静かに崩れゆく日常⑮
荷台を外された馬の速度は、まるで風そのものへと変貌していた。
普通の馬でもそれなりの速さは出る。
だが、この早馬は鍛え抜かれた筋肉に加え、自ら路面を読み、凹凸や足を取られそうな草を避けて走るという、まるで意思を持つかのような賢さを備えていた。
それでいて、勝手に道を外れることはない。
騎手が示す方向へ、迷いなく、ただひたすらに駆け続ける。
その見事な走りに、アイリスとルゥは思わず息を呑んだ。
騎手が前方に神経を尖らせなくてもいい。
馬が“走りやすい道”を選んでくれるのだから。
調教の段階から、そう育てられてきたのだろう。
慣れない者には意図しない避け方に感じるかもしれないが、その癖さえ理解してしまえば、長距離を走っても騎手はほとんど疲れない。
そのおかげで、三人は予定より大幅に早く戻ることができていた。
そんな素晴らしい馬を、いとも簡単に操る二人を見て、ミルシャは尊敬の眼差しを隠せなかった。
「ルゥとアイリスって、こんなに馬を操るの上手かったんだね。
カイの時も思ったけど……みんな、本当にすごい!」
馬を歩かせる程度なら短期間で習得できる。
だが、全速力で走らせるとなると、相当な練習が必要だった。
それなのに、ミルシャの言葉を聞いた二人は、なぜかぎこちない笑顔を返してくる。
アイリスは年上であり、どこで習っていても不思議ではない。
だが、捨て子として育ったルゥが乗馬を学べる場所は、学院の授業以外に考えられない。
それならば、ミルシャも同じ授業を受けているのに、ここまで差があるのだから、ルゥの手綱さばきが本物であることは疑いようがなかった。
「あたしも、もっと上手になりたいなぁ」
「いいよ。じゃあ今度、学院の馬を借りて教えてあげる」
「本当!? やった!!」
ミルシャは弾けるように喜び、声を上げた。
馬は順調に進む。
盗賊たちが逃げ出してから、どれほど時間が経ったのかは分からないが、
追いつく気配はまるでない。
すでに三つの検問を通過したが、人の気配は一切なかった。
――だが。
第二門が遠くに見え始めた頃、先頭を走るアイリスが片手を上げ、ルゥと目を合わせながら馬を操る。
二人は速度を落とし、その場で静かに停止する。
「どうしたの?」
ルゥの背後から、ミルシャが不安げに声をかける。
「この門の先……第一門との間に、大勢の人がいます」
「盗賊!?」
「おそらく。 ですが、争っている様子はありません」
「終わってる感じかい?」
ルゥの問いに、アイリスは再び精霊術で慎重に索敵を行う。
「そう……ですね。 地面に座らされている集団が三つ。
その周囲に、監視するように立っている人たちがいます」
「盗賊の捕獲は終わっている、と見ていいのかな」
「はい。 ですが……」
「何か問題あるの?」
アイリスが俯き、考え込むような仕草を見せると、ミルシャが問いかけた。
「私たちが盗賊ではないという説明ができません」
「あ……」
「僕たちはこの土地の者じゃないし、ヘルパーである証明にはギルドのランク鑑定が必要だからね」
ランク証明には、水晶の魔道具を使う必要がある。
カードは偽装が容易で、過去に民が騙される事件が多発したため、この方法が義務付けられた。
Aランクであっても、顔が知られているとは限らない。
言葉だけで信じてもらえるはずがなかった。
「ですが、迂回路はありませんし、時間もありません。
もし理解してもらえない時は――精霊術で砂嵐を起こしますから、その隙に強行突破します!」
アイリスは胸の前で拳を握り、熱のこもった声で言い切った。
「ねぇ……アイリス? なんだか過激になってない?」
迷いのない瞳で真っすぐ語るアイリスに、ミルシャがぽつりと呟く。
「そ、そんなことはありません! いつも通りですが――なにか?」
赤面しながら言い返すアイリス。 だが、その動揺は隠しきれていない。
魔人族と一緒に山を登ったこと――それだけのはずなのに、アイリスにとっては胸が熱くなるほど嬉しい出来事だった。
