銀メッキ①
シェインが〝認識阻害の術〟を使用した後、俺達は移動速度を徒歩から走りに変えて、5分は経っただろうか。
小国密集地帯特有の、茶色い地面に茶色い建物が並んでいる。〝カーテボ〟と違い〝サルテボ〟は道が入り組んでいる。
移動するルートも真っ直ぐ、決まった方角に進むのではなく、人通りのある建造物の間を抜けながら進んでいるので、〝カーテボ〟の時に比べて、人を避けて移動する必要があるので、精神面での消耗が激しい気がする。
そんな状況もあり、身体強化を施して移動しているにも関わらず、俺達は後方に居るであろう尾行者の追跡を振り切れないでいた。
「まだ追いかけて来てますね。速度を上げますか?」
ミダは移動速度を上げようと提案するが、これ以上、速度を上げてしまうと俺のペース配分が崩れてしまう可能性がある。
それに、ここから先どういう道のりになるか、俺には分からない。
平坦な道や下り坂なら問題無いが、上り坂が続く様なら出来るだけ体力を温存したい。
「今〝サルテボ〟に居るとは言え、小国密集地帯を抜けるまで、総合で半分くらいの距離が残っとるから、ここで無理はできんのう。それに〝やつ〟は、儂の能力の範囲外ギリギリをキープしたまま着いて来とる。これは、恐らくまだ余力を残しとるという事じゃな」
シェインは、今以上に速度を上げる事へは反対のようだ。
俺としてはありがたいが、追っ手にこのまま着いて来られる事への、不安要素を排除したいミダの考えも分かる。
「それなら…!!敢えて、急に止まって〝術の効果範囲〟に入れるのは…どうですか?相手が範囲外ギリギリの距離を保って追跡しているなら、誘い込めると思います」
「ダメじゃ。相手の素性が知れん状態で接近はできん」
シェインの考えは依然として変わらないようだ。
『もしも』を想定するなら、接敵しないのが最も安全だが、ミダがシェインに反発してまで、尾行者を排除したい理由はなんだ?
次の瞬間———俺の思考を遮るように、背後から気配が途絶える。
「待つんじゃ!!ミダ!!」
シェインの怒号が鳴り響く。
俺は足を止め後ろを振り向くが、目視できる場所にミダは居ない。
「ラプト、ミダは尾行者が儂の術の範囲内に入った瞬間、敵の迎撃に行ったんじゃ」
シェインはすぐさま、振り向き土まみれの大地を力強く踏み進む。シェインに続くように、俺もその後に続く。
「敵はギリギリを追跡してたんじゃ……?偶然入ったってこと?」
何故だ?ギリギリをキープしていたが、距離を見誤ったのか?
いや、そうじゃない———シェインの能力を把握している程の手練れだとすれば、そんなミスは考えにくい。
だとすれば、ミダは———
「———誘い出されたのか」
思わず心の声が溢れていた。
「儂も、その可能性が高いと思っとる」
術の効果範囲が半径100メートルと言えど、俺とシェインはミダが離れた後も、少し前進してしまっていたが、ミダの姿を見失うほどの距離は離れていないはず。
それにしても、どこもかしこも茶色い風景に茶色い建物ばかりで、目が慣れて来たと言えど小国密集地帯は奇妙な場所だ。
シェインは自身の杖の柄を外した。その外した柄の先は銀色に輝く鮮やかな刃を覗かせる。
知識としては知っている———これは〝仕込み刀〟だ。
辺りを見渡しながら移動していると、『キンッ』『カキンッ』という金属が接触する音が聴こえる。
「シェイン……この音は……」
シェインと目配せをして、音の発生源へと近づくと、土作りの建物の影で敵と思しき人物と交戦状態にあるミダを発見した。
やはり、それほど遠くへは離れていなかった。
ミダと交戦している相手は、中肉中背…フードを被っているが、骨格から見て恐らく男だろう。
その者は筋骨隆々というわけでも無いが、使用している得物は長剣〝ロングソード〟だ。
それに対して、ミダは短剣の二刀流で応戦している。相手の衣服に斬り傷がついた為か、ところどころ衣服に斬り傷のようなものが見られる。
俺は即座に、交戦している場所へと駆け付けようとしたが———シェインが俺の腕を掴み静止する。
シェインの様子がおかしい。彼は身体をぐるりと回して四方を観察した後、空を見上げて目を細めている。
ミダも〝認識阻害の術〟の効果範囲内で敵を制圧したいはず………いや、そうじゃない……!!
もう既に100メートル圏内まで近づいているはず———なのに、『ミダは交戦している』ということは、シェインの〝認識阻害の術〟が機能していない…!?
ミダが俺たちに気づいて、何かを伝えようとしているが声が聞こえない。敵と交戦中にも関わらず、口を大きく開けて叫ぶような格好だが、ミダが何を伝えようとしているか、俺には分からない。
「———レプリカ」
シェインの小さな呟きだが、俺はそれを聞き逃さなかった。
その言葉の意味を考える間もなく、瞬間———俺の視界が歪む。正しくは、ほぼ90度左側へと視界が回転される。
何故?俺は直ぐに理解する。視界が回転した原因は、俺の身体が左方向へと突き飛ばされれていた為だ。
何故、突き飛ばされた?
