遠離の森②
「まずは遺体の場所について、カナリス所属のお三方にお聞きします。現在、遺体のある場所〝ここ〟から動かしてはいませんか?」
サペールの視線は、カナリスの3人へと向けられていた。
その発言の意図は、遺体の置かれている場所が異様だったからである。離地の森は昨夜の火災で半分以上が燃えたにも関わらず、遺体の置かれている場所を縁取るように、その部分だけ草が青々と茂っていたからだ。この場所も地面から“魔力を帯びた煙“が漂っているが———そんな中でも、はっきりと分かるほど草が生えていた。
まるで、その遺体だけ〝火災などありもしなかった〟かのように、そこに存在していたからだ。
「はい、我々は動かしてはいません」
それに応えるように、質問についてはクラヌキが回答する。クラヌキが答えた後に、チギはうんうんと頷く。
「『我々は』……ですか。つまり、あなた方以外の人は動かした…ということでしょうか?……それとも……」
クラヌキの含みのある言い方に、サペールは引っ掛かりを覚える。
「無駄な心理戦はやめてくれないか?時間が経てば遺体の状態も変わってくる。検視をする上でお前のような奴はノイズだ」
サペールが全てを語る前に、その言葉を遮ったのはカルサだった。そう言い放つとともにカルサの視線はクラヌキへと向けられていた。
「ノイズ……ですか。先程のサペール殿の誓約書に同意したため、間違いが無いように正確に回答しているのですが、お気に障りましたか?」
あくまでもクラヌキは、虚偽の言動に該当しないように答えたまで、という態度だった。
「私がノイズと言ったのは、お前が言った“我々は“という文が余計だからだ。お前含めたカナリスの3人に聞いているのに、お前が3人分まとめて回答すること自体が“なにか“を隠そうとしているように見えるんだよ」
カルサはカナリス陣営が虚偽の言動を回避するために、クラヌキだけに返答させた可能性を感じとる。
クラヌキが遺体を動かしておらずとも、先程の質問に対してワルドとチギは何も返答していないことから、ワルドとチギの両名が遺体を動かしていないとは限らないためだ。
チギは頷いてはいたが、それは誓約書の〝虚偽の言動〟には該当しないため、ペナルティは課されない。
つまり、ルールの裏を突いているようなものだ、その行動を意図して行っていないにしても、カルサは気に入らなかった。
「ごめんなさい!そういう意図はなかったんです。次からはちゃんと返答するので、ごめんなさい!」
「申し訳ありません。こういう場に立ち会うのは慣れてなくて……私も質問に対して返答します」
チギとワルドはカルサへと頭を下げ謝罪した。
「私の返答の仕方が間違っていました。以後、気をつけます」
クラヌキも反省の言葉を口にしたが、相変わらず感情の無い言葉だった。
あくまでも慣れてなく経験不足から…ということか。カルサはワルドとチギに対しては、そういう感情を抱いたが、クラヌキに対しての疑念は払拭できなかった。
「もういい。次からは気をつけろ。サペール、お前もクラヌキを警戒し過ぎだ。偏った目では重要なものを見落とすかもしれんぞ」
「……警戒してたつもりは無いのですが…そう見えましたか。少し気を張りすぎていたかもしれません、リラックスします」
そう呟くとサペールは深呼吸をしながら、両手を肩の高さまで広げて手首をぶらぶらさせた。軽く体操でもしているようだった。
クラヌキを警戒していない、というのは嘘だ。クラヌキの所作や立ち振る舞いから、相当な手練れであることは間違いない。能力ありならサペールに分があるが、索敵後に結界を使用している今では本来の力は発揮できない。つまり、能力抜きで交戦すればサペールでは分が悪いということだ。
武力行使を警戒する理由———それは、今回の誓約書に〝武力行使の禁止〟は盛り込めなかったからだ。これは、互いに信用しているから記載しなかったのではなく、それを含めていたら誓約書を制作する期間が延びてしまい、この時間まで間に合わなかったためだ。
貴方という人は———相変わらず人が悪いですね。
サペールは心の中でカルサへ、そう呟いた。
サペールの心情を分かっていて、カルサは敢えてサペールがクラヌキを警戒していることを口にした。そうすることで、『お前が腕の立つことは分かっている、こちらは警戒しているぞ』というクラヌキへの警告になるからだ。
「リラックスもしたことだし、検視を再開しますか。もう一度お聞きします、御三方それぞれへの質問です。この遺体を、この場所から動かしていませんか?」
サペールは再び3人へ視線を戻し、それぞれ質問へ返答するように促した。




