冒険者って冒険してないよね?
カリ。
カリ。
カリ。
工房に木を削る音が響く。
親方は作業台でナイフの柄を削っていた。
少年は窓際の木箱に座り、本を読んでいる。
しばらくページをめくっていたが、ふと顔を上げた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
少年は本を閉じる。
「冒険者って冒険してないですよね?」
親方の手が止まった。
「急だねぇ」
「だって」
少年は本を抱える。
「この前見た冒険者さん」
「うん」
「飼い猫探してました」
「あー」
親方は少し笑った。
「探してたねぇ」
「冒険してません」
「してないねぇ」
少年は続ける。
「前は荷物も運んでました」
「たまにいるねぇ」
「護衛もしてました」
「最近商隊の出入りが多かったもんねぇ」
少年は本の表紙を見せた。
剣を持った戦士と、杖を構えた魔法使いが描かれている。
「本に出てくる冒険者と全然違います」
親方は少し考えた。
「たしかに」
「冒険者なのに」
「うん」
「冒険してません」
親方は削りかけの木柄を作業台に置いた。
「じゃあ」
「はい」
「冒険って何だろうねぇ」
少年は首を傾げる。
「知らない場所に行くこと?」
「それっぽいねぇ」
「危ないことをすること?」
「それもありそう」
少年は少し考える。
「ドラゴンと戦うこと?」
親方は少年を見る。
「急に重くなったねぇ」
「本にはそんな場面もあります」
「違いますか?」
「違わないかもねぇ」
工房に少し沈黙が流れた。
親方は立ち上がって窓際に寄る。
「街ってさ」
「はい」
「どうやって出来ると思う?」
少年は目を瞬かせた。
「街ですか?」
「うん」
少年は少し考える。
「大工さんが家を建てます」
「どこに?」
「空いてる場所です」
「その空いてる場所は」
親方は少し笑う。
「どうやって見つけるの?」
少年は口を閉じた。
「……探します」
「だよねぇ」
親方は窓の外を見る。
「水があって」
「畑が作れて」
「人が住めそうな場所」
「知ってる範囲なら、そこでもいい」
「でも」
「もっとたくさん街を作ろうと思ったら?」
少年は考える。
「もっと遠くですか?」
「そう」
親方は窓枠を軽く叩いた。
コン。
「誰も知らない場所に行くしかないよね」
少年は少し目を開いた。
「あ」
「それは冒険です」
「かもしれないねぇ」
親方は頷いた。
「今でこそ冒険者は」
「街の便利屋さんみたいだけど」
「飼い猫探したり」
「荷物運んだり」
「護衛したり」
少年は頷く。
「でも昔は」
親方は少し考えた。
「人の住める土地を探してきて」
「とか」
「向こうの山にどんな鉱石があるか見てきて」
「とか」
「海の向こうに何があるか調べてきて」
「とか」
「そんな依頼があったのかもしれない」
「時にはドラゴンに出会うこともあったかもね」
少年は目を丸くした。
「それは冒険者です」
「だねぇ」
「すごく冒険者です」
親方は少し笑った。
「でも道が出来て」
「地図が出来て」
「街が出来て」
「分からない場所が減っていった」
少年は頷く。
「じゃあ」
「冒険じゃなくなったのに冒険者なんですか?」
親方は少し考えた。
「名前だけ残ったのかもねぇ」
「そんなことあります?」
「あるんじゃない?」
親方は作業台に戻るとまた木柄を手に取る。
「呼び方変えるのって面倒だし」
少年は首を傾げた。
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」
親方は小さく笑う。
「君だって、いつまでも私のこと親方って呼ぶじゃない」
少年はきょとんとした。
「親方ですし」
「親方じゃないんだけどねぇ」
「親方です」
「そうかなぁ」
親方は曖昧に笑った。
カリ。
カリ。
カリ。
また木を削る音が響く。
少年はしばらく本を見つめていた。
それから顔を上げる。
「親方も」
「うん?」
「色んなところを旅したんですよね」
「したねぇ」
「知らない場所にも行ったんですよね」
「行ったねぇ」
「危ないこともありました?」
親方は少し考えた。
「多少は」
少年はまっすぐ親方を見る。
「じゃあ親方も昔は冒険者だったんですか?」
親方は手を止める。
「どうだろうねぇ」
「違うんですか?」
「違う気もするなぁ」
「どうしてですか?」
親方は窓の外を眺めた。
しばらく考える。
「私は冒険してたつもりだったけどねぇ」
少し考える。
「でも」
「今思うと」
親方は少し笑った。
「ただ迷子だった気もする」
少年は固まった。
「え?」
「地図と反対に進んでたこと多かったし」
「それは迷子ですね」
「だよねぇ」
親方は何事もなかったように、また木を削り始めた。
カリ。
カリ。
カリ。
少年はしばらく親方を見ていた。
それから小さく呟く。
「迷子で色んなところに行けるんですね」
親方は少し考えた。
「案外」
「冒険ってそういうものかもしれないよ」
少年は本を見る。
表紙の冒険者達は、まだ知らない道の先を見つめている。
「どうなんでしょうね」
「どうなんだろうねぇ」
工房に静かな音が響く。
カリ。
カリ。
カリ。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




