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公爵令嬢の願い②

 ウィルダリア王国から遥か彼方――海霧の向こうに浮かぶルーファス王国。

 その王都には異国を迎えるための港が寄り添うように築かれ、陸へ突き出した白亜の城は灯台の役目を果たしていた。

 夜霧に迷う客人を導く光の魔道具が静かに瞬き、遠方より来る船を優しく招き入れている。


 その港町の西方に、ミルシャのアトリエはひっそりと佇んでいた。

 だが窓辺に並ぶドレスだけは花のように鮮やかで、通りすがりの風さえ足を止めるほどの華やぎを放っていた。


 盗賊団の騒動から三日が過ぎていた。

 ミルシャたちは王都へ戻ったが、ミッシェル王の命によりパーティは“全滅”したことにされている。

 姿なき敵を炙り出すための策であり、外を歩けば有名人であるミルシャはすぐに露見してしまうため、しばらくは変装が必要だった。

 幸い、彼女が裁縫師であることは広まっておらず、アトリエに籠もっている限り生活に支障はない。

 カイもアイリスもルゥも同じで、彼らの本職を知る者は誰もいなかった。


 そんな中、ミルシャは一階の店舗にテーブルと椅子を並べ、まもなく訪れる仲間を静かに待っていた。

 今日は月に一度の喫茶ではなく、カイに頼まれた“パーティ会議”のためだ。

 全滅したはずの四人がギルド食堂で食事をしていれば、誰が見ても心霊現象であるため、カイはミルシャに頼み込み、この時間だけ店を閉めて場所を借りることにした。


 会議の内容は、おそらくフェンイルとカイラのその後についてだろう。

 ミルシャは魔道焜炉に火を灯し、ハーブティーの湯を沸かし始めた。

 甘いクッキーは午前中に焼き上げてあり、店内に漂う香ばしい匂いが、その出来栄えを雄弁に語っていた。


 その香りに誘われたのか、勝手口からルゥとアイリスが姿を見せた。


「お邪魔させてもらうよ」


 白衣姿のルゥは軽く手を上げ、隅に寄せられたドレスのテーブルへ歩み寄る。

 普段なら二階へ片付ける衣装も今日はそのままで、まるで貴族のドレッサーに迷い込んだような錯覚を覚える。

 そして、その後から入ってきたアイリスは――。


――ヒシッ!


「え?」


 突然、背後からミルシャを抱き寄せた。


「な、なに!?」

「気にしてないでください」

「気になるよ!」


 脇の下から回された腕は、村長の時のように解くことができない。


「こうすると、鼓動が聞こえてくるようです」

「鼓動!?」


 ミルシャはますます訳が分からない。

 理由は単純で、アイリスは魔人族の気配を確かめたかったのだが、知らされていないミルシャは混乱するばかりだった。


『あまり、困らせるものではない』


 どこか笑みを含んだ魔人族の声が、アイリスの頭に響く。

挿絵(By みてみん)

「うふふ、満足です」

「なんで!?」


 クスクス笑いながらミルシャを離すと、アイリスはクッキーの皿を手に取り、ルゥの待つテーブルへ移動していった。


「いったい何なの……」


 ミルシャが眉をひそめたところで、背後から声がした。


「お、揃っているな」


 カイだ。


「いらっしゃい。 今、ハーブティーいれるから座ってて」

「おう、悪いな」


 カイは軽く手を上げ、二人のいるテーブルへ腰を下ろした。

 外套のフードを深く被り、中に鎧は身に着けていない。

 アイリスも黒い長めのケープと、ロングのワンピースで顔を隠している。

 ただ、ケープの頭に付いた猫耳だけがひっそりと主張していた。


 ミルシャはハーブティーを皆の前へ差し出し、自分も席についた。

 クッキーはなぜかアイリスの膝の上に置かれ、手を出しずらいオーラを放っている。


「さて、回りくどい説明は不要だろう。 カイラ君は――」


 回りくどい説明はしないと言いながら、カイはわざとらしく言葉をためた。


「――助かった!」

「やったぁ!!」


 ミルシャは飛び上がって喜んだ。

挿絵(By みてみん)