俺の身体を突き飛ばした腕を視界の端に捉える。———その腕は、シェインの〝もの〟だった。
そう、それは数秒前までシェインの〝左腕だった〟ものだ。
突き出されたシェインの左腕へ視線を辿ると、二の腕の辺りで数センチの〝空白〟があり、その空白を跨いだ先に、シェインの二の腕から身体へと繋がっている。
つまり、シェインの左腕は〝切断〟されていた。
刹那———1秒にも満たない時間が経ち、シェインの切断された二の腕から勢いよく血潮が噴き出て、俺の身体へ鮮血が降り注ぐ。
視界が赤く染まる中で、小さな違和感を感じる。これまで見て来た中での〝小さな風景の変化〟———小国密集地帯の地面の一部が、線を引いた様に煙が上がり、焦げている様に見える。
通常の小国密集地帯の茶色い地面とは違い、黒に近い茶色だ。
さっきまで、俺とシェインが立っていたであろう位置に、焦げ茶色の線が引かれている。
「あやつらの狙いは儂じゃ!!ラプト…ミダの方へ逃げるんじゃ…!!」
シェインの声で我に帰る。ミダの方へ!?ミダは交戦中なのに……………そうか!!敵は後ろからシェインを攻撃して来たのか…!?
「わ、わかった!!」
敵の正体が気になり、俺は一瞬後方を確認するが———敵は視認できなかった。
「後ろを見てはならん!!」
シェインは苦悶の表情で、体当たりをする様に更に俺の身体を遠くへと突き放す。
「ミダの方へ真っ直ぐ進むんじゃ…!!」
先程まで俺の居た場所の地面に、焦げ茶色の線が引かれている。
おそらく———これは、敵の〝攻撃〟だ。
「シェイン……!!わかった!!」
立ち上がり、前屈みの体勢になりミダの方へと、力強く足を踏み込む。
何が起こっているか理解出来ないが、このまま留まっても俺は敵の標的になるだけだ。
だが、妙だ。シェインは敵の狙いは、シェイン自身だと言ったが、攻撃の狙いがおかしい。
初撃目もそうだが、敵の標準は明らかに俺に向けられていた。
だんだんと交戦しているミダに近づいて行くと、俺に気づいたミダが目配せをしている?
いや、視線が俺を捉えていない。俺では無く、もっと後方に対して…………ミダは何かをしようとしている…?
交戦している場所へ、後5メートルを切ったであろう地点に足を踏み入れた瞬間———刃がぶつかり合う金属音以外、ミダと対峙している敵の声が聞こえる。
「———ン・テリーズは、虫の息だろう。あと少しで息の根が止まるだろう」
「先生は死なないわよ。」
俺の表情を見て、ミダは状況の変化を読んだのか大声で叫ぶ。
「先生…!!!今です!!」
「は!?」
ミダの交戦相手は、俺の方へ振り向かないにしろ、思わず気を取られてしまう。
もちろん、そんな訳はなくシェインは俺の遥か後方に居る。
絶対にありえないであろう状況でも、その可能性を示唆されれば、人は思わず反応してしまうものだ。
敵の油断、一瞬の隙を見逃さず———ミダは自身のダガーを敵の足の甲と地面を固定する様に、勢いよく貫く。
相手が狼狽している内に、ミダが俺の手を強引に引き寄せる。なんとかミダと合流できた。
「………ここから離れるよ。後ろを着いて来て」
俺はこのまま追撃を行うと思ったが、ミダが俺の手を引き、耳元でそう囁く。
敵は得物を構えている、臨戦体勢だ。長剣———ロングソードと言えど間合いは限られている。
敵の足はダガーにより、縫い止められているのでロングソードの間合いだろうと、俺たちに攻撃が届く事は無い。
敵は自身の足と地面を貫くダガーを抜く素振りは見せない。隙を見せるのは不利だと考えているのだろうか。
そんな敵の思考を読んでか、ミダは交戦を継続する素振りを見せている。
突然、敵の腹部から刃物が飛び出して来た。その刃渡は80センチ程だ。
敵の能力かと錯覚したが、直ぐにそうでは無い事に気づく。
刃の刺さる腹部から、じんわりと血が滴り落ちる。
腹部に刺さっている刃は見覚えがある。これはシェインの〝仕込み刀〟だ。
遠く———遥か後方から、シェインは自身の仕込み刀を、ここまで飛ばしたのだろう。
シェイン自身の膂力か、もしくは物体を遠隔操作する類の〝能力〟かは分からないが、左腕を失った状態で、俺とミダの交戦地帯まで後方支援を行う、シェインの精神性はとてつもないものだ。
「今!!!」
ミダは、そう叫ぶと咄嗟に駆け出した。事前に聞いていた通りに、俺はミダの後ろを必死で追いかける。
これで戦線からは離脱出来るだろう。だが、シェインは無事だろうか。
シェインの無事を願いながら、遠くへ、遠くへ、と俺は命懸けで駆け抜けた。




