勇者と魔王って本当にいたの?
パラ。
パラ。
工房に紙をめくる音が響く。
親方は作業台で鉄の留め具を磨いていた。
少年は木箱に座り、本を読んでいる。
しばらくして。
少年が顔を上げた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
少年は本を持ち上げる。
表紙には剣を掲げた勇者と、大きな角を生やした魔王が描かれていた。
「勇者と魔王って本当にいたんですか?」
親方は少し考える。
「いたんじゃない?」
少年は頷いた。
「じゃあ本当の話なんですね」
「どうだろうねぇ」
少年は首を傾げる。
「違うんですか?」
親方は本の表紙を見る。
「この著者」
「はい」
「歴史を研究してる学者じゃなかった気がする」
少年は表紙を見た。
「そうなんですか?」
「たしか冒険譚を書く人だったような」
「じゃあ作り話ですか?」
親方は首を振る。
「そうとも限らないよ」
「でも」
「面白く書く人と」
「正しく書く人は違うからねぇ」
少年は少し考える。
「なるほど」
親方は本を指差した。
「それに」
「この勇者」
「はい」
「なんでも出来ちゃうじゃない?」
少年は本を見る。
「強いです」
「魔王も倒します」
「ドラゴンも倒します」
親方は少し笑った。
「困ったら誰か助けてくれるし」
「最後は必ず勝つし」
「そうですね」
親方は少し考える。
「そんな人ほんとにいるのかなぁ」
少年は首を傾げた。
「なんだか現実味が無いというか」
「げんじつみ?」
「本当の話っぽくないってことかな」
「つまり…」
少し考える。
「人間っぽくないというか」
「なんか可愛くない」
少年は思わず笑った。
「勇者ですよ?」
「そうなんだけどねぇ」
親方は肩をすくめる。
「失敗したり」
「迷ったり」
「困ったり」
「そういう話あんまり出てこないでしょ?」
少年は本を見下ろした。
「たしかに」
「あってもすぐ解決しますね」
しばらくして。
親方が言う。
「それに」
「勇者って何者なのかな?」
「職業?」
「鍛冶屋とか」
「薬師とか」
「そういうの」
少年は少し考える。
「仕事ではなさそうですね」
「だよねぇ」
親方は頷いた。
「じゃあ誰が決めたんだろうね」
「誰が?」
「この人は勇者ですって」
少年は本を開く。
「本の中では」
ページをめくる。
「王様が言ってます」
「そなたこそ勇者だ」
「って」
親方は少し笑った。
「他の話だと違ったりするしねぇ」
「違うんですか?」
「全部を知ってるわけじゃないから」
「街の人かもしれないし」
「後の時代の人かもしれない」
「本を書いた人かもしれない」
少年は黙って聞いている。
「じゃあ魔王は?」
「魔王?」
「本の中では悪いやつです」
親方は少し考えた。
「本の中では?」
少年は止まる。
「あ」
親方は小さく笑った。
「どうしたの?」
「いや」
少年は本を見る。
「本の中では悪いやつです」
「でも本当に悪かったかは分かりません」
「そうかもねぇ」
親方は頷く。
「その国では」
「ただの王様だったのかも」
「魔王は王様なんですか?」
「王って付いてるし」
「王様だったのかもなって」
少年は表紙の魔王を見る。
大きな角。
鋭い牙。
恐ろしい顔。
「じゃあ悪い人じゃなかったんですか?」
親方は少し考える。
「どうだろうねぇ」
「王様だからって」
「いい人とは限らないでしょ?」
少年は少し考えるが答えは出ない。
親方は続ける。
「逆もあるしね」
少年は静かに頷いた。
しばらくして。
「じゃあ」
「勇者と魔王って」
「どんな人なんですかね」
親方は少し考える。
「どうなんだろうねぇ」
「本で読んだだけだと判断は難しいかなぁ」
工房に静かな時間が流れる。
やがて少年が顔を上げた。
「親方は会ったことないんですか?」
「なにに?」
「勇者とか」
親方は少し考える。
「勇者はないねぇ」
少年は頷く。
親方は留め具を置いた。
カチ。
そして何気なく言った。
「でも」
「気付いたら魔王になってたやつならいたなぁ」
少年は固まった。
「え?」
「会った時は魔王じゃなかったんですか?」
親方は少し考える。
「ただの王様だったよ」
少年は目を見開く。
「王様に会ったことあるんですか!?」
「あるよ?」
親方は不思議そうに首を傾げた。
「ここからずっと遠くにある」
「小さな国のだけどね」
少年は黙る。
本を見る。
勇者。
魔王。
王様。
しばらく考える。
親方は再び作業を始める。
カチ。
カチ。
「なに?」
「いえ……」
「そう?」
工房に静かな音が響く。
カチ。
カチ。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