「アイリスが作った神杖もうまく機能してくれてな。

 もし悪霊を取りこぼすことがあったら、俺とアイリスの精霊の加護で補助することになっていたんだ。

 だが、それもすることなく、マリオン様の解呪だけで呪いは消し飛んだ。」

「そっか……そっかそっか! 全て上手くいったんだね!」

「そうだとも!」

「よかったね、ミルシャ」

「うんっ!」


 満面の笑顔で喜ぶミルシャ。

 その笑顔に照らされるように、三人も自然と笑顔になっていった。


「これで、フェンイル様の願いも叶ったね」

「ミルシャに礼を言っていたぞ。後で必ず礼をするそうだ」

「あたし、何もしてないよ?」

「そう思っているのは、お前だけじゃないのか?」

「ん?」

「まあいい。 ミルシャはカイラ君と会って、名前を褒めるんだろう?

 必ず会ってくれって言伝を頼まれたよ」

「うんっ!」


 成功談だけを語るカイの表情は明るかった。

 だが、それは彼が最後までマリオンの傍にいなかったため、すべてが順調に進んだように見えていただけだった。

 実際には、解呪は決して容易なものではなかった。


――三日前


 フェンイル邸を見下ろす高台に、ミッシェルが従える者たちが揃っていた。

 そこにいたのはミッシェルとマリオン、神杖を作ったアイリス。 そしてカイとフェンイル、さらに二人を探していたパティの六人である。

 王城からミッシェルの精霊術によって、最初に会った宿屋の部屋へ転移し、そこから急いで館を見渡せる場所へ移動した。


 到着してすぐ、マリオンは館を見て顔を歪めた。

 最初に見た湯気のような気配ではなく、まるで死神が館を取り巻くような、恐ろしい地獄絵図が広がっていた。

 その中で、カイラのいるであろう部屋だけが淡い光に包まれ、死神を寄せつけないように守られていた。


「これは……」


 ミッシェルは息をのむ。 その表情から、フェンイルとパティも今の惨状を察した。


「長くはもちません。 すぐに始めましょう」

「わかった」


 マリオンは出来たばかりの神杖を手に取り、地面に魔法陣に似た図形――“神紋陣”を描き始めた。

 魔力も神力も、描く図形は酷似している。 しかし、その本質はまったく異なる。

 魔術は魔力や魔素を用いて力を行使するが、神術は人の心に生まれる“想い願う力”を使う。

 教会で祈りを捧げるとき、一人の想いは小さくとも、大勢の想いが集まれば大きな神力となる。


 本来なら教会で神杖を捧げ、信者の願いを天井の神紋陣に注ぎ、神杖に神力を蓄える。

 そして聖職者が念じることで、その神力を効果へと変換する。

 しかし今回は完成したばかりの神杖であり、神力は蓄えられていない。

 急ぎ教会へ運んでも、これほどの呪いに対抗できる神力を集めるには到底時間が足りなかった。


 だが、それを可能にする者がいる――“聖女”だ。

 聖女は自身を神柱とし、周囲の人々から神力を集める特異な力を持つ。

 誰もが持つ小さな願いを少しずつ分けてもらい、神杖へと集めていく。

 そのために神紋陣が必要であり、神杖が必要だった。


 神紋陣を描き終えたマリオンは中央に立ち、静かに目を閉じ精神統一を始めた。

 ――数分後、彼女の表情が変わる。


「フェンイル様」

「はい」


 マリオンは振り返り、静かに告げた。


「パティさんと共に館に戻り、カイラ様に付き添ってください。

 目が覚めた時、傍にいてあげて欲しいのです」

「はい。 分かりました」


 フェンイルとパティは深く頭を下げた。


「それから、カイさんとアイリスさんは、もし僅かに力が及ばない時のために、カイラ様の傍で精霊の加護を使ってください。

 “善の魂”は最初の解呪で消滅しますが、精霊の加護を纏っているうちは“悪の魂”も寄りつけないはずです。

 その間に、再び神術を使い解呪を行います」

「わかった」

「はい」


 四人は頷き合い、館へと走り出した。 それを見届け、マリオンはミッシェルへ向き直る。

 ミッシェルはマリオンの表情から、すべてを悟っていた。


「やはり……難しいか」

「ええ。 あの大きさの呪いには二度の解呪が必要になると思うわ。

