は一人も出ていない」

「わかりました」

「よし、行こう」

「はい」


 二人は大講堂へと戻り、フェンイルの控室へ向かって歩き出した。

 嵐の名残がまだ空気に漂う中、静かな緊張が二人の背中に影を落としていた。


 祝宴の余韻がまだ空気に残っているはずの大講堂は、今や教皇の企みによって地獄の残滓だけを抱えていた。

 白騎士たちが瓦礫を運び、割れた装飾を片づけ、焼けたカーテンを外す。

 その中に混ざる聖職者たちの姿は、一見すると献身的な協力者に見える。

 だが、よく見れば違う。

 彼らは視線を泳がせながら、今回の災厄の原因となった“燃える水”を、まるで罪を隠すように物陰へと回収していた。


 フェンイルはその様子を見て眉をひそめる。

 指摘して取り調べたいのだが、それをすれば、ミルシャの存在も無視できないものとなる。

 王女がミルシャを連れ出したのは、その危険を避けるためだ。

 今は目を瞑るしかなかった。


 何より、教皇が黒幕だという証拠はどこにもない。

 自作自演だと訴えれば、精霊術を使ったミルシャの立場はさらに悪くなる。

 聖女に「異な者」と呼ばれた以上、どちらの言い分が信じられるかは火を見るより明らかだった。


「尋問して……自害しませんか?」


 ルゥが不安げに声を落とす。


「さて、どうだろうな。 そうならないように話すさ」


 フェンイルは静かに答えた。 二人は控室へと入る。


「起きていたか」


 ソファには、手足を縛られ、口に布を巻かれたエルフが横たわっていた。

 鋭い視線だけは自由で、二人を刺すように睨んでいる。


「君を捕まえた事は、私とこの者しか知らない。

 騎士団に突き出すつもりもない。

 だから、早まったことはしないと約束して欲しい」


 エルフはフェンイルとルゥを交互に見て、静かに頷いた。


 フェンイルは布を外し、紐を解き、エルフを自由にする。

 対面のソファに腰を下ろし、ルゥはその背後に控えた。


――その瞬間。


 空気が震えた。 弱い威圧が肌を撫で視界が揺らぐ。

 突然、エルフの姿が消えた。


「フェンイル様!」


 ルゥは慌てて周囲を見渡すが、どこにもいない。

 フェンイルは目を細めた。


――バシッ。


 何もない空間へと手を伸ばし、力強く掴む。


「ぐっ……!」


 掴まれた腕とともに、エルフの姿が空間から滲み出るように現れた。


「無駄だよ。 君たちが幻覚を使うことは知っている。

 心力を使うとき、威圧を伴うこともね。

 それが分かってしまえば、あとは気配を辿ればいい。 簡単なことだ。

 例え幻覚で自分の複製を作っても、君以外には気配がないから直ぐに分かる」


 フェンイルは淡々と言うが、ルゥは完全に騙されていた。


「まあ、座りたまえ」

「………」


 エルフは観念し、元居た場所に戻った。


「さっきも言った通り、君をどうこうするつもりはない。

 答えられる質問にだけ答えてくれればいい」


 フェンイルは穏やかに言い、ルゥへ視線を向けた。


「すまないが、そこのお茶を入れてくれるかな」

「はい」


 ルゥは慣れた手つきでハーブを選び、精霊術で水を温める。

 湯気がふわりと立ち上がり、控室の空気を柔らかくした。


 三人分のハーブティーを淹れ、カップ二つテーブルの中央に置く。

 ルゥは立ったまま、静かにカップを傾けた。


「毒なんて入ってないから、安心して頂くといい。

 何なら好きな方を取ってもらっていい」


 フェンイルの声音は柔らかいのに、どこか試すような響きを含んでいた。

 エルフは一瞬だけ瞳を揺らし、並んだ二つのカップを見比べる。

 やがて、彼は片方のカップを自分の前へと寄せた。


 フェンイルは残った方を迷いなく手に取り、口をつける。


「うん。 美味しいね」

「……ありがとうございます」

「………」


 フェンイルが毒を証明したにもかかわらず、エルフはカップを口にしようとはしない。


「さて、では始めようか」


 フェンイルは椅子の背にもたれ、静かに視線を向ける。

 その眼差しは、柔らかいのに逃げ場を与えない。


「まず、君は誰に頼まれてここに来た?」

「………」

「正教会の誰かに依頼されたのか……あるいは、全く別の誰かか」

