592:アスカ
【石の神殿アスカ】
倭の国・高市郡にある千年以上の歴史を誇る古いダンジョン「石の神殿アスカ」は、ダンジョンマスターはおらず、ダンジョンモンスターでは無い一般の修羅がコアを制御する。
「陛下、遥か東方千里、武蔵足立の『迷迭香の塔』が、大々的にダンジョン狩りをしています。」
トマト修羅のソラナム・リコペルシカム・シトマトルが報告する。なお、前の2つは輪廻による名称で種族を示し、個人名は最後のシトマトル。トマトなので生物学的には雌雄同体だが、人間体は男でも女でも無い。
「あの大面積ダンジョンか。亀石など持たぬはずだが?」
アスカの支配者として明日香の名を襲名したトウモロコシ修羅、ゼア・マイス・トラオリ・アスカ。トラオリが個人名で「ゼア・マイス」はアスカには複数居る。
「彼らはダンジョンへ冒険者を組織的に送り込んでいます。ダンジョンを攻略するとなると成功率は低いと思われますが、そこは冒険者を使い捨てて数で補っているのでしょう。」
「ダンジョンも無為に狩られはしないからな。生贄が調達できるなら亀石で潰した方が良い。なにしろ『倭殺すにゃ刃物はいらぬ。亀の瀬滑るだけでよい』と言うくらいだ。かつて、我が祖先は藤原宮ダンジョンや、磐余池や埴安池と言った強大な池沼ダンジョンを亀石の力で滅ぼしたという。残念ながら亀石が効かないダンジョンは残ってしまうが。」
亀石は生贄を捧げることで「亀の瀬」を生じさ、地滑りを起こす力を持つ。
「陛下、厄介なダンジョンばかり残るのは仕様なので仕方有りません。それに、ダンジョンは守りに強いですから、亀石が使えないなら滅ぼすのは大変です。」
「堀を巡らせた商業集落がダンジョン化した今井町ダンジョン、山の上に軍艦が載る畝傍艦ダンジョン、高く固い岩盤の上に位置する高取城ダンジョン……。この高市郡に残るダンジョンは曲者ばかりだ。」
長老で先代支配者のシントリなどゼア・マイス一族は、ダンジョンでも人間の町でも修羅の農園でも畜生の巣窟でも、片っ端から破壊してきたが、当然ながら破壊できないダンジョンばかりが残る。
「あとは攻略する価値も無いような小規模ダンジョンが多数あります。」
「亀石に捧げる生贄も無尽蔵では無い。ダンジョンで養っている人間もあまり生贄にしすぎると逃げたり反逆したりするだろうし、外から生贄を得ようにも、隣のダンジョンである畝傍艦は生贄獲得のための花戦争を仕掛けたら、1里も遠くから砲撃してくる。」
「陛下、畝傍艦も商都梅田と同様、200年経っていない新興ダンジョンだからなのか、技術的には進んでいます。もっとも、新しいダンジョンも大部分は変な技術など持っていませんが。」
「商都梅田に至っては『バッファロー撃ち』のついでにジャガー戦士まで撃って、その皮を剥いでヒョウ柄だとか言っている。そもそもジャガーは豹では無い。最悪なことに商都梅田は百里より遠く亀石の力は及ばない。」
怒るトラオリ。なお、正確にはダンジョンの力が及ぶのは300マイルだが、この世界、ヤードポンド法もメートル法も知られていない。
「野生動物でも問題だが、電車の窓から面白半分に獣人まで撃つのは大問題だ。」
北米に居るのはバイソンだが、大陸横断鉄道が「窓からバッファローが撃ち放題」と宣伝したように混同され、後には阪奈電鉄が野球観戦電車を走らせ、時代が合わないはずの商都梅田にも伝わった。さすがに阪奈も鷹狩りは逆に敗北宣言となるため使用しないが。
「シトマトル!」
「はい。」
「足立の迷迭香の塔が、我がアスカの直接的脅威となる可能性はあると思うか。」
「情報が足りません。ですが、彼らが100里どころか300里、身終の東まで直接手を伸ばしているのは事実です。さらに、商都梅田のような鉄道を西へと作っています。もし商都梅田と協力されたら、陛下は焼きトウモロコシにされてしまいます。逆に商都梅田と仲違いし正面衝突すればその力を大きく削ぐ、場合によっては破滅に追い込むことが可能でしょう。」
「いずれにせよ危険な相手だ。修羅なので、どこぞの面倒な翼竜みたいに生贄の儀式に反対したりはしないだろうが。」
「陛下、修羅同士ですから、餓鬼どころか畜生よりは協力の余地はあるのでは。」
「それは甘すぎる。餓鬼はろくでなしで畜生は害獣だが、なにしろ修羅道は争いと戦いの世界、アスカの宿敵である畝傍艦の艦長も修羅だ。おまけにあの艦長、イチイガシだからと勝手に従一位とか自称して。」
従一位は異世界では総理大臣でもそうそう叙位されないが、この世界では畝傍艦ダンジョンの艦長は平然と自称している。もっともゴイサギだって正式に正五位を与えられたのは1羽だけなので、それで種族全体が五位なら、アジアゾウは従四位、猫は従五位、トノサマガエル(おそらく正確にはトウキョウダルマガエル)に至っては正一位になる。
「それなら、直接確認するのはどうでしょう。何なら迷迭香の塔まで行きますが。」
「うむ……それならエロトルを呼べ。」
【石の神殿アスカ】
「エロトルよ、次期国王としての研鑽を積むため、迷迭香の塔までの使節を頼む。」
「はい。」
「副使にサルビア・ヒスパニカ・チーアを付ける。いくら危険なダンジョンとはいえ、同じシソ科なら問答無用なんてことはあるまい。あと、距離は遠いが、気に入らない商都梅田の電車であっても、切符買えば乗ることが出来る。」
トラオリは子供のゼア・マイス・エロトルと、その名の通り油っぽいサルビア・ヒスパニカ・チーアを図書館都市ダンジョンへ派遣。




