地質調査の旅②
ルゥは静かに魔道具を手に取り、指先から魔力を流し込む。
水晶が淡く光を帯び、術式が起動する気配を見せた。
「これは地表近くの鉱石を探るための識別具です。
魔力の消費は羽根のように軽く、深さは五十センチほど。
丸一日注ぎ続けても、魔力が尽きることはありません」
「じゃあ、ずっと使っても大丈夫ってことね! 便利~!」
この世界の人間族は魔力を持ちながらも、魔法を直接使うことはできない。
魔力を外に放射する媒体が体に存在しないため、魔法を扱えるのは、体内に魔石を持つ魔人族だけだった。
人間族が魔力を活用するには、術式が刻まれた魔道具が必要となる。
魔道具は、触れた者の魔力を吸収し、術式を発動させる。
戦闘には不向きだが、生活の中では極めて有用で、重い荷物の運搬や識別などに活躍できる。
希少だが、大気中に漂う魔素を吸収する鉱石があり、それを媒体とした杖を使うことで、微量の魔力でも治癒魔法を使うことができる。
今回の魔道具は、識別の術式が水晶に刻まれていた。
術式には個人差があり、魔道文字と言われる言語の解釈で、善し悪しがでる。
この魔道具は、魔道具師であるアイリスの手によって精密に設計され、その魔力効率の高さから才能がみてとれた。
「さすがアイリス、魔力を消費している感じがしない。
術式の安定感が違うね」
ルゥが感心すると、アイリスは少し照れたように微笑んだ。
――馬車の準備が整いました!
そこへ御者の声が響いた。
四人は慌ただしく荷をまとめ、馬車へと乗り込む。
最初の目的地は一日目の宿のある『ルベイユ』の町で、今回のような休憩が、あと二回ほど必要になる。
ルベイユまでにも、小さな町や村はいくつかあるが、ギルドで渡される地図には、貴族が納めている自治領のみ記されている。
あまり細かく地図に書き込んでしまうと、悪用されかねないためだった。
そして馬車は明るいうちの到着を目指し、車輪が静かに回り始める。
お昼時、馬車は小さな村に、昼食をとるために立ち寄った。
この村は、大きな町を繋ぐ主要道に接しており、小さいながらも宿と食事処、そして冒険者ギルドの出張所を備えている。
こういった旅人の休憩場所は、ある程度の距離に点在しており、馬車を使わない歩き旅であっても、地図に記された道を通る分には野宿をする必要がない。
「ねぇ、アイリス~。 何か服仕立ててあげようか?」
「何故です?」
食事処で、感じたくない視線を向けてくる者たちがいた。
その視線の的となっているアイリスを見て、ミルシャは装備の新調を提案する。
「アイリスの装備、戦闘にはぴったりだけど……見た目が華やかすぎて、まるで舞台の主役みたい。 視線が集まるのも無理ないわ」
「そうでしょうか? 別に気にしません」
こういった町に留まる人は、獣討伐であったり、力を有する仕事が大半を占めている。
アイリスのような装備の女性は、王都できらびやかな生活をしていると思われてしまい、自分たちとの生活水準の差を嫌な視線で訴えてくる。
しかも、アイリスは踊り子に見える装備から、下心丸見えの視線を向けられている。
「まあ、本人が気にしないならいいか」
「あの……ミルシャ?」
「なぁに? ルゥ」
「あ――うん、なんでもない……」
「ん?」
ルゥはミルシャの装備も指摘しようとしたが、自覚のない反応に黙っていることにした。
そんな二人だからこそ、体の大きいカイが居なかったら、すぐにテーブルを囲まれ、要らぬ揉め事を招くことになってしまうだろう。
事実、言い寄ってきた男たちを二人で血祭りにあげ、衛兵を呼ばれたこともあった。
そうならないよう、カイはわざと大きく足音を立てて歩き、周りを威嚇している。
四人は早々に食事を済ませ村を後にした。
馬車は進み、日の暮れる前にはルベイユへ到着し、ギルドの用意した宿屋へと案内された。
宿屋はお世辞にも良いとは言えず、それでも二部屋用意され、男女で一部屋ずつにしてもらえていた。
ハンターと違い、長期間の依頼がないヘルパーの四人は、今までに野宿の経験がなく、悪くても寝台になる馬車で夜を明かす程度だった。
それぞれの荷物を部屋に置き、そのまま夕暮れの街へと夕食に出かけた。
貴族に統治されている町は、それぞれが自分たちの威厳を誇示するため、大通りの風景は王都を思わせるほどに美しい。
