遠離の森⑦
カルサは思考を落とす。火災が目的の場合———犯人が得る利益は何だ?
此処には何があった?〝遠離の森〟には———〝精霊〟が居る。いや、正確には〝居た〟ということか?今、精霊はどうなっている?もしも、本命が精霊の捕縛、もしくは精霊の殺害の場合……カモフラージュでクトグアは殺されたということだろうか?
考えれば考える程に、思考が鈍くなる。
これは、魔力を帯びた煙が立ち込める、この場所故に自分の中での考えがまとまらないのだろうか?
いずれにせよ、この場所に長居をするのは健康面でも精神的にもよくない。早く検視を切り上げたいが、カナリス陣営が絡んでいる故にそう簡単にはいかないだろう。
「少し脱線しましたが、本題に入ります。私がこの場へ到着するまでに、発見したものは〝これ〟にストックしています」
そう呟くとクラヌキは懐から小さなサイコロのような物体を3つ取り出した。3つ合わせても片手に収まるサイズだ。クラヌキは続けて、サイコロを握った状態で片手を掲げて振り下ろした。手に握っていたサイコロを、3つ同時に地面へと叩きつける形となった。
「私がこの場へ到着するまでに、発見したものは———この3つで全てです。これらを発見した後、周辺を調べましたが他にこれらと〝同じもの〟や、セットとなる体は見つけられませんでした。」
「———これは!?いったい…どういう………」
ワルドは動揺を隠しきれなかった。何故ならサイコロを叩きつけた地面である、クラヌキの足元から———3つの遺骨が現れた。
しかも、これは遺骨であるが———3つとも〝人間の頭部の遺骨〟であった。
「頭部が3つ……ですか。ここら辺に民家などありましたかね…?そもそも、遠離の森周辺はマナ濃度が高く、人が住めるような環境ではないはず。そうなると…クトグア氏に同行していた〝銅〟もしくは〝青銅〟か?」
「わ、わわ!!?あ、あた頭が3つ!?」
サペールは頭部の持ち主について分析するが、チギは今にもその場に、倒れてしまいそうなくらい混乱していた。
「チギ、落ち着きなさい」
ワルドがチギの両肩に優しく手をかけて嗜める。
しかし、チギはそれでも落ち着かない様子だ。
「そうきたか。状況がさらに変わったな……サペール、3つの頭部を検視しろ。この中の一つに〝今豪戸〟が無いか調べろ。僅かな加護の残穢も見逃すな」
「……!?………わかりました。もちろん検視はしますが、クトグア氏の頭部と断定できる可能性は、かなり低いかと思います………」
そう唱える理由は、ハーキュリー・クトグアの頭部と断定するには、完全に肉が無く遺骨となっている為、首の切断面から特定するのは難しいからだ。
そもそも、遺骨になるまで燃えているとすれば、燃えない加護である〝今豪戸〟の残穢が遺骨に残っている可能性は、ゼロと言っても過言ではないからだ。
「可能性は低くていい。言われなくてもそんなことは分かってる」
頭部について検視を始めたサペールを横目に、カルサはそう呟いた。
「今……なにが起こっているのか、理解できてないですう」
「クラヌキさんが出した、3つの頭部についてサペールさんが検視をしています。この3つの内のどれか一つが、ここに横たわっている遺体……ハーキュリー・クトグア氏のものであるか、調べているんですが……少し前にチギも目撃したように、ハーキュリー・クトグア氏の首だった場合、そもそも遺骨になっている事に疑問が残ります。何故なら———彼は加護によって〝燃えない〟はずなのに遺骨になっている、という矛盾が生じます」
「な、なるほどですう。ワルドさん、説明ありがとうございますう!」
ペコリと頭を下げてお辞儀をした。
背丈も相まって、時々この2人は姉弟のように見える。
「まったくもって構いません。それよりも……さっき話したように、もし遺骨に加護の残穢が残っていなかったら、ハーキュリー・クトグア氏の頭部と断定することは難しいでしょう……」
「それは、つまり……検視する理由は無いということですう?」
結果が分かっているのであれば、わざわざ調べる必要は無いと考え、ワルドへ疑問を投げかけた。
「私もそう思いましたよ。でも、カルサさんがサペールさんに検視をお願いしたのは………私たちの知らない〝もしも〟があるのかもしれません」
ワルドも疑問に思う。この環境下で、時間をかけてまで調べる理由はあるのだろうか?カナリス陣営では知り得ない方法で、本人かどうかを識別することができるのだろうか。
「そんな………ありえない……」
そう呟いたサペールの表情は曇っていた。まるで目の前の頭部が、自身の肉親であったかのように愕然としていた。
「サペールさん……大丈夫ですう…!?」
チギは心配になり、自信が先程ワルドにしてもらったように、サペールの肩へと手を当てて顔を覗き込んだが、その顔からは冷や汗が流れているのが分かった。
