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17話 虫の知らせ


 一つの影が森林の中を全速力で駆ける。


 ———速く、もっと速く。


 男は走りながら、ことの経緯に対して考えを巡らせていた。




 時は遡り———数分前。


 林の鍛錬場でラプトと別れて、家まで向かっていた際に前方に、成人男性くらいの人影を目撃した。

 距離はまだかなりある。向こうはまだこちらに気づいていない様子だ。

 その人物から、ただならぬ気配を感じ取り身を隠そうと思ったが、鍛錬場から家までは一本道だった。


 ———隠れようがない。


 この場所には基本的に、俺の知る人物以外は来ないはず。


 それに、この気配———殺気や敵意など嫌なオーラが入り混じっている。


 近づくのは、危険だ。


 仕方ないが、来た道を引き返して鍛錬場まで戻るか。

 それに、この人物が鍛錬場までの道を歩いていると言うことは、順当に行けばラプトと遭遇する可能性が極めて高い。

 ラプトの安全のためにも、一旦引き返して知らせないと。

 だが、猛スピードで移動すると、この人物にバレるかもしれない。


 すると、突然———人影の移動速度が速くなった。


 さっきまでの移動速度とは違う。明らかに、こちらへ向かう歩みが速くなる。


 ———くそ!バレた!?


 俺は慌てて、自らの脚を魔力で強化して鍛錬場まで向かおうと、脚を踏み込んだ時———背負っていた〝ハニーベリーの詰まった袋〟に重心を取られ、袋を押しつぶすような形で転倒してしまう。


 苦労して採ったハニーベリーは、半分以上ぐちゃぐちゃになるが、幸いにもクッションの役割を果たしてくれた。


 ———!?


 そんな状況にも関わらず、ロイはクッションとなった〝ハニーベリーの詰まった袋〟に違和感を感じる。

 袋がクッションとなった時に、背中で〝硬い物体〟を確認する。この物体は明らかにハニーベリーとは違う硬さをしていた。

 自分の気のせいかと思い、もう一度袋越しに手で触り確認する。


 丸くて硬い———硬いボール!?


 その時、ふと思い出しす。今はこんな確認をしている場合じゃない!!

 あの人影から逃げないと!!


 そう思考して、その場から立ちあがろうとした際、ロイの身体は———黒く、夜に溶けていった。


 身体が黒くなる!?黒い物体が俺の体を包んだ。


 数秒経ち、黒いなにかに覆われていた身体から〝黒〟が晴れると、いつも通りの俺の身体が姿を現す。

 一体なんだったんだ………。


 暫くの間、俺は自分の身体に変化がないか確認していて、周囲の変化に気づかなかったが、やっとのことで、そちらに気が回る。


 ここは———森なのか………!?


 林の鍛錬場から、家までの一本道を歩いていたはずの俺は、何故か木々がざわめく〝森の中〟に居た。


 しかも、森には何度も入ったことがあるが、今居る〝ここ〟は俺の踏み込んだことのない場所———おそらく森の深部だろうか。


 何故、俺が森の深部に居る!?

 ロイは自分の身に起こった現象に対して、理解が追いついていなかった。


 俺の予想が正しくて、ここは森の深部だと推察すると、かなり危険だ。しかも今は夜、魔物と遭遇する可能性も想定しないと。


 夜が深くなる前に———最低でも、林まで移動しないと。


 だが、ここは俺の知らない場所だ。林までの方向がわからない。

 木に登って確認するのは危険だ。その領域は高確率で〝猿〟———魔物の縄張りだ。一匹に見つかれば、仲間を呼ばれ俺は餌食になる。

 とは言っても、闇雲に走り回って体力切れは避けたい。それに、最悪のケースは森を抜けても、カナリス方面に出てしまうこと。


 その場合、カナリスに救助要請を出すことになり、カナリスからバトメへ移送されることになるだろう。そうなると、バトメの騎士である父の面子がない。

 父はそんなことを気にする性格ではないが、出来ることなら、それは避けたい。


 それに、今は時間が無い。


 一刻も早く———ラプトに知らせないと。


 〝謎の人物が鍛錬場まで向かって来ている〟と言う状況を。


 魔物と遭遇することや、カナリス方面に出てしまう可能性を考慮しても、やはり———走るしかない。


 完全に勘だよりではなく、少しでも林に戻れる可能性を手繰り寄せる。


 ここが本当にバトメとカナリスの空白地帯で、俺の来たことのない場所ならば、踏み込んだことのある地点まで辿り着きさえすれば、あとは林まで戻れる。


 これまでの記憶を辿れ。幼少期からの記憶———森に踏み込んだ際の地形を考えろ。


 俺の脳で地形を———感じ取れ!!!