道には明るい魔道具をあしらった街灯が立てられ、その下には屋台が並べられ、まるでお祭りのような賑わいを見せていた。
そして、その道の行きつく先には、ひときわ大きいお屋敷があり、ルベイユ男爵の館であると想像できる。
「まったく……差がありすぎるのよ」
街の様子を見て、ミルシャはため息交じりに言葉を吐いた。
それは大通りに立ち並ぶ店と、自分たちの泊まる宿屋が、まるで貴族と平民の家ほどの差が見受けられたからだった。
「男爵邸の周囲だけで、町の予算の半分以上は使われていますね。
王都でさえ街灯に魔道具は使わず、硝子の箱に蝋燭を入れるだけです。
それだけでも、工夫次第で硝子の光屈折で明るくなるものです」
魔道具師であるアイリスには、大通りを照らしている街灯の値段がわかる。
普通に考えても高価な魔道具の上に、魔力を蓄積させるための維持費も大変な物だろう。
「この街灯一本を夜間光らせるためには、数人の魔力提供が必要となるはずです。
それが街灯の本数分必要なのですから、その維持費は膨れ上がるばかり。
まったく馬鹿げています」
「その無駄遣いの煽りが、ここで生活している人たちの重荷になっているんだわ」
泊まる宿屋にしても、宿泊費は王都の相場より高く、貢納も明らかに高い。
領主の采配に問題があるようだった。
「貴族の見栄の張り合いは俺たちにはわからん。
度が過ぎれば民衆から見放されて、町から離れていくさ」
カイの話に三人が頷いた。
四人は豪華な建物の食事処には入らず、街灯の下に並べられた露店から好きな物を買い、簡易的に用意されたテーブルで夕食を楽しんだ。
こうした露店は、祭のような華やかさもあり街を彩るが、実際は売り上げが分かりにくく、貢納金を逃れるための対策に思えた。
「明日の予定だが、早朝『一の鐘』と共に出発して、直接現地へと向かう。
御者の話では、昼過ぎに到着するとのことだから、そのあとすぐに調査に入ろうと思う」
食事も終わり、辺りの賑わいを楽しんでいると、カイが明日の予定を話し始めた。
「それだと調査の時間、あまり取れないんじゃない?
昼過ぎに到着したとしても、そこから『ラングレイ』の町まで戻る時間考慮すると、良くて三・四時間くらい?」
「ミルシャの言う通りだな。
本来なら四泊五日が妥当だったと思うが、依頼主が本気で調査を望んではいないらしい」
「つまり、そんな穴はどうでもいいけど、報告があった手前、放置しておくこともできないってこと?」
「そんなとこだろう。
だから、簡単な地質調査と安全を確認できれば、それでいいらしい」
「戦闘が伴う可能性を考慮して、あたしたちにまわってきたってことよね?」
「ああ。 何かが住み着いていても困るし、もし何かしらの鉱脈があって、それが他人の手に渡るのも面白くない。 よくある話だ。
それで翌日も、早朝現地に向かい昼時まで調査をして、またここに戻ってくる予定だ」
「わかったわ」
「それじゃ、明日の朝、時間までに集合してくれ」
カイの話が終わると、四人は立ち上がり、領主の館に背を向け歩き始めた。
街の散策はせず、そのまま宿屋へと戻って行った。
部屋に戻ったミルシャは、昼間の装備のまま着替えず、ベッドに横になっている。
相部屋のアイリスはというと、いつ買ったのか、露店で売っていたお菓子を食べながら、優雅にティータイムを楽しんでいた。
「はぁ……まさか、お風呂に入れないなんて……ショックだわ。
お水なら、いくらでも出せるんだけどなぁ……」
宿屋に帰って来て早々、お風呂に入りに行った二人。
ところが、水も薪も高価で、お風呂が沸かせないと断られてしまった。
「水は何とかなるでしょうけど、薪の方が問題なのでしょうね。
鍛冶で使う薪や炭が高いって、カイがいつもぼやいてますから」
「この町じゃ、薪も割高だよね。
あたしとルゥが居れば簡単に沸かせるのに……そうもいかないか」
「ふふふ。 二人が居て、カイがいれば、野宿の方がお風呂は快適でしょうね」
「カイなら精霊術で浴槽つくれるものね!」
土の精霊使いであるカイは、精霊術で土や鉄を使ったアイテム生成ができる。
家も造形できるので、快適なお風呂が完成する。
「明日、お仕事終わったら、ラングレイの町で入るお風呂を楽しみにしていましょう」
「うんっ!」
――コンコン!
