遠離の森①
2月19日午前9時10分。
「…………サペール、被害はどれくらいだ?」
馬車に揺られながら、金髪の女性カルサは額に手を当て疲労感を露わにし、隣に座るやや細身の男性に、現在向かっている現場の状況を尋ねた。
「被害ですが…カナリスの対応が迅速でした。その為、広範囲に渡って被害が出る前にカナリス側で消火活動を行ってくれたので火災による被害は、バトメとカナリスの空白地帯で収まってくれたので最小限に被害を収めたと思います」
サペールは、あくまでも最小限に被害を収めたと言う見解を述べた。
「森の半分以上が焼けたにも関わらず、〝最小限〟か。相変わらずだが、お前の被害スケールの大小は私とは合わないな。」
「カナリスの対応の速さを考えれば、被害はかなり小さいかと思いました。最悪のケースは森の火災がバトメ、カナリス両国の国土へと燃え移ることかと……それに比べれば、森の中で火災が収まったのは幸いでは?」
そんな会話をしていると、二人を乗せた馬車は被害の出た現場、バトメとカナリスの国境、空白地帯である森に近づいて来た。
「………っ!!話には聞いてましたが…なかなかに酷いものですね」
「あぁ、サペール。鈍感なお前でも感じ取れるくらいにコレは酷いな」
炎は完全に鎮火しているが、煙は未だに燻っていた———その煙は〝魔力〟を帯びた状態で。
魔力を帯びた煙。それは、消火にあたったカナリスの兵士からの伝令で聞いていた。
この煙に加えて、もう一つ……カナリスの兵士から聞いていることがある。どちらかと言えば、〝そっち〟の方が重要事項だ。
二人を乗せた馬車はさらに森の中へと進み、横たわる物体を囲む3人の人影が見えた。だんだんと近づくと、その人物達の様相が明らかになる。格好からして、おそらくカナリスの兵士だ。そして、その表情は怪訝な顔をしていた。
「サンウェナス法木天所属のカルサ•アズライトゴハスだ。」
「同じく法木天所属のサペール•アズライトゴハスです。」
彼女らは自らの身分を明かした。二人の胸元に着いている太陽の形を模したブローチが、彼女らの所属と身分を保証していた。
「ご丁寧にありがとうございます。貴方がたの所属は分かりました。私はカナリス防衛機関、国境警備隊のワドルです」
ワドルと名乗る女性は、深々と頭を下げながら答えた。
「私も同じく国境警備隊のチギと申します」
そう名乗るは、青い髪の小柄な少年だ。昨今のカナリスの情勢的に少年兵とは珍しい。それとも、若く見えるだけだろうか。
「私は国境警備では無いが、防衛機関所属のクラヌキといいます。こちらは貴方がたのように、身分を証明する物を持ち合わせていないので……どうか、この制服でカナリス所属のものであると保証していただきたい。」
白髪の男クラヌキは自らの衣服である、軍服の裾を右手でヒラヒラとなびかせながら、カルサとサペールの方へ視線を送る。
「ああ、それは構わないが……クラヌキと言ったな、君は防衛機関だが国境警備では無いのなら何処の所属だ?」
カルサは情報を引き出そうと、クラヌキへ探りを入れる。
「防衛機関、とだけ答えておきます。これ以上の回答が必要であれば、カナリス防衛機関の上層部へ直接問うことを推奨いたします。それでも、上層部から返答をいただくまで時間を要するでしょうから、返答が来るまでは私はこの場を離れていましょう」
こういう時のマニュアルでもあるかのような返答だな。自分の口で身分を語れないようだが、その行動が身分を明かしているようなものだ。これは、クラヌキも分かってやっているな。
「いや、それはいい、失礼した。検視に同席して構わない。」
「ありがとうございます」
クラヌキは口元だけを動かして、カルサへお礼を述べた。無表情……機械のような男だ。カルサはクラヌキに対して、そんな印象を残した。
「では……早速ではありますが、この遺体について検視をお願いいたします」
