ドラゴンってなんで財宝を集めるの?
カチ。
カチ。
カチ。
工房に小さな金属音が響く。
親方は作業台で銀の腕輪に模様を彫っていた。
少年は窓際の木箱に座り、本を読んでいる。
しばらくページをめくっていたが、ふと顔を上げた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
親方は銀の腕輪から目を離さずに答えた。
少年は本を開いたまま言う。
「ドラゴンってなんで財宝を集めるんですか?」
親方は少し考えた。
「んー……」
カチ。
カチ。
カチ。
「なんでだろうねぇ」
「親方でも知らないんですか?」
「知らないなぁ」
「ドラゴンなのにですか?」
「私はエルフだよ」
「そうでした」
親方は少し笑った。
少年は本の挿絵を見せる。
そこには大きなドラゴンが描かれていた。
金貨の山の上で眠り、
周りには宝石や王冠や剣が散らばっている。
「こういうのです」
「あぁ」
「よく見るねぇ」
少年は本を見ながら言う。
「お金が好きなんですかね?」
「お金?」
「金貨がいっぱい描いてありますし」
親方は首を傾げた。
「でもドラゴンって買い物するのかなぁ」
少年は止まった。
「……しませんね」
「だよねぇ」
「じゃあ違うかもしれません」
少年はまた挿絵を見る。
「宝石はどうですか?」
「宝石?」
「綺麗だから」
親方は少し考えた。
「カラスみたいな?」
「ドラゴンってカラスなんですか?」
「知らないねぇ」
「知らないんですか」
「知らないなぁ」
二人は少し笑った。
しばらくして親方が言う。
「でも共通点ならわかるかな」
「なんですか?」
「それ全部、人が作ったものでしょ?」
少年はハッとして挿絵に視線を戻す
「だけどなんで財宝を集めてるのかが不思議なんだよねぇ」
親方は少し考える。
「例えば私がドラゴンだったら」
「人間の持ち物に興味が沸くかもしれない」
「剣は分かるんだよ」
「剣ですか?」
「うん」
「身を守るためでしょ?」
少年は頷く。
「家も分かる」
「雨とか風を防ぐためですか?」
「そう」
「服も分かる」
「寒いから」
「そうそう」
親方は腕輪を持ち上げた。
光を受けて銀が小さく輝く。
「困るから作る」
「ドラゴンもそれは理解できるだろうね」
少年は頷いた。
「でも王冠は不思議だねぇ」
「王冠?」
「うん」
親方は本の挿絵を見る。
「被っただけで王様になるわけじゃないでしょ?」
少年は少し考えた。
「あ」
「たしかに」
「宝石もそう」
「宝石もですか?」
「綺麗だけど」
親方は指を折る。
「お腹は膨れない」
「魔物も倒せない」
「雨も防げない」
少年は頷く。
「でも高いです」
「高いねぇ」
「みんな欲しがります」
「欲しがるねぇ」
二人は少し黙った。
工房の外から風が吹き込む。
本のページがぱらりと揺れた。
親方がぽつりと言う。
「人間ってさ」
「はい」
「一人だとそんなに強くないでしょ?」
少年は頷いた。
「ドラゴンよりは弱いです」
「だいぶねぇ」
「だいぶです」
親方は少し笑った。
「だから集まる」
「集まる?」
「村を作る」
「街を作る」
「国を作る」
少年は静かに聞いている。
「でも人が集まると」
「うん」
「誰の話を聞くか決めないといけない」
少年は顔を上げた。
「あぁ」
「それが王様なのかもしれない」
親方は本の王冠を指差した。
「王冠は」
「私はこの集団をまとめる人ですよ」
「っていう目印なのかもねぇ」
少年は王冠を見つめる。
「目印」
「うん」
「王様の印」
「そうかも」
親方は頷いた。
「じゃあ宝石はなんですか?」
「宝石はねぇ」
少し考える。
「私は豊かです」
「私は成功しました」
「そういう印なのかもしれない」
少年は自分の服を見る。
「服と同じですか?」
「近いかもねぇ」
親方は笑う。
「この服を着てる私はこういう人です」
「この宝石を付けてる私はこういう人です」
「そんな感じ」
少年はしばらく考えた。
それから本のドラゴンを見る。
「でもドラゴンには分からなさそうです」
「どうしてそう思ったの?」
「だって」
少年は少し笑う。
「ドラゴンは王冠を被らなくても強いです」
「うん」
「宝石を付けなくても強いです」
「うん」
「偉そうにしなくても偉そうです」
親方は吹き出した。
「偉そう?」
「はい」
「立ってるだけで偉そうです」
「それはあるねぇ」
二人は少し笑った。
しばらくして親方が言う。
「だから集めたのかもねぇ」
「財宝をですか?」
「うん」
「欲しかったんじゃなくて」
「分からなかったのかもしれない」
少年は首を傾げる。
「分からなかった?」
「なんで人間は」
親方は本の挿絵を見た。
「頭に金の輪を乗せるんだろう」
「なんで石を磨いて首から下げるんだろう」
「なんで戦いに使わない剣を飾るんだろう」
「そんなことをね」
少年は黙って聞いていた。
「ドラゴンから見たら」
親方は続ける。
「人間の方が不思議だったのかもしれない」
少年はゆっくり頷く。
「じゃあ」
「ドラゴンは財宝を集めてたんじゃなくて」
「人間を調べてたんですか?」
親方は少し考えた。
「かもしれないねぇ」
「ドラゴンの巣には本もあったって話を聞いたことがあるしねぇ」
少年は顔を上げる。
「本ですか?」
「うん」
「だから調べてたのかもしれない」
「なんで人間はこんなことをするんだろうって」
少年は工房の本棚を見る。
大きさも装丁もばらばらな本が並んでいる。
「親方みたいですね」
親方は手を止めた。
「私?」
「はい」
「分からないことがあると本を読みます」
親方は少し考えた。
「いや」
「私のは違うなぁ」
「違うんですか?」
「うん」
「知りたいから買ったんじゃなくて」
「面白そうだったから買った」
少年は首を傾げる。
「同じじゃないですか」
「違う違う」
親方は笑う。
「私のはただの物欲だよ」
少年は少し笑った。
「そうですか?」
「そうだよ」
少し沈黙。
親方はまた腕輪に模様を彫り始める。
カチ。
カチ。
カチ。
「まぁ」
親方がぽつりと言う。
「ドラゴン扱いされたのは初めてだけど」
少年は吹き出した。
親方も少し笑う。
しばらくして少年が言った。
「ドラゴンは人間を理解できたんですかね」
親方は窓の外を眺めた。
「どうだろうねぇ」
少し考える。
「人間だって」
「人間のこと、よく分かってないしねぇ」
少年は少し考えた。
「そう言われたらそうですね」
「うん」
工房に静かな風が吹き込む。
カチ。
カチ。
カチ。
小さな金属音が響く。
「でも」
親方がぽつりと言った。
「そういうの考えるのは面白いよねぇ」
少年は頷いた。
「はい」
しばらくして少年は本を閉じる。
そしてまた顔を上げた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「ドラゴンってなんで火を吐くんですか?」
親方は少し考えた。
「んー……」
それから首を傾げる。
「昔会ったやつは」
「氷だったけどねぇ」
少年は固まった。
「え?」
親方も少年を見る。
「ん?」
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