「ん? 誰だろう」
二人が話していると、扉を叩く音が部屋に響いた。
『ミルシャ、アイリス、もう休んでいるかい?』
「ルゥだわ。 どうしたんだろう」
扉越しに聞こえるのは、間違いなくルゥの呼び声だった。
ミルシャはベッドを降りると、扉へ近づき鍵を開け、ゆっくりと扉を引いた。
「ゆっくりしているところ、騒がしてすまない」
「ううん。 どうしたの?」
「実は、宿の女将さんの娘が怪我をして、酷い熱があるらしい」
「え!? お医者さんには!?」
「それが、この町には領主専属の医師はいるらしいんだけど、町の皆はラングレイ領まで行かないと、医者にかかれないらしいんだ」
「な、なによそれっ!」
「連れて行こうにも、この時間では馬車も出ない」
「わかったわ。 怪我の熱なら毒の可能性もあるから、解毒薬も準備して行くわ!」
「ありがとう。
場所は受付の隣にある部屋だから、先に行って説明しておくよ」
「うん!」
返事をすると、すぐに部屋の奥に行き、置いてある薬の鞄を開けた。
このパーティでのミルシャは治療担当であり、色々な状況に備えて、持てる範囲内の薬を常備している。
その中から幾つかの解毒薬を確認し、念のため回復薬も手に取り調べた。
そして最後に、小さな袋を鞄から取り出し、手のひらの上に袋の中身を乗せた。
それは小さな水晶で、ミルシャの手に乗った瞬間光り始めた。
光はとても明るく、蝋燭の灯りで暗かった部屋を、昼間のように明るく照らしだす。
「それは何?」
突然の眩しさに、手で目を覆いながらアイリスが聞いた。
「あたしの診療道具のひとつで、魔力の流れを見ることができるの」
「魔道具……よね? 見せてもらっていいかしら」
「うん」
魔道具となると目が輝くアイリス。
ミルシャは水晶を、アイリスの手のひらに乗せた。
すると、今まで強い光を放っていた水晶は突然暗くなり、アイリスの手のうえで淡い光に変わった。
「どういう事?」
「それが正しい光り方なの。 あたしも最初は淡い光り方だったのに、いつの頃からか、強く光るようになってしまったの」
「魔力量を図る魔道具に見えるけど……でも、私は魔力を送っていないから、魔道具が吸っているのかしら?」
「うん。 たぶんそう」
「普通魔道具は、手にした人が魔力を送らないと、何の効果も得られないのよ。
でも、この水晶玉は手に乗せただけで光っている……だとしたら、この水晶玉の術式っていったい……。
ねぇ、後でこれ貸してもらっていいかしら? 少し調べてみたいわ」
「診察が終わったら、気のすむまで調べてみて!」
「ありがとう。 楽しみ!」
「うん!」
アイリスは嬉しそうに水晶をミルシャに返した。
ミルシャは水晶を袋に戻すと、薬を持って受付に急いだ。
受付まで来てみると、扉の前でルゥが手招きしていた。
他に集まっている客はいない。
「こっちだ」
ルゥに優しく背中を押され、部屋の中へと入って行った。
その後ろからアイリスもついて入ってくる。
「女将さん、さっき話した僕たちのパーティで、治療担当のミルシャです」
娘はベッドに寝かされていて、その手を握りしめている女性が、ルゥの声でミルシャの方に振り返った。
「……随分、お若いのですね」
ミルシャの容姿は背が低いこともあって、十五歳の成人前に見えてしまう。
「大丈夫です。 ミルシャは、王様にも名前を憶えていただいていますから。
それに、僕たちみんなAランクです。 安心してお任せください」
「王様っ!? ……娘を、よろしくお願いします」
「任せてください!」
ミルシャは元気よく返事をすると、すぐに娘の枕元に近づいた。
手を取り脈を感じながら、頬や額に触り熱を調べる。
火照った顔に触れた手が冷たくて気持ち良かったのか、女の子は細く目を開けてミルシャを見た。
「あたしはミルシャ。 ちょっとした魔法のお医者さんよ。
すぐに、痛いのも熱も、どこかへ飛んでいっちゃうからね!」
笑顔で女の子に話しかけると、ミルシャを見ながら僅かに微笑んだ。
「わたし……ルミナ……エヘヘ……」
「ルミナちゃんっていうんだ、可愛い名前だねっ!」