 

 ロイは魔力探知を半円のサークル状では無く、地面に魔力を込めて超音波のように飛ばして、魔力が地形の凹凸に対して、ぶつかった反応を見て地形を読み取る。


 これまでやったことの無い、魔力探知の応用技。

 ぶっつけ本番だが、効果はあった。


 周囲一帯の地形が、ロイの頭の中で地図のように展開される。


 「………………!?———そっちか!!」


 ロイは以前、訪れたことのある岩場まで、魔力探知を届かせることに成功した。

 だが、その代償にロイの右目と鼻から血が滴り落ちる。それは、自らの能力値を大幅に超えた、魔力探知に対する代償だった。


 ———これくらいで済んでよかった。


 ロイは安堵していた。魔力操作がおぼつかなくなることを恐れていたからだ。まだ、魔力操作は出来る。

 

 早く———鍛錬場に向かわないと。

 ロイは魔力で脚を強化して———漆黒の森を駆け抜ける。



***


 そして現在。

 ロイは以前として、全速力の脚力で森を走り抜けていた。


 ———ロイは思考する、もしもの可能性を。


 もしも、鍛錬場でラプトと謎の人物が交戦していたら手遅れになる可能性が高い。

 それに、俺もこんな状態だ。かろうじて魔力操作を行えているだけで、戦闘になれば何の役にも立たない。


 だが、時間的にすでにラプトはあの人物と邂逅している可能性が高い。

 話し合いの通じる人だと良いが………。

 あの異様な雰囲気からして、その可能性は低いように感じた。


 希望があるとすれば、ラプトが先に人影に気づいてその存在の異質さを感じ取り、身を隠してくれることだ。

 ラプトの潜伏能力ならば、まず気付かれることは無いだろう。

 それに、林は森の近くということもあり、あの環境に慣れていない場合は、魔力感知が鈍る可能性がある。


 そんな考えを巡らせていると、夜空に大きな流れ星が降る。

 ロイはその流れ星に見惚れそうになるが、脚を止めない。

 今は、そんなものを見てる暇はない。


 ロイの視線は、空では無く前方を向いているが、先程目に映った流れ星について思考してまう。


 ———そう言えば、ラプトの生まれた日も降っていたな。


 ダメだ!今は余計なことを考えるな!!林まで向かうことだけ考えろ!!


 ロイはラプトの安否のために、今はただ全速力で走るしかなかった。



 そうしていると、今日採取したハニーベリーの木の場所まで戻って来れた。

 まだまだ距離はある、もっと飛ばすか。


 ロイが魔力で脚力を上げようとした時、林の方向から〝異質な魔力〟を感じ取った。


 「———は……?」


 突然の出来事でロイは混乱した。

 何故かというと、その混乱の原因は〝異質な魔力〟が林から放たれているこでは無く。魔力感知を行っていないにも関わらず〝この場所〟ハニーベリーの木の場所から、知覚できてしまったからだ。


 この距離で———分かるほどの魔力!!?


 ロイはもしもの想定———謎の人物と交戦した時の余力など気にせず、今あるだけの体内の魔力をフル活用して脚力を強化した。


 全力で向かう———ラプトになにかあったかもしれない!!


 これは兄として、弟の危機を感じ取ったような、そんな虫の知らせなのか。


 近づくにつれて、その異様さを目の当たりにする。


 なんと———林の方向から、ごうごうと燃え上がる炎が見えた。


 心臓の鼓動が速くなる。生まれて初めてだろうか、俺がここまで逼迫しているのは。


 今は時間が惜しい。手遅れになる前に、少しでもラプトの生存の可能性がある行動を取らなくてはいけない。


 「待ってろラプト!今、俺が行くからな」

 ロイはさらに、自らの脚を加速させた。

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