再び灯るは深淵の焔
屋上に立ち辺り一帯を見渡すと、空中には依然として『三角形の鏡』が浮遊している。
床には血痕が飛散した形跡があり、まだ乾き切っていない様子だ。この血痕は少し前に俺の腹部から溢れ出たものだろう。
この場所で一撃食らったからか———屋上は張り詰めた空気が漂う。
それはとても歪な感覚だった、この奇妙な感覚は昨日の夜を思い出させる。
コートの男と相対した空気感———それを今再び感じている。
奴は、まだ攻撃して来ないか———それとも、ある程度の溜めが必要なのか?
まあいい、『赫鞭』が狙い撃つ瞬間まで待つだけだ。
———研ぎ澄ませ。
ほんの一瞬、刹那と呼ばれる瞬間だけでいい。
奴の攻撃に移るモーション、それを感じ取れれば———僅かだが勝機はある。
突如———砂嵐で淀んだ空に光が差すように、ぴりついた空気が流れる。
空気が肌に触れると、刃を立てた剃刀で全身を切られているような———感覚。
咄嗟に、左前方の空中へ———〝飛び跳ねる〟
〝それ〟を思考してから行動したのでは無く、思考と身体の動きが、ほぼ同時に———シンクロしていた。
その後、一秒にも経たない間に光の線が真っ直ぐ———刹那前にラプトムルランの存在していた地点へと斜めに、かつて存在したラプトムルランの残像を薙ぐように、光の速さで熱が走る。
その熱はラプトムルランの右腕を掠りはしたものの、即死はおろか致命傷を与える事も叶わなかった。
赫鞭『リンダー・ガヤヌ』は目の前で起こった光景を飲み込めないでいた。
『———〝未来予知〟…!!?いや、違うだろ!それなら初撃目は喰らわないはず———〝予測〟したのか…!?』
『———で、できた…!!やったぞ…!!!』
ヒントは最初の接敵時だ、シェインはギリギリだが奴の攻撃を予見し回避していた。
———これは〝なぜ回避〟できたのか?
そこに視点を向ければ答えは見えてくる。
『赫鞭』の攻撃手段、光の照射は当たった結果そのものを齎すわけでは無い。
光を特殊な装備を介して照射するのだろう。感知できるのは照射される瞬間、特殊な装備から放たれるまでは魔力感知が通用しない。
ならば、光が武器から〝放たれた瞬間〟———魔力を感知した刹那に〝その場から緊急回避すれば〟奴の攻撃を避けれるのではないだろうか?
恐らくシェインは同様の手段で、奴の狙撃箇所を特定し瞬時に、俺の体を突き飛ばす事により
この案を可能にする為には、『光の速さを知覚』出来なければならない。
シェイン・テリーズ程の戦闘経験の無いラプトムルランが真似するには、一見すると無謀な策であったが、ラプトムルランの身体状態が〝それ〟を可能にした。
———ラプトムルランの身体に起こっている異変の正体。
それは昨夜〝コートの男〟『ハーキュリー・クトグア』に打ち込まれた〝朱効石〟によるものであった。
———〝朱効石〟は本来、銀星に昇格する儀式である〝木典〟の手術を受ける際に、瑆を対象者の体内へと移植されるが、元々対象者の体内に蓄積される魔力反応が瑆を拒絶してしまわない様に、朱効石を少量砕き粉状にして服用させる。
服用後は個人差はあれど数時間程、体内の魔力を操作することは不可能な状態になる。
しかし、ラプトムルランは〝朱効石〟———その原石を〝コートの男〟によって直接打ち込まれていた。
本来であれば、二度と魔力操作や体内で魔力を練る事は叶わない。
だが———ラプトムルランは『とある条件』を満たす事により、そのマイナス効果を無視して、魔力を再び生成し操作する事が可能になっていた。
そして、生まれながらに備わっていた類稀なる魔力操作と魔力感知、この二つの能力を〝朱効石〟によって一時的に失うことにより『魔力探知無しでの索敵と潜伏能力』という特異な技術を開花させていた。
それに気付いたのは、屋上に再び踏み入れる前だ。
ラプトムルランが三階で魔力探知を行った際に、感じた違和感———それは魔力探知を切った状態でも、魔力探知で得た情報を『脳内で再生できていた』ことだ。
『赫鞭』は、すかさず再度攻撃を試みる為、標準を合わせようとするが———ラプトムルランは敵の〝狙撃地点〟から視覚になるように身を屈めていた。
『———クソっ!!!建物越しに撃てないことを想定されてやがる…!?狙撃地点を変えたのが仇となったか!!』
敵の死角をなくす為、リンダー・ガヤヌは慌てて上階に駆け上がる。
〝光の照射と反射〟———射程、威力ともに申し分無く、一見強力な能力のように思えるが『赫鞭』は、その能力の威力を発揮する〝対象〟を『人物と、その人物の身に付けている物』に限定することにより、射程と威力を高めていた。
相手が人であれば、重厚な鎧を身に纏っていようが、鎧ごと貫通、切断する事が可能だが、照射箇所が建物であった場合、照射した光が走った箇所に軽く焦げ跡が付くくらいに収まってしまう。
廃墟街にある五階建ての建物の三階、そこから攻撃時に魔力反応があった。つまり『赫鞭』の居場所は特定出来たといえる。
潜伏場所があの建物なら、屋上かもっと上階だと思ったが意外だな。しかし、俺にとっては屈めば死角となるので———これは嬉しい誤算だ。
リンダー・ガヤヌは、屋上から三階に降りたラプトムルランを廃墟街から狙い撃つ為に、狙撃地点を変えようと下の階に降りていたが、その事実をラプトムルランは知る由もなかった。
———場所は特定出来た…!!
