精霊と妖精って何が違うの?
カリ。
カリ。
カリ。
工房に木を削る音が響く。
少年は窓際の木箱に座り、本を読んでいた。
しばらくして顔を上げる。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「精霊と妖精って何が違うんですか?」
親方は手を止めない。
「○○著:ネケス断絶論?」
「ちゃんと見てください」
少年は抱えていた本を持ち上げた。
「『精霊と戦乙女』です」
「あぁ」
少年はもう一冊持ち上げる。
「こっちは『辺境航海物語』」
親方は削る手を止めずに頷く。
「この本に出てくる精霊と」
「こっちの本に出てくる妖精が」
「同じことしてます」
「同じこと?」
「風を起こしたり」
「人を助けたり」
「魔法を教えたり」
「ほとんど同じです」
親方は少し考えた。
「なるほどねぇ」
親方は立ち上がる。
本棚へ向かい、一冊の本を引き抜いた。
「ちなみにさっき言ったネケス断絶論だと」
「長い歴史の中で呼び方が変わっただけ」
「って書いてあるねぇ」
少年は目を丸くした。
「増えました」
「増えたねぇ」
親方はさらに別の本を引き抜く。
「でもこっちの本だと」
「妖精は精霊の化身って書いてある」
少年は黙る。
指を折り始めた。
「同じ」
「違う」
「呼び方が変わっただけ」
「妖精は精霊」
親方はその本を近くの机へ置いた。
「四つになったねぇ」
「減りません」
親方は少し笑った。
少年は本を見つめる。
そして顔を上げた。
「親方はどう思うんですか?」
「私?」
「はい」
親方は少し考える。
「どうだろうねぇ」
「精霊はよく分からないけど」
親方は窓の外を見る。
「妖精とは話したことあるなぁ」
少年の動きが止まる。
「本当に妖精だったんですか?」
「本人が妖精って名乗ってたねぇ」
「いたんですか?」
「いたねぇ」
「何を話したんですか?」
親方は腕を組む。
「どの花の蜜が美味しいか」
「はい」
「そんな話はした」
少年はしばらく待った。
「他は?」
「覚えてないねぇ」
「精霊が何かとか…」
「聞いてないねぇ」
少年は少し残念そうな顔をした。
「でも結構食いしん坊だったなぁ」
「食いしん坊」
「花の蜜とか木の実とか」
「そんな話ばっかりしてた気がする」
少年は首を傾げる。
「それで何か分かるんですか?」
親方は少し考えた。
「精霊がお腹いっぱい何かを食べてた」
「なんて話は聞いたことないし」
「やっぱり別の存在なのかもね」
少年は呆れた顔をする。
「そこで判断するんですか?」
「他に判断材料もないしねぇ」
親方は窓の外を見る。
風が吹いていた。
「でも」
「精霊はさ」
「本によって色んな説があるし」
少年は頷く。
「案外」
「形のない物なのかもしれないね」
「形のない物?」
親方は空を見上げる。
「火だったり」
「風だったり」
「雨だったり」
「そういうものを」
「精霊って呼んでたのかもしれない」
「自然そのものですか?」
「かもしれないねぇ」
少年も窓の外を見る。
風が草を揺らしていた。
しばらく二人は黙っていた。
やがて少年が口を開く。
「食いしん坊な妖精の話も聞いた事ありませんけど」
親方は少し笑った。
「でも居たんだもん」
「そういう問題ですか?」
親方は少年を見る。
「大切なことだよ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
カリ。
カリ。
カリ。
親方はまた木を削り始めた。
少年は窓の外を見る。
風は見えない。
でも草は揺れている。
「どうなんでしょうね」
「どうなんだろうねぇ」
工房には木を削る音だけが響いていた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




