遠離の森 終幕(下)『それぞれの認識』
「頭部を燃やせるのは、自分自身の〝炎〟以外あり得ない………その前提があるのは〝今豪戸〟の存在———はっ…!もしも、加護自体を無効化した可能性は…どうでしょう…?」
ワルドは思い付いた一つの可能性を提示する。
「ありえない話し……では無いのですが、遺骨となった状態でも〝今豪戸〟は残り続けてます……もしも、一時的に加護を無効化して、その後に加護が戻った……という可能性もゼロでは無いと言えますが———」
「加護は基本的に、剥がそうとしても剥がせないものです……加護保有者の身体に染み付いているもの。現に死後、遺骨になった状態でも健在です。それに、———『加護を無効化した』という話しは、私は聞いた事がありません。私が聞いた事が無いだけで、前例はあるのかも知れませんが」
クラヌキがサペールの話を引き継ぐように、スラスラと返答する。
「………犯人が対象に取ったものは、別にある…———いや、因果律を元に結果そのものを齎した…?………その場合、犯人は………」
依然として、下に転がる頭蓋骨に視線を落としながら、カルサはぶつぶつと呟いている。
あらゆる可能性を彼女なりに模索しているのだろう。
「……あ、あのう……犯人が、クトグアさんの能力を〝模倣〟して、クトグアさんに炎の能力を使ったら……燃えますか…?」
「………結論として言いますと……燃えません。チギさんの考察は私も考えたのですが、過去の出来事に似たようなことを考えて〝実験〟を行った人が〝法木天〟にも居まして……ハーキュリー・クトグア氏の『甲纏』は〝ケルベロス討伐戦〟以降、機能していないので、プロテクトが無い故に〝模倣〟は容易に行えましたが、模倣した能力をハーキュリー・クトグア氏に向けて行使したところ、呆気なく炎は掻き消されました」
質問をして来た、チギの考察は鋭いと感じるサペールであったが、過去に行われた〝実験〟の結果をチギに伝える。
「つまり、ハーキュリー・クトグアの炎を模倣しても『外敵からの炎』と認識される。ということですね」
「ええ、そうです………それと、『外敵からの炎を掻き消す』というのは我々の見解です。最初は、ハーキュリー・クトグア氏以外の〝炎の能力〟を掻き消すもの。という認識でしたが、先ほど語った〝実験〟の結果、〝外敵からの炎を掻き消す〟能力という結論に至った……という訳です」
クラヌキからの確認に、サペールは丁寧に誤りがないように返答する。
瞬間———カルサは、頭蓋骨に向けていた視線を、ハーキュリー・クトグアの身体、遺体の方へ切り替える。
「———〝奪った〟」
カルサが囁いた。
一連の話を聞いていて、カルサの中で〝なにか〟が脳裏をよぎる。
「犯人が、『能力を奪う能力』だった場合、クトグアの身体は燃えるんじゃないのか…?」
———確証は無い。だが、可能性は大いにある。
「〝模倣〟と〝奪う〟のは何が違うんですう…?」
「………もしも、本人から奪った能力で攻撃しても……それは、『外敵からの炎』に含まれるのでは…?」
〝模倣〟と〝奪う〟ことの何が違うのか、チギとワルドは理解できていない様子だ。
「〝今豪戸〟の前提となる〝認識〟が崩れるなら……あり得るのか…?」
カルサの意図に気付いたのか、サペールはそう呟き考え込んでいる。
「模倣とは、何だと思う」
カルサから、漠然とした質問が投げかけられる。
「連想される言葉は……写し、偽物、贋作…複製…と言ったところでしょうか」
特定の誰かに質問をした、という訳でも無さそうな為クラヌキが答える。
「そうだな、所詮は真似事に過ぎない。似せて作ったものであり、〝本物〟では無い。だが、奪う場合はどうだ?もしも、〝本物〟を奪えたら———」
「〝今豪戸〟は、『外敵からの炎を防ぐもの』では無く『ハーキュリー・クトグアの炎能力以外の〝炎〟を防ぐもの』と言いたいのですか」
カルサの発言中にも関わらず、クラヌキが口を挟む。
「人が喋っている時に、割り込んでくるな。………私が言いたい事は概ねそうだ。〝今豪戸〟が認識するのものが、本物か否かである場合、〝模倣〟では不可能でも『ハーキュリー・クトグア自身の所有する〝炎能力自体の所有権〟そのものを奪えた』場合、———『能力同士の〝認識に齟齬〟』が発生して、この説は通ると考えている」
ハーキュリー・クトグアの加護が『何を対象』にして効果を発揮するか、そこが焦点になるとカルサは考察する。
「でも、もし……そうだったら、誓約書での二回目の質問の『燃えた発火源は、ハーキュリー・クトグア自身の〝炎〟の能力』に対して『非』と出たのは、おかしくないですか…?」
「ワルド、君の質問はもっともだな。だからこそ、『誓約書』と『今豪戸』で〝認識に齟齬〟が発生していると考えている。誓約書の認識では、能力を奪った〝犯人〟に能力の所有権があり、その場合は能力を奪った〝犯人〟の炎能力であると認識する。そして———」
「加護である〝今豪戸〟の認識では、ハーキュリー・クトグアの炎能力の所有権は、能力を奪った〝犯人〟の所有物であると認識すれば、『加護保有者の炎能力以外を掻き消す』という〝今豪戸〟の加護を貫通してハーキュリー・クトグアを燃やす事ができる。と言ったところでしょうか?」
またしても、カルサの発言中にクラヌキが割って入る。
「———お前、わざとやってるだろ?………まあ、説明は合っている。これが正解とは限らないが、誓約書の返答と照らし合わせると、現状の可能性としては高い」
「他にも、『対象を別に取った』能力や、『結果そのものを与えた』可能性も考えられるが———」
突然、背後を振り向きカルサは遠くに視線を向ける。
「———サペール!!!」
瞬間、カルサの怒号が響く。それに驚いたのか、チギはギョッとした顔で、ワルドの後ろに素早く隠れる。
「———皆さん、結界が破られます…!!〝遠離の森〟での検視は終了します!皆さん…問題無ければ同意をお願いします!!」
サペールの言葉とともに、辺りに展開されていた結界が崩壊を始める。
結界が完全に崩壊し切る前に、術者であるサペールを除く四人の同意を得て、検視は終わりを迎え〝誓約書〟の効力が抹消される。