初めて会ったときは恐怖で体が強張った。
だが今は、その美しさと優しさに、完全に心を奪われてしまっている。
そして何より、自分だけが知っている“秘密”があるという事実が、彼女をさらに高揚させていた。
「と、とにかく、このまま進みましょう!」
「うん!」
「わかった」
二人はアイリスの言葉に頷き、再び馬を走らせた。
第二の検問を越えてしばらく走ると、前方に索敵で捉えていた“人の集団”が、薄暗くなった夕刻の中にぼんやりと浮かび上がってきた。
「どうやら、盗賊の捕獲は終わっているみたいだね」
ルゥが遠目に状況を確認し、風に乗せるように声を上げる。
アイリスの言葉通り、盗賊たちは三つの集団に分けられ、縄で縛られ地面に座らされていた。
その周囲を取り囲むのは、白い鎧を纏った“白騎士”たち。
彼らは剣を鞘に収めており、すでに戦闘が終わっていることを静かに示していた。
「これなら、すんなり通してくれるかな?」
「どうだろう。 警戒は解いていないよ。
白騎士は抜剣はしていないけど、弓術士が矢を番えている。
下手な動きをすれば、すぐに射られるね」
ルゥの言う通り、弓隊は周囲を鋭く見張り、まるで鼠一匹通すまいとするような緊張感を漂わせていた。
馬であっても、背を向けて逃げるような動きをすれば危険だ。
三人は馬の速度を落とし、慎重に近づいていく。
「……どうやら、心配は杞憂のようです」
「え?」
集団に近づくにつれ、こちらに向かって手を振る人影が見えた。
「ん~……パティさん!?」
「そのようです」
「そうか、僕たちのために待っていてくれたんだね」
「た、助かった……だけど……」
「どうしたんだい?」
「………」
何事もなく通過できることは喜ばしい。
だが、パティがここにいる――その事実に、ミルシャの胸に小さな痛みが走る。
アイリスはその心の揺れをすべて理解したように、パティの近くへと馬を寄せながら、体を斜めにして腕を差し出し、“乗ってください”と静かに促した。
パティもその意図をすぐに悟り、傍らの白騎士に素早く説明を済ませると、アイリスの手を取り、軽やかに馬へと飛び乗った。
「ありがとうございます!」
「こちらこそ、待っていてくれて助かりました」
アイリスの背に乗り、パティはすぐに礼を述べる。
「でも、良かったの? フェンイル様に付き添わなくて……」
フェンイルの心情を思えば、パティが傍にいることは大きな心の支えになるはずだ。
「はい。 お話はすべて伺いました。
私が王都でできることは何もございません。
それに、フェンイル様お一人の方が、王都に早く着けるでしょう」
「そうだけど……」
「皆様はカイラ様に近づけないのですから、今の私がすべきこと――それはカイラ様のお世話をすることと確信しております」
「うん……わかった」
ミルシャの心配は、パティには痛いほど伝わっていた。
それでも残ることを選んだのだから、ミルシャはそれ以上言葉を重ねることができなかった。
「私たちにも説明してくれますか?」
「あ、そうだったね。 実は――」
ミルシャはルゥに、パティはアイリスに、儀式の家で起こった出来事を静かに語り始めた。
帰路の隣を流れる川は、先ほどまでの喧騒が嘘のように穏やかで、その水面には夜空の星々がきらめきを落とし始めていた。
幸い、月も明るく、道に迷う心配はない。
だが――町に着くまでの間、誰一人として口を開くことはなかった。
ラングレイの町に到着したのは、それから一時間後。
しかし、唯一の希望であった教会では何の策も得られず、仕方なく、ミルシャ、ルゥ、アイリスは宿屋へ向い、パティはラングレイ邸へ戻ることになった。
時刻は夜の九時を回っている――。
宿屋に着いた三人だったが、パティが入浴と食事を強く勧めてくれ、宿の方にも手配してくれたため、まずは身体を休めることにした。
ひと時のくつろぎの後、三人は宿の地下にある会議室へ集まった。
だが、誰の口も鉛のように重く、言葉が出てこない。
考えは尽き、心は疲れ果て、沈黙だけが部屋を満たしていた。