ワルドは、足元に横たわる“頭部の無い“遺体に視線を送り、次にカルサとサペールへと視線を移した。
「検視は私が行います…が、検視をする前に周囲の索敵を行い、不審な影が無ければ人避けの結界を張ります。御三方よろしいでしょうか?」
サペールは、ワルド、チギ、クラヌキを順に見て同意を促した。
「結界を張っても構いません」
「私もクラヌキさん同様、構いません」
「お二人に同意です!」
クラヌキ、ワルド、チギの順にサペールへ返答した。
「ありがとうございます。索敵は終わったので、今から結界を張ります。範囲は索敵を行った、私を中心とした半径約200メートルとなります」
「えっ!?もうサーチ終わったのですか!?」
チギは驚きのあまり、思わず声に出してサペールへと、勢いよくふり返り視線を向けてしまう。
「ほう…それはなんとも……この異様な煙の中で、200メートルもの広範囲の魔力探知……それが可能なのですね」
クラヌキはサペールの結界範囲よりも索敵能力の高さに関心を寄せる。
「えぇ…半径200メートル程の索敵なので、そこまで時間はかかりません。魔力の煙があるとはいえ場所が森という条件もあり、街中と比べると短時間で終わります」
クラヌキが魔力探知による索敵について、興味を示したことにサペールは違和感を持つ。それは、まるで自身もこの状況下で、魔力探知を試みた事があるような言い回しに聞こえた。
順当に考えれば、向かう先がバトメとカナリスの空白地帯である為、行く先で何が待ち構えているか分からない状況下で、索敵を行いながら進むのは普通、寧ろしない方がおかしいくらいだ。
サペールは周囲を見渡すふりをして、僅かに首をカルサの方へ向ける……すると、彼女は少し目を細めていた。どうやら、同様の違和感をカルサも感じ取っている様子だった。
「そうなのですね……サーチが一瞬だったので驚きました!それに、200メートルの結界もすごいですね!」
「ゴホン!……チギ、サペールさんの邪魔をしてはいけません」
ワルドは咳払いをしてチギを嗜める。
「わわわ!サペールさん、ワルドさんごめんなさい!」
「若輩者とはいえ、チギがすみません」
チギとワルドは深々とサペールへ頭を下げた。
「ははっ!問題ないですよ!ほどよく気が和んで、私としては会話がある方が嬉しいですよ」
サペールは顔の前で軽く手を振り、全く気にしていない、というジェスチャーを見せた。
「お気遣いありがとうございます」
「サペールさん、ありがとうございます」
ワルドとチギはサペールの気遣いに対して、再び頭を下げた。
「いえいえ!結界を張り終えたので、皆様方これから行う検視の内容と結果は、それぞれの上層部とあらかじめ取り決められている〝選定者〟以外への他言と、この場での〝虚偽の言動〟を禁じます。これらを破れば〝相応のペナルティ〟が課せられます。皆様方、よろしいでしょうか?」
サペールはそう述べると、懐から手のひらサイズの手帳を取り出し、手帳の1ページを破りワルド、チギ、クラヌキ、カルサの名をその破った紙に記した。
「同意後は私の検視が終わるまでは、先ほど述べたルールが適用されるので皆様方、検視中の発言にはご注意ください。では…誓約書である、この紙に向かって問題がなければ同意していただけますか」
「同意します」
真っ先に口を開いたのは、クラヌキだった。
「私も同意します」
「……っ!同意します!」
続いて、ワルドとチギも同意した。
「問題ない。同意する」
カナリス陣営の3名が同意するのを見届けて、最後にカルサが同意した。
カルサが同意した後、サペールが手帳から切り離した1枚の紙は黒い灰となり、空中へと舞い黒い灰と認識できないくらい散り散りとなった。
「皆様方、ご承諾ありがとうございます。お待たせしました、バトメ、カナリス国境の空白地帯、〝遠離の森〟で発見された遺体について検視を始めます」




