地質調査の旅①
ミルシャが精霊使いに覚醒して、八年の月日が流れていた。
色々な苦労を乗り越えて、ミルシャは今を大切にしている。
そして、今日は久しぶりの本職復帰となる。
洋裁店の屋根裏は、まるで夢の工房だった。
梁の下には、未完成のドレスが静かに佇み、まるで次の舞踏会を待っているかのように風に揺れている。
壁には三段の棚が横に十列。縦横五十センチの区画に、色分けされた布地が虹のグラデーションのように並び、見る者の心をふわりと染め上げる。
街道に面した大きな窓からは、屋根裏にしては驚くほど爽やかな風が吹き込んでいた。
ミルシャはテーブルいっぱいに広げたデザインの切り抜きを、マネキンにかざしては首をかしげる。
「うーん……このドレス、腰にサッシュを巻いたらもっと物語が生まれそう」
彼女の声は、布地の間をすり抜ける風のように軽やかだった。
「コルセットサッシュもいいけど、可愛さで勝負するならリボンサッシュよねっ!」
そう言って、ミルシャは勢いよく立ち上がり、棚の虹の中からぴったりの生地を探しに向かった。
今日の彼女は、裁縫用の作業着——黒のワンピースに、白いバッククロスのフリルエプロン。
まるで童話の中の仕立て屋のような装いだった。
その時、窓の外からルゥの弾ける声が飛び込んできた。
「ミルシャー! 今、ちょっといい?」
ミルシャは窓から顔を出し、手を振る。
下にはカイとアイリスの姿も見えた。
ルゥが呼ぶ時は、決まってパーティの作戦会議だ。
「了解~! すぐ行くね~!」
ミルシャは元気に返事をすると、ふと、昨日の父とルゥの会話を思い出した。
「お父さん、私に起きていること何か知ってるんだ……でも、素直には教えてくれないよね。
私のこと教えてくれたっていう人達って――まあ、考えるまでもないか。
仲のいい友達少ないし……とほほ。」
ミルシャは深く考えることを辞めて、そのままの格好で外へ飛び出した。
「……今日も外出着か?」
ミルシャの着ている衣装を見て、カイが呆れたように言う。
「ん? 裁縫の時はいつもこれよ?」
「なるほど……」
カイは心の中で「この子は可愛い服がなくなったら天に召されるタイプだな」と確信した。
パーティを組んで一年になるが、まだミルシャの美意識には染まりきっていないようだった。
ギルドの食事処に入ると、まずは昼食をとるために、皆それぞれ料理を注文し席に着く。
料理を運ぶミルシャの姿は、給仕そのものであり、ミルシャを知らない食事処なら、間違いなく呼び止められていただろう。
食事が終わると、カイが依頼書をテーブルの中央に置いた。
「今回の指名依頼は地質調査になる。
西のラングレイ領の先にある山脈に、新しく崩落で開いた洞窟が発見されたらしく、その調査依頼だ。
馬車移動三泊四日の行程で、ルベイユ領に行きと帰りの一日目と三日目、二日目は洞窟の近いラングレイ領に宿泊する予定だ。
三日後に出発したいが、空いているか?」
「もちろん、あたしはOK!」
ミルシャが即答すると、ルゥとアイリスも頷いた。
「じゃあ、三日後の夜明けにギルド前集合。 馬車で出発する」
今回は珍しく、ミルシャが騒ぐこともなく予定が決まった。
「で、前回の依頼はどうなったの?」
「ギルドマスターに差し戻しをお願いした。 無理がある内容だったから反論もなかったよ。
依頼主が取り下げるかどうかは後日になるらしい」
「依頼主次第ってわけね。 あれはハンター向けよ?
