生きる理由
上空に舞い上がったであろう、砂嵐が轟々と音を立て脳裏に入り込む。
最初は雑音———のように思えたが、今では聴き心地の良いものだ。
この優しくもあり力強い風は、ミダが声援を送っているのだろうか。ふと、そんな風に思いを馳せる。
負傷した腹部を軽く手で押さえながら、深く考え込む。
現状を切り抜けるんだ———俺は再び、決意を固めた。
———時間は限られている。だが、現状を打破する為にも一旦状況を整理なくては。
まず、現状把握だ。一番に関心を惹かれるもの、屋上に浮遊していた『三角形の鏡』の正体はなんだ?
能力自体は『赫鞭』によるものだろう。———では、存在理由はなんだ…?
鏡を介して攻撃された感じでは無い。俺が攻撃された箇所は、鏡に反射していた箇所とは違う………他の浮遊する鏡に写っていた?
クソっ!!———そんなとこまで確認出来てない!!
鏡は敵の場所を確認する役目———今ある情報では、これくらいしか想像できない。
次に俺の状況だが、最悪の二歩手前ってとこか。
止血もして、ある程度の距離であれば移動も可能だが、素早く走るのには無理がある。
最後に奴の居場所だ。
ここから十数メートル離れた廃墟街の何処かに奴は居ると思われる。
『赫鞭』の居ない、この建物ですら俺はこの有様だ。
奴が陣取る廃墟街は更にトラップが仕掛けられているかもしれない。そんな場所に足を踏み入れるのは危険だ。
現状をまとめると、ここから廃墟街に踏み込むのはリスクが高すぎる。
それに俺の身体状態的にも、『赫鞭』の攻撃を掻い潜り、廃墟街に潜む奴を見つけ出すのは難しい。
俺は情報を整理し現状を踏まえる。そこから導き出される最善策は〝俺の能力〟を使い———『ここから奴を攻撃する』
ふと頭に浮かんだ、俺の優位性———それは〝能力〟。
唯一俺の所有する『赫鞭』の知らない手札。
だが、俺の能力は不確定要素が多い。まず能力自体が不発に終わるかもしれない。能力の中身は、あくまでミダが予想したものだ。土壇場で発動できる保証もない。
それに気がかりなのは『赫鞭』の現状だ。
奴の居る方向は特定できていると言えるが、詳細な居場所までは不明だ。それに〝この距離〟だ。十数メートル離れている。
更に奴は恐らく『透明化』している。当初の予定では透明化解除後に、『赫鞭』の姿を視認した後〝奴に向けて能力を使用する〟手筈だった。
それに加え潜伏しているであろう、詳細な居場所は分からない。〝廃墟街のどこか〟という、ざっくりとした情報しか得られていない。
俺は今から〝透明状態〟の〝距離の離れた〟〝現在地不明〟な人物に対して能力を発動しようとしているが、そんな事は可能なのか?
と言うより、現状で打てる手は———
「———それしかない……」
作戦決行前に覚悟は決めていたつもりだが、ここまでの逆境に立たされるとは想像もしていなかったが———今の俺にもう迷いはない。
少しでも成功確率を上げる為にも、奴の居場所を更に絞る必要がある。
今のままでは〝奴の潜伏場所は廃墟街〟という広い範囲しか特定できていない。これでは大雑把すぎる。
もっと能力発動時の精度を高める為にも、範囲を狭めなければ。
もう一度『赫鞭』に攻撃させて、そのタイミングで魔力探知を行うリスクは高いが———特定手段はこれしかない。
潜伏方向が廃墟街としぼれている為、今度は廃墟街に向けて、常時魔力探知を行い索敵する。そうすれば、だいたいの潜伏場所は特定できる。
だが、これにはリスクがある———俺は奴の攻撃を受けると考えていいだろう。
それが何処の箇所かは、その時にならなければ分からない。
『赫鞭』にとっても二撃目ともなれば、居場所が特定されるリスクを孕んだ状態で攻撃しなければならない。
二撃目で仕留め損ねれば、敵が迎撃に動くと見越して確実に息の根を止めにくるだろう。
つまり致命傷ではなく、即死できる箇所を狙って攻撃してくると思われる。
———頭か心臓の二択。それを予測したところで、『赫鞭』の攻撃速度に合わせて回避する事は叶わないだろうが、一応頭に入れておく。
すなわち、俺は『奴の攻撃を受ける前提』で作戦を組む。
攻撃を受けた直後は、まだ意識があるだろう。その刹那に『赫鞭』に向け〝能力〟を使う!!
そうすれば、そのまま仕留め切れるかもしれないし、『赫鞭』に対して能力自体を発動できれば、仕留め損なっても奴自身の戦闘力はかなり削られる。その後はシェインとミダがやってくれるだろう。
———よくて相打ち。悪ければ能力不発で犬死にだ。
そうと決まれば、また屋上に昇らなければ。近くの衣装棚に手をかけ腰を上げると、とある物が視線に入り込む。
それは二メートルほどの大きさの〝姿見〟———つまり〝鏡〟だ。
姿見に写る自身を見つめながら、少し考え込み〝鏡〟について思案する。それをやる必要があるのかと。
俺は結論を出す———少しでも生還する確率を上げる為にも、やっておくべきか。
生きて帰れるかもしれない。それが頭の中をよぎると、シェインとミダの顔が浮かんでくる。
「———生きて帰りたい」
———それは自然と出た言葉。
昨日の夜は家族を失い〝死んでも構わない〟という気持ちになっていたが、シェインとミダに出逢い、生きる理由とも呼べるような感情を再び抱いている。
生きる理由をくれた———俺の生きる〝みちしるべ〟となってくれた二人にまた会いたい。
思いが、想いを喰っていく———気持ちが、感情が昂る。
「そうだ……また、会うんだ……シェインと……ミダに!!」
———『生きて帰ること』俺の作戦達成目標に新たに〝これ〟が追加される。
昂る感情に呼応するように、身体が熱をもつ。
———熱い、この熱はなんだ?身体から発せられる熱さを越えている気がする。
腹部の傷口付近に手を当てるが、熱の発生源はここじゃない。もう少し上———胸を手で押さえると熱い。此処が発生源か———熱は感じるが、其処よりも強く熱を発している箇所に気付く。身体全体に行き渡っている根源———それは背中だ。
手を背中まで回して熱を確認する。かなり熱い、火傷するような熱さだが、手に焼けたような異常は見られない。
今から重要な局面に相対す、というのに———変化がないか『赫鞭』の潜伏する廃墟街に向け、魔力探知を行う。
魔力探知には、やはり人物は引っかからない。索敵を終えようと魔力探知を切る直前、奇妙な感覚に襲われる。
この感覚———〝いつもと違う〟!?
俺は確認の為、再び魔力探知を行う。
———やっぱり、そうだ…!!
この現象はもう一つの能力のようなものか?それとも能力による副産物か?
原因は不明だが、今は縋れるものは一つでも多いに越したことはない。
———熱を持っている間のみ〝これ〟が発動しているのであれば、これが切れる前に行動しなければ。
逸る気持ちを抑えながら姿見を割り、準備を進める。
対『赫鞭』用に準備を終えて、屋上へ昇ろうとするが中々、最初のようには行かない。
家内にある椅子を二つ、積み木のように積み重ねて慎重にその上に登る。落ち着いて屋上の縁に手をかけ、腹部の痛みを堪えながらよじ登る。
そうして俺は屋上に到達し———再び『赫鞭』の視界の前に姿を現す。




