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584:不味い芋

【第三層群玄関前広場】


 ジャガイモの花が咲き、サツマイモを植える季節。第三層群の屋上にある世界樹の花は終わり新芽が伸びており、マリーの髪も長くなっている。

 通常のローズマリーは雌雄同体だが、マリーは生物学的には性別が無く、世界樹及びそのクローンは種子が出来ない。なお、この世界、雌雄同体修羅の見た目の「性別」は適当。


「この世界のジャガイモやサツマイモは小型で不味い救荒作物で、伝統的なサツマイモの品種紅赤(べにあか)すら明治期のものですから存在しません。そして、困ったことにムック本に種芋は付いてきません。もっとも、わたしは修羅なので味は分かりませんが。」

「芋は本の付録として流通させにくいからなぁ。でも、人間はサツマイモは『栗より美味い』と言っているが。」

「半分は語呂合わせの宣伝ですね。それに、この世界、栗だって品種や栽培技術の問題で、あまり良い物はありません。」


「茨城県、この世界では概ね(ひたか)の国は栗の産地で無かったか。気候の影響か、この世界ではダンジョン産ではない栗は少ないが。」

「異世界で増えたのは明治以降ですし、良い品種の登場は前世紀の話ですね。江戸時代でも茨城ならぬ茨木では丹波栗が栽培されていましたが。なお、栗も種からだと品種がばらつくため、ムック本の付録からの栽培には向きません。そもそもムック本の付録はお菓子作り用で、発芽率もそんなに良くはありませんが。」

「その辺は仕方ないか。」

「コーヒー豆やカカオもそうやって入手可能ですが、栽培は難しいですね。単に温室を作れば良いというものではありません。バナナは今のところ入手手段はありませんが、さすがにバショウを品種改良するというのは無謀すぎるでしょうね。」


「気温だけの問題でもないか。」

「実際、異世界には図書館併設の温室がありますが、栽培されているのは、ツバキやサザンカ、キンモクセイやクスノキ、あるいはミカンなど、ごくありふれた植物ですね。」

 なんでそんなものをわざわざ温室で栽培しているのか。というと、単に寒い地方なので。


「品種改良のための遺伝子操作とか、とても手が出ないな。」

「この世界の品種改良は異世界より200年遅れていますからね。でも、もし秋月氏ダンジョンでもあれば、秋月種芋は種芋、秋月種馬は駿馬を入手出来るでしょうね。秋月氏の初代が秋月種雄ですから、牛馬両方行けるかもしれませんが。」

 一般には牛が種雄牛、馬が種牡馬と言うが。

「最悪、このダンジョンで自前で品種改良……。」


「品種改良も『無ければ作る』は困難ですね。この世界には精密な遺伝子操作が可能な農業試験場ダンジョンは見当たりませんから、前世紀までの地道な方法、種から何百万、あるいは何億という作物を育て、偶然出来た有用な突然変異を探す。となるのですが……。」

 もちろん、農業試験場でそんなに大量の作物を育てる訳では無い。どこかの農家の田畑で見つかった突然変異が元になる。


「確率が低いと。」

「はい。アメリカの農地面積は350万km2、このダンジョンの200倍以上です。新品種の発見速度は圧倒的に違ってきますね。」

「このダンジョンでも田畑を増やす余地はあるだろ。」

「確かに、ダンジョン影響圏内には、まだまだ農地を増やす余地はありますが、人間は25年で倍増しますから、農地を増やしきった時点ですぐに大飢饉が起きます。一方、修羅や畜生は繁殖力が低いので、逆に増やそうとしても、そう無茶に増やすことはできません。」


「動植物ならいくらでも増えるんだが。」

「六道の修羅道や畜生道でも、ほとんどは普通の植物や動物ですね。『盲亀浮木』といって人間に生まれる確率は360京分の1だそうですが、植物界・動物界・鉱物界のうち、修羅・畜生・餓鬼は人間より少なく、普通の石は無生物であり輪廻転生の対象では無いため除外すると、圧倒的にただの動植物が多いということになります。」

 百年に一度浮上するウミガメが、全世界の海を漂う流木の穴に頭が嵌まる確率。ウミガメの頭の直径を12cmとすると面積は約100cm2。海の面積は3.6億km2なので、確率は3.6京分の1。100年毎なので年平均360京分の1となる。


「そういえば、クローン植物は輪廻では、どういう扱いなんだ?」

「さぁ。わたしのクローンは沢山有りますが、いわゆる『認識』、俗に『魂』と言われますが厳密には違う物ですが、それがわたしのコピーなのか、どこかから輪廻してきているのかは分かりませんね。修羅として意思疎通可能なクローンを作ることが出来れば分かるかもしれませんが。」

 マリーの髪を少し切って土に刺しておくと、クローン・ローズマリーが生えてくる。別に手を切って埋めても良いし、元の手も再生するが、痛いし不便だからやらない。楠一族など萌芽力(ほうがりょく)が強い修羅は、首を斬って植木鉢に植えておけば生きているが……。


「農業試験場自体を作る。という訳には行かないか。」

「人材も機材もありませんから難しいでしょうね。図書館に本はありますが、文書化されていないノウハウは入手出来ません。自前で再発見する、つまり『車輪の再発明』も、このダンジョンの手に余りますね。無理しても『四角い車輪の再発明』になりかねません。」

「マリーさん、そもそも論だけど、確かに本に出来ない『匠の技』は再現できないにしても、『四角い車輪の再発明』が全く無意味とは言えないと思うが。無いよりはマシでは。」


「次善の策どころか最終手段にもなりませんけどね。例えば、このダンジョンに料理本はあるけど、わたしに料理は作れません。知識だけでは限界があります。」

 修羅は何を食べても泥水の味しかしないし主食は修羅用液肥。このため料理も出来ない。マリーは髪を少し切って人間用の肉料理に使わせることがあるが、もちろん料理するのは料理人。

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