601:新幹線に乗って
【難儀森】
「眠い……。」
すっかり寝不足の玉造次郎三郎。
「寝られましたか? 一名、無理だった方が居られますが。」
と、修羅の白根礼羽。
「……あ~、狸に化かされて寝不足や……。」
夜食に馬糞を食べさせられなかっただけマシというもの。一部の昆虫なら馬糞を喜びそうだが、昆虫は物理法則の制約によりダンジョン外では大型化出来ないため知能を持てない。
「ともかく、ここ難儀森は大餓鬼との最前線。いつ不測の事態が起きないとも限りませんから、速やかにダンジョン影響圏への移動をお願いします。」
「衝突が起きる兆候があるのか。」
橿原トリヤが聞く。
「分かれば苦労しません。ただ、電車を年間100里、毎日10町程作る。というのは相当無理しているので、他に手が回っていない問題もあります。図書頭様によると異世界で『新幹線』を作る速さは1日2町だそうです。」
アメリカの大陸横断鉄道は重機が乏しい時代でも1日1マイル進んだが、この世界にはアメリカ人は見当たらない。アメリカっぽい獣人は居るが。
「電車作るの最優先で他は後回しか。急ぎすぎは危ない兆候だ。畝傍艦ダンジョンの頭に載っている軍艦だが、慌てて建造したため幅が設計より1尺ほど狭い。」
「船が狭いなら、まだ良いでしょう。逆に太かったら運河を通れず大問題になります。」
この世界には海は無い。なお、21世紀のフランスでは電車が太すぎて駅に入ることが出来ないという騒ぎが起きている。
「まさか、ここで作っている『新幹線』が商都梅田の電車と互換性が無い。なんてことは無いだろうな。」
「電車そのものは、図書館都市でも商都梅田でも異世界からの複製召喚なので問題ありません。この世界で作ったなら、え~と、工作精度と言って、どうしても正確に作ることは出来ないので問題が生じるそうです。」
「異世界には『新幹線』が大量にあると。」
「ごく限られた世界に2両づつ。とのことです。」
1つの宇宙で生物が居る天体はただ1つ。そして1つの三千世界(仏国土)には約10億の宇宙があり、仏国土の数は210億あるいはそれ以上、一説にはガンジス川の砂の数ほどもあるという。
図書館都市ダンジョンが図書館や蔵書を複製可能な「日本語の図書館がある世界」は、ごくわずかであり、その中でも『新幹線』が建設された世界はさらに限られるが、世界自体がとんでもない数があるため、様々な異世界から全く同じ新幹線の電車を各1両づつ複製召喚出来る。
【難儀森駅】
将来、大量のビッグリグが行き来する予定の自動車道は幅100mの用地だけが確保されており、その横に工事用仮設軌道「新幹線」の駅がある。
「新幹線」は2両編成で、空の貨車を何両か引っ張っている。
前側(図書館都市方面)は堺県の図書館にあった物で、前に20席ほどの座席、後ろ半分は貨物スペース。
後側(商都梅田方面)は多摩県の図書館で、同様に20席程の座席があり、残りは元は本棚だった小物入れの棚が設置されている。
「ダンジョン入り口の読書村まで200里、そこから先は転送陣があるので、夕方には図書館都市に着きます。まずは保安検査、関所と同じで、危険な物を持ち込まないか確認が必要です。」
新幹線ならともかく、通勤電車は乗客が多すぎて保安検査が事実上不可能なため、オートマ車の普及により鉄道自体を全廃した世界もある。
「歩くより、だいぶ早いな。」
「読書村から不破関まで歩いたら30日必要ですし費用も最低3,000文は必要です。」
ざっくり5~10万円程度。
「それよりは安くなるか。」
「図書頭様は、歩くよりは高く設定するそうです。」
「え? 費用は安く上がるはずなのに高くするのか。まさか、使わせたくない。とか。」
「その辺の理由は分かりません。」
疑問を乗せたまま「新幹線」は東へ向かう。なお玉造次郎三郎は座席に座るなり寝ている。