あとは能力が発動すれば———俺はそう考え、屈んだ姿勢で、敵の潜伏していた建物へと右手を翳し意識を向ける。
———〝イメージ〟しろ——————〝燃えろ〟……!!———〝燃え上がれ〟!!!
…………建物に視線を向けるが、異変は見られない。能力は不発…!?
やはり……視認出来てないし、距離が遠いのか!?それともミダに言われたように、イメージする———想像力が俺には足りないのか?
———いや…!!まだだ!!!諦めないぞ!!シェインと、ミダと生きて帰るんだ…!!!!
二人のことを考えると、胸が苦しくなる。
左手に持つ〝短刀〟を床に置き、衣服の胸元を強く握り締めるが、ラプトムルランの右手は依然として建物へと向けられている。
そう———ラプトムルランは〝イメージ〟することを諦めずにいた。
神様なんて信じない…だが、もし居るんなら———今だけは〝お前〟が存在するんなら……力を貸せよ!!———奇跡を、奇跡を起こせよ!!!!
俺は全意識を『赫鞭』の潜伏する建物へと向け———ただひたすらに念じた。
『アイツ…手をかざして、なにをやってやがる…!?』
四階へと足を踏み入れ、狙撃の準備体勢に入ったリンダー・ガヤヌは、〝X〟のとる奇妙な行動に一瞬、立ち尽くすが迷いを捨て、再び〝X〟に向け『照射』しようと光を込める———
——————が、それはあと一歩のところで水泡に帰す。
———黒い煙とともに〝発火〟している。
———『射出光』を持つ左腕が熱い。
リンダー・ガヤヌは自身の武器である『射出光』が熱を持って発火していると錯覚する。
使い過ぎによるオーバーヒート?いや、そこまで連続使用はしていない。
『アチィな!!クソっ!!この局面で不具合かよ!!』
———苛立ちを覚えるながら、熱さに耐えかねて『射出光』を手放すが、依然として熱を持っている状態だ。
『スーツ』にまで、燃え移ったのか!?
そう考え、左腕部分の『スーツ』を脱ぎ捨てるが———この熱の原因が『射出光』や『スーツ』では無いことに気付く。
何故なら——————その炎の出処は『射出光』を持っていた、自身の左腕から炎が上がっていたからだ。
『それに、コレは〝黒い煙〟を上げているんじゃない———〝炎そのもの〟が黒いんだ———〝黒い炎〟だ!!』
目の錯覚かと思い注視するが、やはり煙とは関係なく、炎自体が黒かった。
『———ありえねぇだろ!!俺は〝甲纏〟を使ってたんだぞ!?敵の能力が〝甲纏〟を貫通したってのか!?』
〝甲纏〟は精神面、肉体面の両方にプロテクトを展開する。それが打ち破られた形跡はない事を自覚している。
『待てよ、左腕にはアレがある———もし、ピンポイントで狙われた場合………いや…狙われる以前に。こっちは〝甲纏〟を展開してんだ——————ありえない!!!』
リンダー・ガヤヌの考えとは裏腹にだが、燃えていることは事実であった。
絨毯や衣類、思いつく限り目についた物で左手を叩くが、炎は消えるどころか叩いた物へ引火するだけであった。
更に、何かないかと部屋中を見渡すと、壁に掛けられていた、マチェットに視線が向く。
『………クソっ!!やるしかねぇ———クソったれがああぁ!!!!』
男は全身に炎が燃え移る前に、自身の左腕をマチェットで切断した。
『〝これ〟を得る為に、どれだけのリスクを負ったことか』
床に転がる自身の左腕に視線を落とし、止血しながら心の中で呟く。
『一刻も早く———再びやられる前に〝術者〟を探さねば…!!』
激痛に苦しみながらも、リンダー・ガヤヌは対策する術を思考する。
少しでも身軽になる為〝スーツ〟は脱ぎ捨てる。どのみち、景色に溶け込む能力が使えなければ、これを着ている意味はない。
床に落ちている『射出光』を拾い状態を確かめる。あれだけ炎にあてられたにも関わらず、まだ『射出光』としての能力は失われていなかった。
つまり———俺に残った武器は、『射出光』のみ。
まだ見ぬ〝潜伏者〟が存在した可能性を考慮し、周囲の建物に向け、魔力探知を行うと同時に目視でも360度見渡すが———やはり敵影は無し。
———となれば、思い当たる節は一つ。
発火する直前、視線を向けた際に奇妙な行動をとっていた人物—————————〝X〟だ。
敵の潜伏する建物の四階から〝黒い炎〟が上がっている。
ラプトムルランは、それを確認する前に自身の〝能力〟が発動したことに気付いていた。
何故なら、左手で強く念じて握っていた衣服が〝黒い炎〟を上げ——————まばらに燃えていたからだ。
「———また、会ったな」
炎が意思を持つわけ無いが、微笑みながら思わず語りかけてしまった。
そう語りかけると、着ていた衣服をまばらに燃やして〝黒い炎〟は去っていった。
「………部分的にしか燃えなかったな」
自身の衣服を見てラプトムルランは呟いた。
ラプトムルランのその表情には、口角が上がり噛み締めるように笑みが溢れる。
これは能力が発動したことに対する安堵から来るものか、不確かだった自身の能力を我が物とした喜びによるものか———はたまた、そのどちらでも無く強敵に対して一矢報いたことによる情動なのか。
ラプトムルラン自身にも、この瞬間発生した不思議な感情の正体を知る由はなかった。