その静寂の中で――ミルシャが、ぽつりと呟いた。
「もう、王都に着いたかな」
「休憩なしなら着くころかもしれないけど、馬を休めないといけないからね。
それを考えると、早くてもあと数時間はかかるかな」
「そっかぁ……。
でもまさか、こんな大きな町の教会に司教様が配属されていないなんて、ちょっと驚きだわ」
「そうだね。 貴族である男爵が治める領地なら、普通は貴族の爵位を受けられる司教様がいるはずなんだけど」
街に到着して真っ先に向かった教会。
だがそこにいたのは、地方の村々をまとめるはずの司祭で、しかも配属されたばかりなのか落ち着きがなく、呪いについてはまったく知識を持っていなかった。
――この町が教会から粗末に扱われている理由、それはとても意外な理由からだった。
「“精霊信仰”なんて……初めて聞いたわ」
「うん、僕もさっき聞いたときは、精霊使いのことかと思ったよ。
これも農業の町ならではの解釈かもしれないね」
「女神様より、植物に宿る精霊を信じるなんて驚きよ」
「植物というより、四元素に基づいているんだと思う」
「四元素?」
「土・水・風、そして温度を司る火。
あるいは日差しという意味での火かもしれない。
どれも植物に必要なものだから、農家が祭る対象としては理にかなっているよ。
もっとも、“精霊信仰”という名前をつけたのは、精霊使いを知るフェンイル様かもしれないけどね」
「風も?」
「植物も呼吸をしているというし、風は病気を軽減してくれるからね」
「うんうん、人もそうだよね。
風通しのいい病室って、元気の元が満ちてる気がするもの」
「そうだね」
「それで、ここの教会の扱いが悪いのかなぁ」
「教会側の解釈では“信仰心が足りない”と見られるかもしれない。
でも、営む人にとっては決してそうじゃないと思う。
まあ、本来教会に納められるはずの寄付が、精霊信仰に流れているのは事実だから、それを良く思わない聖職者もいるのかもしれないね」
「そういうのって、お金で女神様が動くみたいでやだなぁ~」
「フフ……あくまで例えだから」
「うん、わかってる。
でも――疲れたぁぁぁ!」
ミルシャは両腕を大きく上げると、ぐっと背伸びをした。
「私も、今回ばかりは心身が疲れ果てました」
傍らで優雅にお茶をすするアイリスが、ミルシャの背伸びに反応する。
「こんなのヘルパーの仕事じゃないよぉ!」
「本当にそう思います」
今度はテーブルにうつ伏せに伸びるミルシャ。
「それで、これからどうするの?」
「そのことなんだけど、明日ここを発って王都に戻ろうと思うんだ。
フェンイル様を待っていても、僕たちはカイラ君に近づけないからね」
「そっか……うん、そうだよね」
「カイラ君のことも心配だけど、僕たち自身、何も解決していない。
王都に迫る災厄についても、一刻も早くミッシェル様に伝えたい」
「うん。 カイラ君のことはカイに任せて、あたしたちのできることを優先しないとね」
「うん」
「はい」
すっきりとした結論ではなかった。
だが、“今できることをする”という一点に、三人は静かに頷き合った。
三人は自室に戻るため、地下の通路へと向かう。
すると――
『お願いです! 確かにこの辺りにいるはずなんです!
どうか、教えてください!』
廊下に出た瞬間、一階受付の方から女性の叫び声が響いた。
「――何かあったのかな?」
ミルシャが首をかしげる。
だがルゥは、その声に聞き覚えがあるらしく、驚きの表情を浮かべていた。
『お願いです! 怪我をして動けないでいるかもしれないのです!』
『ですから、この宿に怪我をしたお客様はおりませんし、そのような方が運ばれたという話も存じ上げません』
「怪我!? 大変!!」
“怪我”という言葉に反応したミルシャは、話を最後まで聞かず受付へ走り出した。
「待ってミルシャ! この声はたぶん――」
ルゥの制止も届かず、ミルシャは扉を勢いよく開け放つ。
「怪我人はどこですか!! あたし、医師です!!