ミルシャの笑顔に安心したのか、はにかむようにルミナは笑った。
一通り体を調べた後、ミルシャは足に巻かれた包帯を見た。
「……お母さん。 この足はどこで怪我しましたか?」
「宿の前で遊んでいて、転んだ先に折れた木片があり、それに刺さってしまったらしいのです」
「木片……ルゥ、包帯を外して、消毒お願い」
「わかった」
ルゥはミルシャの鞄から消毒薬と包帯を取り出し、すぐに処置に取り掛かった。
傷口からの出血はほぼ止まっていて、ルゥは手際よく消毒し包帯を巻き直した。
ミルシャはその間に手袋をして、先ほどの水晶玉を取り出し、ルミナの手に乗せてみる。
「光っていないようね」
アイリスが、持たせた水晶玉を見て言った。
「……あ、お母さん。 蝋燭の灯りを消してもらえますか?」
「え? は、はい」
ミルシャの突然のお願いに戸惑いながらも、すぐに壁にかかっている灯りを消した。
すると、光っていないように見えていた水晶玉が、ほんの僅か光っていることが確認できた。
「よかった……」
ミルシャは、水晶玉をルミナの体のあちらこちらに当て、魔力の流れを確認した。
「あの……」
「あ、ごめんなさい。 もう、灯りをつけて構いません」
「はい……」
ルミナの魔力は怪我により枯渇寸前で、熱が抑えられない状態だと分かった。
「お母さん。 このままでも大丈夫だと思いますが、念のために毒消しと、回復薬を飲ませますね」
「回復薬!? そんな高価なものは、お支払いが……」
ミルシャは、母親の困った顔に驚き、ルゥ達の方に振り向いた。
「……高価なの?」
「ミルシャは薬の相場を覚えた方がいいわね」
呆れながら答えるアイリス。
医院で回復薬を使うことはよくあるが、ミルシャはヘルパーの仕事のついでに薬草を採取し、それを使って回復薬をつくっているので、世間の相場には疎かった。
「じゃあ、代金は明日の朝食で、焼き立てのパンをご馳走していただけますか?」
「そ、そんなことでいいのですか!?」
「朝早く出発しますから、とっても大変だと思いますよ?」
母親は驚き、ミルシャを連れてきたルゥを見た。
「治療担当のミルシャが言っているので、まったく問題ありませんよ」
「そ、そうなのですか……」
ルゥは笑いながら答えた。
「ルミナちゃん。 お薬飲ませてあげるから、少し苦いかもしれないけど、飲んでくれると嬉しいな」
「うん……がんばる」
「うんっ!」
ミルシャは最初に毒消しを飲ませ、次に少量の回復薬を飲ませた。
すると、さっきまで蝋燭の下では見えなかった水晶玉の光が、回復薬を飲んだ瞬間に見えるようになった。
ルミナの呼吸は次第に穏やかになり、ミルシャの優しい腕の中で、静かな眠りへと誘われていった。
ミルシャはルミナを優しく抱き寄せ、さっきより熱が下がっていることを確認した。
「女神……さま?」
自分の娘を抱き寄せたミルシャを見て、母親がポツリと呟いた。
「え? あはは! あたしはただの可愛いヘルパーです。
それより、もう大丈夫ですよ!」
「あ、ありがとうございます……」
母のお礼の言葉に笑顔で答え、抱いていたルミナを静かにベッドへ寝かせてあげた。
さらっと付け加えた言葉に突っ込む人はいなかった。
――翌日の早朝
「お・ね・え・ちゃ~ん!! パンが焼けたよ~!!」
――どす~ん!
「ぐぇっ!」
気持ちよく寝ていたミルシャの上に、ハイジャンプで飛び乗ったルミナ。
ミルシャは喉の奥から何かが出てしまうような呻き声を上げた。
「ル、ルミナちゃん!? もう起きて大丈夫なの?」
「うん! お姉ちゃんの魔法のおかげ!」
「そっか! よかったね!」
「うん! パンが焼けたから起きてきて!」
「ありがとう」
ルミナの熱は下がり、足の怪我も回復薬のおかげで、傷口は完全にふさがっていて、もう包帯は要らなくなっていた。
もっとゆっくりルミナと話したかったミルシャだったが、今日は時間の余裕もなく、帰りにまた一晩泊まる約束を交わした。
ミルシャ達は、約束の焼き立てパンをルミナと一緒に食べ、最終目的地である洞窟へ向かって宿を後にした。