今の私たちが断るなら、他に受けるパーティなんていないと思うわ」
「口頭通達だけで断ったから、依頼の詳細は俺にもわからない。
ギルドマスターが差し戻しを受け入れた以上、その依頼が俺たちに来ることはもうないだろう」
三人は頷き、胸のつかえがすっと消えた。
出発当日の朝。
まだ夜の帳が残る中、ギルド前に集まった四人。
カイは鉄製の防具に身を包み、アイリスは民族衣装のような軽装で現れた。
アイリス曰く、「自分の戦闘スタイルには、この服装が良い」とのこと。
そして、カイは大剣を背負い、アイリスは細身の剣を二本、左右の腰に下げている。
ルゥは動きやすさ重視の軽装で、弓と短剣を携えていた。
そしてミルシャは――白いベストに赤いシャツ、黒のスカートにショートストッキングとブーツというおしゃれ装備。
腰には短剣が二本携えていた。
短剣がなければ、女の子に人気の街へ遊びに行くようにしか見えない。
もはやカイも突っ込みどころが多すぎて、何も言葉が出てこなかった。
「ミルシャ。 そんなに肌出していて大丈夫?」
カイの代わりに、ルゥが心配して聞いた。
「肌出し? あたし、肌はどこも露出してないよ?」
「え?」
そう言って、ミルシャは素肌に見える部分を指先でそっと摘まみ、軽く引き伸ばして見せた。
よく目を凝らせば、腕や脚だけでなく、首元のチョーカーから下――肌に見えるすべての領域が、淡い肌色の保護膜に覆われているのがわかる。
「これはね、全身を包む肌色の防護膜。 ナイフも針も通らないの。
このショートストッキングも、鉄繊維で編まれてるのよ。
見た目は儚げでも、触れればわかる――これは、戦うためのお洒落なの!」
「――ああ、そういえば前に俺の鍛冶場に来て、そういう繊維作れって頼まれたっけ」
ミルシャの話に、カイが思い出したように話した。
「うんうん! それっ!」
「剣を通さないほど強靭で薄い鉄繊維なんて……苦労したぞ」
「こんな可愛いあたしが見られて、苦労した甲斐があったでしょう?」
「………」
いつものことながら、防具デザインの方向性が斜め上を行くミルシャ。
カイは目を逸らしながら、苦笑した。
ギルドの前に到着すると、馬車が三台待機していた。
自分たち以外にも、馬車を使う依頼が二組いるらしい。
ギルドが用意した馬車と宿泊先は、護衛任務ではないパーティ行動の特権だ。
荷物を積み込む中、アイリスの荷物がひときわ目立っていた。
「それ、なに?」
ミルシャが目を輝かせて聞く。
「今回の地質調査用の魔道具。 使い方は馬車の中で説明するね」
「わくわくする~!」
アイリスはミルシャの嬉しそうな反応に微笑む。 魔道具を作る人にとって、こういう反応は何よりの報酬だ。
馬車が王都の門を抜けると、道は柔らかくなり、馬車が大きく左右に揺れはじめる。 それでも人を運ぶ馬車は乗り心地が良い。
朝露が光る草原を、馬車は静かに進んでいく。
二時間ほどで休憩を取ることになった一行。
大きく包んだ袋を両手で抱え、真っ先に馬車を降りていくミルシャ。
袋を解くと、そのまま大きな敷物に早変わりして、更に真ん中には何か包まれた袋が残った。
ミルシャはティーセットと大量のお菓子を広げ、満面の笑みで手を振る。
「さあさあ、食べて食べて~~!」
「相変わらず加減知らずだな……」
「うっさいわねっ!」
「少ないと、ここでお菓子作り始めるからね。 ミルシャは」
「……その手があったわ。 ルゥがいれば美味しく焼けるんじゃない? 調味料さえあれば、現地調達でお肉も焼けるし、荷物も減るし!」
墓穴を掘ったルゥが苦笑する。
最後の馬車から出てきたアイリスが、魔道具を手に敷物の上に座った。
「せっかくだから、ここで説明するわね。
この魔道具は、地質を識別するためのものなの」
ミルシャは興味津々で手に取る。
それは三十センチほどのリング状の道具で、取っ手から中心に棒が通り、先端には透明な水晶がはめ込まれていた。
「壁や地面に近づけると、水晶が光るの。
鉱石が近くにあれば色が変わるし、なければ白いまま。
色で鉱石の種類が分かるから、それを記録して報告する感じね」
「取っ手に魔力を流せばいいのね!」
たくさんのお菓子を頬張りながら、アイリスは器用に口を動かし説明している。
アイリスは魔道具の次に、食べることが大好きだった。
話を聞いたミルシャが魔力を流すと、水晶が白く光り始めた。
「きゃー! これ、楽しい~!」
「二つあるから、今回はミルシャとルゥにお願いね」
「喜んでっ!」
お菓子と魔道具と、ちょっとの好奇心。 ミルシャの旅は、今日もにぎやかに始まった。
空の色が、少しだけ旅の始まりを祝っているように見えた。
最後まで読んでいただきまして有難うございます。
※挿絵はMicrosoft Copilot による生成画像です※