すぐに診察……を!?」
「!?」
受付カウンターを挟んで、ミルシャと叫んでいた女性が目を見開いた。
「え?……ええっ!? お母さん!?」
「ミルシャ……ミルシャ!!」
女性――レリーナは突然ミルシャの名を叫ぶと、カウンターを乗り越え、現れた娘を強く抱きしめた。
「う、う、良かった……良かった……」
「ど、どうしてここに!?」
混乱するミルシャ。
レリーナは涙を流しながら、我が子を離そうとしない。
後から来たルゥとアイリスは、レリーナの取り乱しようと涙に、すべてを悟ったように表情を曇らせた。
ルゥがそっと寄り添う。
「ミルシャ。 ひとまず、会議室に戻ろうか」
「う、うん。 お母さん、奥に行こう」
ミルシャを抱きしめたまま離れないレリーナ。
ゆっくりと地下へと続く扉をくぐる。
そのとき、別の客が入ってきた。
「向こうの宿にはいなかったよ。 こっちの宿には……ミルシャ!?」
「お、お父さんまで!?」
現れたのはミルシャの父、ゼル。
「――はぁ、良かった……」
ミルシャの姿を見た瞬間、まるで糸が切れたようにその場にへたり込んだ。
「これって、どういう……」
ルゥはゼルの傍に寄り添い、腕を取ってゆっくり立たせる。
「とにかく、会議室に行こう」
「う、うん」
ルゥはゼルを案内し、地下の会議室へ向かった。
その後、アイリスは受付嬢に人数分の温かい飲み物を頼み、最後に会議室へ戻っていった。
イレーナが落ち着きを取り戻すのを待ち、現状の説明が静かに始まった。
先日の朝方、カイのパーティが崩落に巻き込まれ“全滅した”という一報がギルドに届いたという。
その瞬間からギルドは大騒ぎとなり、何より現地で確かめるべく、ゼルとレリーナは急ぎ洞窟へ向かうことになる。
だが日が暮れ、やむなくラングレイ領で一泊することになったとき、ゼルが“水の精霊使い”の気配を感じ取った。
助け出され、この町で治療を受けているのだと判断した二人は、手分けして宿を探し回っていたのだという。
「私たちを運んできた御者が、王都に戻って全滅の報告をしたのですね」
ヘルパーとはいえ、数日帰りが遅れることは珍しくない。
それなのに、こんな短期間で“全滅”の報告ができるのは、あの場にいた御者以外に考えられなかった。
アイリスは冷静に言葉を紡ぎながらも、声には怒りが滲んでいた。
「ごめんね。 お父さん、お母さん……心配させちゃったね」
会議室に戻っても、レリーナはミルシャを離さず、膝の上に抱き寄せたまま震える手で包み込んでいた。
ソラを失った悲しみは、何年経とうと癒えるものではない。
その上で、ミルシャの死を告げられたのだから、平静でいられるはずがなかった。
「いいんだ。 無事でいてくれたんだから、それだけで十分だ」
父の優しい声に、ミルシャの頬を一筋の涙が伝う。
続いて、アイリスがここ数日の出来事を語った。
カイがこの場にいないこと。
領主の子息が呪いに侵されていること。
そして、自分たちが狙われていること。
その目的が、王都に災厄をもたらす可能性があるという事実。
会議室に、重い沈黙が落ちた。
「王都のことは、ミッシェルと話してからになるね」
静寂を破ったのはゼルだった。
「問題は呪いの方だが……離れた場所から浄化を行える知り合いが一人いる」
「ほんとに!?」
ミルシャの表情が一気に明るくなる。
「けれど、問題は教皇に依頼するのと同じだね」
「……時間が足りないよね」
「そう……」
再び沈黙が落ちようとした、その瞬間――
「ならばその役目、我が引き受けよう」
重く響く低い声が、静かに開いた扉の外から届いた。
そこに立っていたのは――
「パティさん!?」
扉の前に立つパティ。 だが、声の主は彼女ではなかった。
「ミルシャよ、こんな男前の声の我が分からぬか?」
「え?」
パティは口を開いていない。 その後ろに立つ人物こそ、声の主だった。
パティは胸に手を当てて一礼し、道を開ける。
その人物を会議室へと招き入れ、自らは跪いた。
「ミッシェル様!!」
「ミッシェル陛下!!」
ルゥとアイリスは椅子を弾かれたように立ち上がり、その場に跪く。
ミルシャも立ち上がろうとしたが、レリーナが離してくれなかった。
「かしこまるな。
私服の我は、お前たちと同じ精霊使い――友人だ」
「どうしてここに!?」
ミルシャは驚きに目を見開く。
「大切な友が行方不明という大事だ。 城でじっとしていられるものか。
急ぎ、足の速い馬車を用意し、ゼルとレリーナと三人でやってきた」
「そんな大騒ぎになっちゃったんだ……」
「事実、大騒ぎだぞ?
ハンターなら全滅のリスクもあるが、ヘルパーで全滅などあってはならん。
二人が聞き込みをしている間、我は男爵に会いに行ったが不在でな。
幸い、顔見知りのパティがいて事の顛末を聞くことができた」
「ミッシェル様……ありがとうございます」
「気にするな」
ゼルが口を開く。
「ミッシェル。 引き受けるということは、やはり……」
「ああ、もちろんだ。
我らのパーティメンバーであったマリオンに頼む。
彼女なら、我らを知っているから安心して転移が使える」
マリオン――
ゼルとミッシェルがヘルパーとして活躍していた頃の仲間であり、後に“聖女”と呼ばれる白魔導士の女性。
「居場所を知っているのか?」
「無論だ。 聖女の役目を終えたマリオンは、セルーネの湖の畔、我が別邸で静かに暮らしている」
「なんと! 今はセルーネの教会に籍を置いているのか」
「いや、教会とは縁を切っている。
我と同じで、教皇とは仲が悪いのでな。
今は好きな果実酒を楽しむため、葡萄や林檎の産地に移り住んだのだ。
我も月に一度は訪ね、美味い酒を共に楽しんでおる」
「……無類の酒好きだったな」
「その通り。
彼女であれば明日の朝には連れてこられる。
だが――一つ問題がある」
「杖か……」
「そうだ。
聖女の時に使っていた神杖は、抜ける際に取り上げられたそうだ」
「それは仕方ない事だろう」
「だが、強い呪いが相手では普通の杖では難しい。
そこでだ。
ミルシャ、今も水晶を持っているか?」
「え? あ、うん。 大切なお守りだから――じゃ、なくって!
