ポーションって薬と何が違うの?
カン。
カン。
カン。
工房に金槌の音が響く。
親方は炉の前で鉄を叩いていた。
少年は作業台の端に置かれた道具を布で拭いている。
しばらく静かに作業していたが。
「あっ」
少年が小さく声を上げた。
親方は手を止める。
「どうしたの?」
「指、切りました」
少年は人差し指を見せた。
小さな切り傷から、少しだけ血がにじんでいる。
親方はそれを見ると、作業台の棚に手を伸ばした。
「動かないでねー」
「はい」
親方は小さな瓶を取り出す。
薄い緑色の液体が入っていた。
それを傷口に一滴垂らす。
「ひゃっ」
少年が少し肩をすくめた。
「しみた?」
「少しだけ」
「我慢」
「はい」
しばらくすると、血が止まった。
痛みも少し引いている。
少年は目を丸くした。
「すごい」
「簡単なのだけどねぇ」
親方は瓶に栓をする。
少年はその瓶をじっと見た。
「それ、薬ですか?」
「ポーション」
「ポーション?」
少年はもう一度、自分の指を見る。
「これがポーションですか」
「うん」
「初めて見ました」
「そうなの?」
「孤児院にはなかったです」
「あぁ」
親方は頷いた。
「高いからねぇ」
少年は小瓶を見る。
「高いんですか?」
「薬よりは高いかな」
「へぇ……」
しばらくして、少年は顔を上げた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「ポーションって薬と何が違うんですか?」
親方は少し考えた。
「んー……」
「違うねぇ」
「違うんですか?」
「違うと思う」
少年は首を傾げる。
「でも」
「うん?」
「どっちも怪我を治しますよね」
「治すねぇ」
「塗りますよね」
「塗るねぇ」
親方は少し考える。
「飲むこともできるよ?」
「薬も飲めますよ」
「飲めるねぇ」
少年はますます首を傾げた。
「同じじゃないですか?」
「同じに見えるねぇ」
親方は瓶を軽く振った。
中の液体がちゃぷ、と揺れる。
「でも売ってる人は違う」
「売ってる人?」
「薬は薬師が売ってる」
「はい」
「ポーションは錬金術師が売ってる」
少年は少し考える。
「じゃあ作る人が違うんですか?」
「そうだねぇ」
「薬は薬師が作る」
「ポーションは錬金術師が作る」
「たぶん、その違いは大きいと思う」
少年は小瓶を見る。
「薬師さんはポーション作れないんですか?」
「どうなんだろうねぇ」
親方は少し考える。
「作れる人もいるかもしれない」
「でも難しいと思う」
「なんでですか?」
「材料が違うから」
「材料」
「薬は薬草とか」
「動物の角とか」
少年は頷く。
「孤児院にもそういう薬はありました」
親方は瓶を見る
「でもポーションは魔石も使う」
少年は目を瞬かせた。
「魔石?」
「うん」
「小さいのをね」
「少しだけ」
少年は瓶を見つめる。
「魔石は傷を癒せるんですか?」
「どうなんだろうね」
「親方が作ったんじゃないんですか?」
「作ったよ」
親方は少し笑った。
「材料は入れた」
「でもどうして治るのかは、よく分からない」
少年はきょとんとする。
「分からないのに作れるんですか?」
「作れるねぇ」
「料理みたいなものかな」
「料理?」
「卵を焼くと固まるでしょ?」
「はい」
「でも、なんで固まるのか知らなくても」
「目玉焼きは作れる」
少年は少し考えた。
「なるほど」
「そんな感じ」
親方は瓶を棚に戻した。
「魔石はただ砕けばいいわけじゃないし」
「そのまま入れればいいわけでもない」
「魔法を使って加工する必要もある」
「だから薬師さんだけだと難しいのかもねぇ」
少年は頷く。
「だから錬金術師さんが作るんですか」
「かもしれない」
「錬金術師って魔法使いなんですか?」
親方は少し考えた。
「どうだろうねぇ」
「それだと私も魔法使いになっちゃうね」
少年は「あ」と小さく声を出した。
「そう言えば親方も魔法使えますもんね」
「火をつけるくらいだけどね」
「でも鍛冶屋です」
「鍛冶屋だねぇ」
親方は頷いた。
「魔法が使えることと」
「魔法使いって呼ばれることは」
「少し違うのかもしれない」
少年は少し考える。
「剣を使える人が、みんな剣士じゃないみたいな?」
親方は少し目を丸くした。
それから笑う。
「それは分かりやすいねぇ」
少年は少し嬉しそうにした。
「じゃあ錬金術師さんは」
「魔法も使える職人さん?」
「かもしれないねぇ」
親方は作業台の鉄材を見る。
「薬師は薬草を扱う」
「鍛冶屋は鉄を扱う」
「錬金術師は、魔石を扱う」
「それぞれ得意なものが違うんだと思う」
少年は自分の指を見る。
もう血は止まっている。
「錬金術師ってすごいんですね」
親方は少し考えた。
「どうだろうねぇ」
「薬師もすごいし」
「鍛冶屋もすごいし」
「みんな自分に出来ることやってるだけだよ」
少年は親方を見る。
「親方もですか?」
「私も」
「ポーション作れるじゃないですか」
「簡単なのだけだよ」
「それでもすごいです」
親方は少し笑った。
「そう?」
「はい」
「じゃあ、そういうことにしておこうかな」
少年も少し笑った。
しばらくして、少年は棚の小瓶を見る。
「親方はなんでポーション持ってるんですか?」
「私もよく怪我するから」
「親方が?」
「鍛冶屋だよ?」
少年は工房を見回した。
炉。
金槌。
刃物。
鉄材。
熱そうなものと硬そうなものばかりだった。
「たしかに」
「でしょ?」
親方はまた鉄を炉の近くへ置いた。
「薬でもいいんだけどね」
「ポーションの方が早い時もある」
「高いんですよね?」
「材料自体はそうでもないんだよ」
「それに仕事できない方が困る」
少年は頷いた。
「なるほど」
工房に少しだけ風が入る。
棚の小瓶が、光を受けて淡く揺れた。
「錬金術師さんのお店って」
少年がぽつりと言う。
「他にどんなものがあるんですか?」
親方は少し考えた。
「色んな物かなぁ」
「色んな物?」
「うん」
「瓶とか」
「薬とか」
「よく分からない物とか」
少年は目を丸くした。
「よく分からない物?」
「使ったこと無いからねぇ」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」
少年はしばらく考えた。
「気になります」
親方は少年を見る。
「そう?」
「はい」
親方は少し笑った。
「じゃあ今度行ってみる?」
少年はぱっと顔を上げた。
「行きたいです」
「じゃあ今度ね」
「はい」
しばらくして少年は、自分の指をもう一度見た。
傷口はもう塞がって見当たらない
「このポーション本当に簡単なものなんですか?」
「どうだろうねぇ」
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