 けれど、二度目の神力を集めるには、一度目の倍以上の時間がかかるの。 それを待つ間、二人の精霊の加護はもたないでしょう。

 それに、この地は女神への信仰が薄い土地……二度で消せるかどうか」

「そうか……だが」

「わかっているわ。他に方法はないものね」

「頼む」


 館へ向き直ったマリオンは、両手で水平に神杖を掲げ、自らの神力を静かに送り込んだ。

 受け取った杖は、昼の光の中でもはっきりわかるほどに輝きを増し、その光が頂点に達した瞬間、マリオンは杖を真っすぐに構えて地面へと突き立てた。

 杖の先端から神紋陣へ光が流れ込み、描かれた線が一本ずつ命を宿すように眩く光り始める。


 鳥や虫の声はふっと消え、世界は息を潜めた。

 まるで大地そのものが祈りを捧げるように、静寂が辺りを包み込む。

 神術のぬくもりが空気に満ち、すべての生き物がその優しさに言葉を忘れていった。


 神紋陣には霧のような光の粒が集まり始める――だが。


(神力が少ないわ……やっぱり、この地の人は女神を信じていない……)


 本来なら王都で神力を杖に込め、現地で使うのが最も安全だった。

 しかし、聖女の神術で集めた神力は移動できない。 神紋陣から杖を離せば、集めた神力は霧散してしまう。

 巡礼の旅では、まず教会で神力を蓄え、二度目の神術が必要な時に不足分を現地で分けてもらう――そんな手順が可能だった。 だが今回はそれができない。


(これではカイラ様を助けられない……)


 焦りが胸を締めつけ、マリオンはうっかり神杖に雑念を乗せてしまった。

 人の願いは、いつも清らかなものばかりではない。

 聖女はそれを選び抜くように、心を澄ませていなければならなかった。

 悪意が混じれば、呪いを強めてしまう危険すらある。


 だが、その心の揺らぎは思わぬ変化を呼んだ。 光の粒が――増えていく。


(……神力の量が増えた?)


 マリオンの“助けたい”という想いが、この地の民の祈りと重なったのだ。

 住まう者達の祈り、それは精霊信仰と称されてはいるが、けして女神に祈る願いと相違するものではない。

 領地の誰もがフェンイルに感謝している。

 その子供が病に伏していると知れば、遠方の家族ですら回復を祈る。

 その純粋な願いが、マリオンの心に寄り添い、光を呼び寄せていった。


 瞬く間に神杖は力を蓄え、いつでも神術を発動できるほどに満ちていく。


(この神杖が蓄えられる神力は集まった……でも、それでも足りない。

 あの呪いを完全に浄化するには、まだ届かない。 このままでは、僅かな呪いが残ってしまう)


 迷いが胸をかすめる。


(……ううん、迷っている時間はない。 精霊の加護を信じて、もう一度神力を集めるしかない!)


 マリオンは杖を天へと捧げ――解呪が発動する。

 眩い光を放つ杖に呼応し、足元の神紋陣が光となって浮かび上がり、ゆっくりと昇っていく。

 その光が神杖の宝玉――ミルシャの水晶に触れた瞬間、後光が広がり、マリオンの全身を包み込んだ。


 神力が極点に達したと確信したマリオンは、捧げた神杖を館へ向け、祈りを解き放つ。


 光がすべてを塗りつぶし、白だけが世界を支配していく

 音はない。 眩しさもない。

 ただ、白く塗りつぶされた部屋に迷い込んだような、静かな錯覚だけが二人を包み込んだ。


(――これで何人浄化できたのか分からない。 けれど、まだ闇の力は残っている。

 精霊の加護を信じて、もう一度神術を……!?)


 その瞬間、白一色の世界に、墨を垂らしたような黒が滲み込んだ。

 静寂を裂くように、闇が“来訪者”として姿を現す。


「ミッシェル! “悪の魂”がこちらに向かってきます!」

「なにっ!?」

「精霊術を使って私に近づけないでください!」

「わかった!」


 ミッシェルは慌てて精霊の加護を纏い、黒い影へ向けて転移の術を放つ。

 目的は影を転移させることではない。

 マリオンに触れさせないための、加護の壁を作ること――そのはずだった。


「すり抜けた!?」


 解呪はまだ続いている。 神杖に蓄えた神力が尽きるまで、浄化の光は止まらない。

 それなのに、黒い影は浄化を拒むように、まっすぐマリオンへと迫ってきた。


――ブワッ!