オリハルコンで玩具作るって、どうなの!?」
「わっははは! とうとうばれてしまったか!
だが、ミルシャが一番大切にしてくれると思ったのだよ」
「だからって……」
「事実、お守りと言ってくれるほどなのだからな。
しかし、よくオリハルコンと気付いたものだ」
「アイリスが教えてくれたの」
「ほう……それは結構。
ならばアイリスに頼むとしよう」
「何をでございますか?」
「もちろん、ミルシャの水晶――オリハルコンを使って最高の神杖を作る」
「!?」
「神杖の柄に使う”千年樹の枝”も宝物庫にある。
アイリスなら完成できよう」
「私にできるのでしょうか……」
「あの水晶を読み解き、オリハルコンと見抜いたのだ。
技量は申し分ない」
「……わかりました。
それほどまで仰っていただけるのでしたら、是非やらせていただきます!」
「うむ、頼んだぞ。
さて、これで全てが整った。 後は行動あるのみ!」
「うん!」
ミルシャは元気よく返事をした。
だが、水晶を取りに部屋へ行こうにも、レリーナが離れず動けない。
「お、お母さん……もう大丈夫だから、ね?
水晶を取ってすぐに戻ってくるから」
「嫌。 一緒に行く」
「う、うん。 じゃあ、部屋に一緒に行こ」
「………」
レリーナは立ち上がったものの、ミルシャの腕をぎゅっと掴んだまま離さず、その歩みは幼子のようにたどたどしく、思うように進めなかった。
「ではこうしよう。
我らも部屋へと赴き、水晶を受け取ったらまずゼルの家に転移する。
そこから城へ転移して神杖を作り、明日ここに戻って来る。
それでよいな?」
「ああ、よろしく頼む」
「陛下!」
突然パティが手を上げ、真っすぐな瞳で願い出た。
「私もぜひ、王都に連れて行ってください。
フェンイル様に会い、皆様のお力添えを報告したく思います」
「うむ。 それは重要な使命だ。
何としても探し出して伝えよ」
「はい!」
「では、僕も一緒に探します。二人の方が手分けできますから」
「それじゃ、あたしも――<ギュゥゥゥ>――く、苦し……お、お母さん、もっと優しく……」
ミルシャがフェンイルの捜索に加わろうとした瞬間、それを察したレリーナが、まるで失いたくない宝物を抱きしめるように、渾身の力でミルシャを抱き寄せた。
「ミルシャ。 フェンイル様とカイのことは、僕とパティさんに任せてくれ。
例え見つけられなくとも、カイラ君は必ず助かる。 安心していいよ」
「う、うん……それじゃ……お願い」
「ああ、任せてくれ」
話がまとまり、一同はミルシャとアイリスの部屋へ向かった。
ミルシャは大切にしていた“お守り”――オリハルコンをミッシェルに手渡す。
「確かに受け取ったぞ。 では、参ろうか!」
ミッシェルの力強い声が、閉ざされかけていた心に光を差し込む。
その言葉に、一同は希望を胸に静かに頷いた。
こうして数日にわたる過酷な依頼は、ここに静かに、しかし確かに終止符を迎えることができた。
ミルシャは胸に手を当て、そっと息を吸う。
その鼓動は、次へ進むための小さな勇気を確かに刻んでいた。
だが、この夜の静けさが嵐の前触れであることを――まだ誰も知らない……。
最後までご覧いただき、心より感謝申し上げます。
週に一度、日曜日の12時までに投稿しております。
早く仕上がった時には、我慢できなくなります☆彡
これまでの物語をゆっくり振り返っていただけますよう、投稿した挿絵をXにて保存しております。
絵を眺めるだけで物語の情景がふっと蘇るような、そんな時間をお届けできれば幸いです。
どうぞ、ごゆっくりご覧ください。
https://x.com/ocarina_quartet
※挿絵は全て Gemini Nano Banana 2 Pro による生成画像です




