地質調査の旅③
ルベイユの町を出発し、三時間ほど馬車に揺られていると、辺りは畑へとその景色を変え始めた。
ここからはラングレイ男爵の領地であり、町の周囲全体が広大な畑となっている。
この町の主産業は農業であり、王都をはじめとして、ルーファス王国の大半の野菜をここで生産し、各地に運ばれていく。
この国は、大陸では珍しく平地の多い国となっており、四季の恩恵を受けやすい反面、北からの冷たい風も非常に強い。
その中で、ここラングレイ領だけは、北方の山脈が北風の盾となり、領地全体を冷風から守る形になっていた。
そのおかげで一年を通して温暖な気候となり、作る野菜は季節問わず豊作となる。
すれ違う荷馬車も野菜を積んだものがほとんどで、朝の時間も手伝って、各地へ向かう荷馬車とすれ違った。
そんなラングレイの町に心惹かれながらも、馬車は畑の農道を通り過ぎ、一路洞窟へと向かっていた。
馬車の中では、アイリスが魔道具師用の拡大鏡を目に付けて、昨日から預かっているミルシャの水晶玉を、寝る間も惜しんで調べていた。
「どう? アイリス、何かわかった?」
水晶玉を調べているアイリスの拡大鏡を、ミルシャは興味津々で覗き込みながら聞いた。
「ん~……何度刻まれている術式を読み解いても、やっぱりただの発光玉にしか見えません」
「発光玉って、暗闇で投げるやつ?」
「そうです。 発光玉は魔力を込めて投げると、割れた瞬間、蓄積した魔力が光魔法となり強い光を放つ魔道具です。
それと同じ効果が期待できる術式が、この水晶玉にも刻まれているのです」
「意図的に魔力を送ると強く光るけど、蓄積はされてないよね?」
「はい。 それは、もう一つの術式による効果です」
「もう一つ?」
聞き返すミルシャだったが、そもそも術式が複数刻まれていることも知らず、熱心に聞いても理解はできそうになかった。
「この水晶玉には二つの術式が刻まれていて、一つは送られた魔力を光魔法に変換する術式です。
淡くても光を放っているのですから、これは絶対に必要です。
問題はもう一つの術式で、本来の発光玉は、魔力を水晶に封じ込める結界の術式が刻まれています。
ですが……この水晶に刻まれた魔力封じの術式が、反転の呪文として刻まれているのです」
聞いているミルシャは理解が追いつかず、瞳が揺れていた。
「ふふふ、つまりですね。
刻む文字列を右回りから、左回りに変えることで、目的の効果を逆転することができるのです。
防御結界魔法でたとえると、右回りの術式では、外部の攻撃から自分を守る結界なのに対し、左回りの術式では、結界の内側に敵を閉じ込めることにより、攻撃を外に出さないようにできます。
その法則に照らし合わせて、この水晶玉の術式を読み解くと、内部の魔力を光として発光し、外からの魔力を中に入れないことになります」
「え? それじゃ、どうして光るの?」
「解らないのはそこなのです。
この魔力結界術式では、人の魔力を遮断するほどの力はありません。
そのため手に持つと、人の魔力が入って光るのです。
でしたら、この術式自体不要のはずなのです。 なのに刻まれている……なぜ?」
「それが刻まれているから、乗せただけで光るということはない?」
「それは……考えられませんね。 そもそも、魔力の流れが逆なのですから」
「そっか~」
――もうすぐ到着いたします!