「キャアァァァ!」

「マリオン!?」


 黒い影がマリオンを包んだ瞬間、爆ぜるような衝撃が走り、彼女の身体は神紋陣の上から吹き飛ばされた。


「う……」

「大丈夫か! マリオン!」


 ミッシェルはすぐに駆け寄り、マリオンを抱き起こす。


「う……あ、杖、杖を……」

「杖!?」


 その言葉で、マリオンが神杖を持っていないことに気づく。


「杖はどこだ!」


 後光が弱まり、白い世界は薄闇に沈みつつあった。

 光の中から杖を探すのは困難だったが、ミッシェルは見つけた。

 黒い影が――神杖を包み込もうとしている。

 神杖は、神紋陣の中央に立ったまま残されていた。


「だ、だめ……悪の魂に杖が染まってしまうと……怨念が乗り移ってしまう……」

「な、何だと!!」


 だが、間に合わない。 黒い影は杖に絡みつき、柄を黒く侵食していく。


「ああ……」


 マリオンの声は、祈りが砕ける音のように震えていた。

 杖が侵食されるにつれ、白い世界に黒い霧が立ち込め始める。


「どうすればいい! マリオン!」

「もう……元に戻すことは……」


 弱音が零れ落ちようとした、その瞬間――。


――カッ!


 黒い霧が一瞬で吹き飛び、神杖の宝玉が激しく光り始めた。

 まるで、闇を拒絶するように。


「く! 乗り移られたのか!?」

「い、いえ、これは……」


 マリオンにも理解できない現象だった。 だが、悪意に染まったのではない。

 むしろ、より強い神力が杖の奥底から湧き上がっている。


「ミッシェル、私を神紋陣の所へ連れて行って」

「ああ!」


 ミッシェルは痛みに震えるマリオンを抱き上げ、神紋陣の縁へと運ぶ。

 自分は中に入らぬよう、そっと彼女を下ろした。


(宝玉に……これほどの神力が溜まっていたなんて……)


 理由はわからない。 だが、今は迷う暇などない。

 マリオンは宝玉の力を借り、最後の解呪を施した。


――カッ!


「うぉ!」


 今度の光は、先ほどとは比べ物にならない。

 世界そのものが光に変わるような、圧倒的な輝き。 目を開けていられる者などいない。

 ミッシェルは腕で顔を覆い、わずかに見えるマリオンの影を追った。


 光はさらに強さを増し、最後に――光のリングとなって放たれ、白い世界を一気に吹き飛ばした。

挿絵(By みてみん)

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 眩しさで目がくらみ、終わりの気配すら掴めなかったミッシェルは、マリオンの乱れた呼吸によって術の終わりを知った。


 先ほどまで世界を支配していた眩い光は、跡形もなく消えていた。

 マリオンは荒い呼吸を繰り返しながら、神杖にもたれかかり、力なく地面に座り込んでいる。


「だ、大丈夫か!」


 ミッシェルは神紋陣の中へ駆け寄り、崩れ落ちそうなマリオンを抱き上げた。


「え、ええ……まさか、この宝玉にこれほどの力が宿っていたなんて……。

 余程多くの、“助けたい”という願いが込められていたんだわ……」


「ミルシャの水晶に願いの力が!?」

「……ミルシャちゃんの……水晶?」


 マリオンには、神杖の宝玉がミルシャの大切な水晶だとは伝えていなかった。

 ミッシェルが説明しようとした、その刹那――。


――ポタッ……


 宝玉の表面を、涙のような光の雫が伝い落ちた。

 それは、宝玉に残されていた“最後の想い”。

 封じられていた記憶が、マリオンの胸へと流れ込んでいく。


「や……やだ……やだぁぁぁっ!!」


 突然、マリオンは胸を押さえ悲鳴を上げた。

 その声は、魂を引き裂かれるような痛みに満ちていた。


「どうしたんだ、マリオン!」

「うわぁぁぁん! こんなのやだぁぁぁ!!」

「落ち着け! 気をしっかり持て!」


 マリオンは空を見上げ、子供のように泣き叫ぶ。


「ソラが――ソラが死んじゃった! ソラがいなくなっちゃったぁぁぁ!!」


「な……に?」


 ミッシェルの背筋に、冷たいものが走った。


「あたしがソラを死なせてしまったんだ!