「………」

「まあ、言えるわけないか」

「……知らされていない」

「え? 君は指示役ではないのかい? それほどの力を持っているのに」


 エルフの肩がわずかに揺れた。


「そうか――それだと色々聞いても分からないね。

 先日、王宮でもエルフを見つけたんだが、まさか国王の側近に潜り込んでいるとは思わなくてね。

 対応に困っていたんだが、そちらに聞くのが早いか」

「!?」

「……その様子だと、これは知っていたようだね。

 王政派と教皇派、両方にエルフがいるとは思わなくてね。

 てっきり、君も教皇の密偵だと思ったのだが……違ったのだね」

「俺は“はぐれ者”……ただの“捨て駒”だ」


 その言葉は、苦い血を吐くようだった。


「それほどの力を持って“捨て駒”と言われても、こちらとしては立つ瀬が無いのだがね」

「……あんた、英雄フェンイルだろう?」

「ほう、エルフに知られているとは光栄だ」

「一緒にいた司教たちが騒いでいた。 困った奴がいるってな。

 なるほど、計画の邪魔になるはずだ」


 フェンイルは肩をすくめる。


「気分転換に来ただけなんだが、おかげで君と話せて良かったよ」

「………」

「私を知っているなら、一つ聞いておきたい」


 フェンイルの声が低くなり、空気がわずかに張り詰めた。


「私の息子に呪いを命じた者が正教会の中に居てね。 何か知らないかい?」


 その瞬間、エルフの表情が怒りに震えた。

 拳が机の下で強く握られる。


「俺は数日前にここに来たばかりだ。 正教会の話は全く知らない」

「……そうか。 では、次の質問を最後にしよう」


 フェンイルは視線を逸らさず、静かに告げる。


「――暴動が始まるのは、いつかな?」

「………」

「バーンズ帝国が攻めてくると、何の罪もない人たちが命を落としてしまう。

 その前に起こる暴動すら止められないだろう。

 だからせめて、子供たちを避難させてやりたいんだ」


 フェンイルの声は穏やかだが、揺るぎない。

 その誠実さに、エルフの肩がわずかに震えた。


「君の存在は誰にも言わない。 だから、暴動までの時間が知りたい」

「………」

「駄目かい?」


 エルフは俯き、強く拳を握りしめた。

 やがて、絞り出すように言葉が落ちる。


「……十日後だ」

「ありがとう。

 君の事は誰にも言わない。 このまま皆の元に合流するといい」


 エルフは立ち上がり、無言のまま出口へ向かう。


「君の名前を聞いてもいいかな?

 もし、私の助けが必要になったら、いつでもラングレイ領に来てくれ。

 必ず力になろう」

「………ガリスン」

「わかった。 門番には友人として伝えておこう」


 ガリスンは何も返さず、静かに扉を閉めて去った。


「フェンイル様、国王の側近のお話は……」


 二人の話に聞き流せないものがあり、ルゥは直ぐに尋ねた。


「作り話だよ。 けれど、肯定されてしまったね」


 フェンイルは苦笑する。


「バーンズ帝国が攻めてくる話も適当だったんだが、彼は否定しなかった。

 陛下は知っているかもしれないけど、後で報告しておこう」

「本当にこのまま帰してしまってもいいのですか?」

「かまわない。 というか、彼は誰かに脅されているね」

「!?」

「弱みを握られているか……私と同じように家族を捉えられているか。

 “はぐれ者”という言葉も気になる」


 フェンイルは窓の外を見つめる。

 その横顔は、英雄ではなく一人の父のものだった。


「どうにも、この騒動は一筋縄で収まりそうにない。

 一番気になるのはミルシャの今後だが……。

 あの二人が大きな力になってくれることを祈っているよ」

「はい……」

挿絵(By みてみん)

 二人はその場を後にした。


 ルゥがセリアの元へ向かうと、ミルシャの件を聞いたセリアがケイト王太子に懇願し、王城へ向かった後だった。

 ミルシャが倒れたと聞き、セリアは真っ青になっていたという。


――それから数日、ミルシャが目を覚ますことはなかった。

次回より――『破滅の魔法陣』を宜しくお願いします♪

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。