「この…………3つ頭部について、検視をしました。その内の2つの頭部から、僅かに腐敗遅効の魔術の痕跡を確認しました」
「腐敗遅効の魔術ですか…?なるほど……殺害後、意図的に頭部を胴体から切り離した可能性が高いですね」
「きーぶ、ってなんでしょう?」
サペールとクラヌキが話している横で、チギの頭の上には、クエスチョンマークが浮かんでいる。
「腐敗遅効の魔術、物の腐敗を遅らせる魔術です。対象の物体に対して、時間の進みを緩やかにします。主に、生物以外なら何にでも使えます………つまり、この魔術は〝もの〟に対してのみ有効という事です」
ワルドが丁寧に、腐敗遅効の魔術がどういうものか説明する。
「ワルドさん、ありがとうございます!………なんで、頭部の遺骨にキーブをかけているんでしょう?」
「おそらく、〝遺骨〟に腐敗遅効の魔術を掛けたのではなく、〝遺骨になる前〟に腐敗遅効の魔術を施したのではないでしょうか?」
ワルドは、チギの疑問に回答する。
だが、チギはさらに混乱した様子だ。
「まず、腐敗遅効の魔術を使用するという事は、〝腐敗させたくない物〟に対して使うという事になります。遺骨の腐敗は著しく無いので、必然的に〝遺骨になる前〟の皮膚や肉の付いていた状態に、腐敗遅効の魔術を使用したと考えるのが妥当かと思われます」
クラヌキがワルドの説明を補足する。
「お二人とも、ご説明ありがとうございます!!そうなると…頭部にキーブを使った理由が気になりますう。誰が、なんの目的でキーブを頭部に使ったんでしょう?」
「〝記憶〟だよ」
「〝記憶〟だと思います」
ほぼ同時に、カルサとクラヌキが答える。
「腐敗遅効の魔術を〝人間の頭部〟に使う理由はそれ以外ない、と言ってもいいほどだ。対象の人物を殺害した後に、首を切断して頭と胴体を離し、頭部にのみ腐敗遅効の魔術を行使する、実に効率的だ。腐敗遅効の魔術なら、死後だろうと人間の脳を新鮮な状態に保てる。その後〝脳〟から記憶を読み取れる〝能力者〟に頭部を引き渡して、情報を得ること———これが犯人の目的だろう」
頭部に腐敗遅効の魔術を使用する目的は、それ以外に考えられない。カルサの意見に同意するように、クラヌキとサペールは小さく頷く。
「記憶を読み取る……そんなことをする人がいるんですう?」
その問いかけには、カルサを含めて全員が目を伏せて沈黙する。この静けさがチギへの返答となる。
チギは、腐敗遅効の魔術を使用した犯人の目的を想像したのか、顔色が悪くなっていく。
ワルドは無言でチギの背中をさすり、動揺を落ち着かせようとするが、チギの表情はますます青ざめていく。
「2つの頭部については以上です。そして……最後の頭部ですが、検視の結果———〝今豪戸〟の残穢を確認しました」
その場に居た人物、時間———空間そのものが凍りついたように、一瞬全員の思考が固まった。
サペールとチギを除く、全員が最悪の状況を考えていたが〝それについて〟思考を向けようとしなかった。
遠離の森で〝頭の無い胴体〟が発見され、その後三つの頭蓋骨が現場へと姿を現した場合、必ず思考が向く、それは———『この三つの頭蓋骨のうち一つが、ハーキュリー・クトグアのものでは無いか?』という考えが必然的に頭に浮かぶ。
「イ、イゴウドって……たしか」
チギは僅かに視線をワルドへと向ける。
「間違いないのでしょうか?その頭部は、つまり………〝ハーキュリー・クトグア氏〟の〝頭部〟ということでしょうか?」
チギの視線を受け取り、ワルドがサペールへ質問を投げかける。
「ええ、〝今豪戸〟が確認できた以上、そう考えられます」
「しかし、クトグア氏と思われる頭部は〝遺骨〟になっていますね。加護は健在なんでしょうか?」
サペールの返答を受け、クラヌキが疑問を呈す。
クラヌキの手の平に〝青い炎〟が宿る。
ハーキュリー・クトグアの胴体で試したように、今度は頭部へと手を近づける。
やはり、クラヌキの炎は頭部まであと数センチの距離で、いとも簡単にかき消された。
「ほう、胴体と離れて加護が消えた、というわけでは無いのか……一応、私も試そうか」
カルサはライターを取り出し、クトグアの遺骨である頭部へとライターの火を近づけるが、これも頭部まで、あと少しの距離でライターの火が消化する。
「検視では、残穢しか確認できませんでしたが…………〝今豪戸〟は健在。つまり、この頭部はハーキュリー・クトグアで間違いないと言えます」
新たなる謎が生まれる。何故、〝燃えない加護〟の所有者、ハーキュリー・クトグアの頭部が遺骨で発見されたのだろうか。
その真実を知るであろう、ハーキュリー・クトグア———彼がこの世に居ないことだけが、確かな事実として残った。