時間を忘れアイリスの話に聞き入っていたミルシャ。
御者の声に辺りを見渡し、いつのまにか森の中を進んでいることに気づいた。
「興味深い話だが、謎解きは帰ってからだな」
カイが笑いながら言った。
「そうですね。 私もこれ以上は、文献を調べないと何もわかりません。
王都に帰ってから楽しむことにします」
「その時はまた貸してあげるね!」
「はい」
ミルシャは水晶玉を受け取り、鞄にしまうと下車の準備を始めた。
しばらく馬車は進み続けていたが、激しい揺れと共に馬車は止まった。
外を見ると、入ってきた森は深く暗くなり、馬車を導いてきた道は荒れ果て、これ以上は進めなくなっていた。
「すみませんが、ここから先は岩場が多くて車輪を壊しかねないので、徒歩をお願いしています」
御者はそういうと御者台から降り、申し訳なさそうに扉を開いた。
「話は聞いている。 ここからは三十分くらいという事だから、問題なく歩ける」
カイは御者に笑顔を見せながら、立て掛けていた大剣を背負い、手に荷物を持って外に出た。 それに続く三人。
装備をしっかり体に固定し、正確な方角を確かめると、御者に手を振り歩き始めた。
御者の言う通り、ここより先は道らしい道はなく、所々に突き出した岩が人の歩みに負担をかける。
これでは車輪の破損はもとより、馬の負担も無視できない。
四人は岩に足を取られないように、なるべく離れて自分の判断で歩き続けた。
暫く進むと辺りの森が明るくなりはじめて、前方の木々の隙間からも光が差し込んできた。
その変化を感じ、カイは歩みを止め皆の方に振り向いた。
「この先どうなるかわからんから、ここで軽く腹に入れておこう。
いつものことだが、仕事の前は自分たちの持ってきた物を食べて、体調を調整しておいてくれ」
「わかったわ」
ミルシャが返事をすると、その場に先日のお菓子の布を敷いて、皆で腰を下ろした。
食べてから時間の取れる場合には、沢山食べても問題はないが、この後すぐに戦いが起きた場合、あまり食べすぎるのは思わしくない。
自分たちが、動きやすいと思える食事と量が、体調管理に一番良かった。
「それとアイリス。 ここからなら、お前の索敵範囲に洞窟まで入るだろうから、念のため頼む」
「はい。 ――風探眼」
アイリスは目を閉じ心を静めると、精霊術を唱え、周辺一帯にゆるやかな風の流れを起こし始めた。
その風は、アイリスを中心に回っており、半径で約一キロという広大な円になっている。
そして、その風はアイリスの体の一部となり、何かに触れると、その形と柔らかさから判断することができた。
「特に危険な個体は居ないようです……。
この先、丁度索敵にかかる限界の場所に山裾を感じます……。
その山に亀裂らしきものがありますので、それが調査対象だと思います」
これが風の精霊術を応用した、アイリスの使う索敵能力だった。
「ありがとう。 助かる」
「いえ」
アイリスは精霊術を解き、カイに笑顔を返した。
「それじゃ、あたしも済ませちゃうわね」
「回復薬を作るのか?」
「うん。 森を完全に抜けると、薬草がなくなるかもしれないから」
「わかった」
ミルシャは、持っていた鞄から空の容器を取り出し、精霊術を唱えると、回復薬の生成を始めた。
「うわぁ! この森凄~い! 薬草いっぱい生えてるよ!」
ミルシャは水分を持つ物体を感じることができ、索敵程の距離は調べられないが、周辺の植物の見分けが可能だった。
あえて現地で薬を生成する理由は、その薬がミルシャから一定距離はなれてしまうと、消滅してしまうためだった。
これは薬に限らず、どの属性の精霊術でも、ある程度離れると消滅してしまう。
そのため薬を作り置くことができず、怪我をしたときに瞬時に生成するか、こうして現地で生成する必要があった。
今回のように洞窟の中に行く場合には、その場での生成は期待できない。
カイの土の造形も同じで、たとえ土で家を生成しても、そこから離れると消滅してしまう。
しかし、消滅を防ぐ方法もあり、生成した状態から物質変換させることにより消滅しなくなる。
回復薬で言えば、服用して体内で魔力に変換されること。
土の家の場合には、火を使い焼成することで物質変換される。
火の精霊使いの場合には、それ自体に物質変換はないが、燃え移ることで精霊術とは関係なく燃焼が継続する。
そして風の精霊使いは、何かを生成することはできない。
だが、先ほどアイリスが見せたように、流れる風を感じることで、索敵する能力を授かっている。
また、風を剣のように鋭利な刃に変化させ、鉄の扉程度なら容易く切り刻める。
更には、周囲に暴風壁を作り、それに触れたものを切り裂く。
風の精霊使いが一番冒険者に適しており、戦いに優れた能力を持っているのがわかる。
「これでよしっ!」
数本の回復薬を生成し、瓶詰めが終わったミルシャ。
蓋をしっかり閉めて薬を鞄にしまうと、その代わりに鞄の中からお菓子を取り出し、満面の笑みで食べ始めた。
薄暗い森の中とはいえ、外で食べるお菓子はひと際美味しく感じる。
時間にして三十分程度の昼食だが、仕事前の気持ちの整理には長くもなく短くもなく、それぞれの準備が整っていった。
「それじゃ、現地に向かうとしよう」
「うんっ!」
四人は荷物を持ち、アイリスが探索した場所を目指し歩き始めた。
日の光が足元を照らし始めた時、眼前には雲にまで届くような険しい山々が、その高さで威厳を示すように立ち塞がっていた。
岩肌が見えるその山は、山脈の険しさをより一層際立たせる。
そんな山々に見とれながらも、ミルシャ達は、目の前にたたずむ山に思考を奪われてしまっていた。
「あれは……山が割れているようにしか見えないぞ!
――入って大丈夫なのか!?」
カイは、想像を遥かに超える山の亀裂に絶句した。
目的の山は、険しい山々の続く手前に位置している。
カイは、崩れてできた亀裂に、小さな洞窟が繋がっている程度だろうと予想していた。
しかし、目の前に現れたのは、山頂から裾野まで真っ二つに裂けた巨大な山だった。
それはまるで、神々の怒りが剣となって振り下ろされたかのように、山は裂けていた。