 あたしがもっとお父さんにしっかり話しておけば!

 手を、手を放さなければ!

 お母さん忙しいのにソラを頼んでしまったから!

 あたしを探して大怪我することもなかったのに!」


「そんなことは無い! 落ち着け! 呼吸を整えろ!」


「お父さん、お母さん……あたしが全部悪いの!

 あたしが手を放してしまったからソラが!」


「マリオン! 心をしっかり持て! 記憶に飲まれるな!」


 泣き叫ぶマリオンは、もはや“聖女”ではなかった。

 そこにいたのは――ソラを失った当時の、悲しみに沈んだミルシャだった。


「お願い女神様! 代わりにあたしの命でソラを返して!

 あたしが代わりになるからぁぁぁ!!」


「落ち着け……心を静めるんだ……大丈夫だ……大丈夫……」


 ミッシェルは錯乱するマリオンを胸に抱き寄せ、まるで迷子の子供をあやすように、そっと包み込んだ。


「う、う、う……お父さん、お母さん……ごめんなさい……ごめんなさい……

 あたしなんか……いなければよかったんだ……」


「そんなことはない……お前は全てを捧げて歩んできた。

 それは誰のせいでもない。

 今は落ち着いて……ゆっくり眠れ……」


「ごめんなさい……ソラ……ごめんなさい……」


 ミッシェルの声は、深い森の奥で響く祈りのように静かだった。

 マリオンはミッシェルの服をぎゅっと掴み、涙を止められず泣き続ける。


(これは……ソラを亡くした時のミルシャの記憶……?

 もし、あの時ゼルの前でミルシャが錯乱していたのだとしたら……そんなこと、我に話せるはずがない。

 しかもそれで精霊使いの覚醒をもたらしたのなら……なおさらだ)


 ミッシェルは理解した。 ゼルが何も語らなかった理由を。

 否定すれば傷つけ、肯定すれば壊れてしまう。

 どちらも選べない――そんな地獄の中で、ゼルはただ寄り添うしかなかったのだ。


(オリハルコンは魔素を吸収する性質だと考えられていた。

 だが……魔素だけではなく、神力も……いや、もっと深い“想い”すら吸い込むのかもしれん。

 だとすれば――ミルシャはこの水晶に、幼い心の痛みを封じ込めて……。

 ゼルとレリーナに辛い思いをさせないように、必死に笑っていた……)


 五歳の少女が背負うには、あまりにも重い痛みだった。


「マリオンをこのままにはしておけぬが……呪いの方はどうなったのだ」


 ミッシェルは泣き続けるマリオンを支えながら、館の方へ視線を向けた。


「何も無い。 解呪は成功したのか……?

 カイラは、無事なのだろうか……」


 解呪が成功しても、失敗しても、景色は同じ。

 ミッシェルの位置からは、結果を知ることはできなかった。


「とにかく、マリオンをセルーネの別邸で休ませなければな」


 ミッシェルは神杖を拾い上げ、マリオンを抱き上げる。

 足で神紋陣を消し、精霊術で転移門を開いた。


 転移門の揺らめく前で、ミッシェルは一度だけ振り返る。

 白と黒が交錯した戦場は、もう静寂だけを残していた。


 そして――

 ミッシェルはマリオンを抱いたまま、静かに転移門へと歩み入った。


挿絵(By みてみん)

 最後までご覧いただき、心より感謝申し上げます。


 これまでの物語をゆっくり振り返っていただけますよう、投稿した挿絵をXにて保存しております。

 絵を眺めるだけで物語の情景がふっと蘇るような、そんな時間をお届けできれば幸いです。

 どうぞ、ごゆっくりご覧ください。

 https://x.com/ocarina_quartet


※挿絵は Gemini Nano Banana 2 Pro による生成画像です

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