魔法ってなんで呪文を唱えるの?
カサ。
カサ。
カサ。
ページをめくる音が響く。
親方は作業台で刃物を研いでいた。
シャッ。
シャッ。
シャッ。
しばらくして少年が顔を上げる。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「魔法ってなんで呪文を唱えるんですか?」
親方は少し考えた。
「んー……」
シャッ。
シャッ。
シャッ。
「○○著『魔導理論入門』?」
「違います」
「じゃあ○○著『古代魔法考』?」
「違います」
「違うのかぁ」
少年は少し笑った。
「『銀の魔法使い』です」
「あぁ」
「面白いよねぇ」
「はい」
少し沈黙。
少年は本を見ながら言った。
「この本の魔法使い」
「うん」
「ずっと呪文唱えてるんです」
「唱えてるねぇ」
「でも」
少年は首を傾げた。
「親方は唱えませんよね」
「なんでですか?」
親方は研いでいた刃物を置いた。
「さっき言った『魔導理論入門』によるとね」
「うん」
「魔法はイメージを形にする技術なんだって」
少年は首を傾げる。
「イメージ?」
「火を出したいなら」
「火がどういうものか知ってる方が使いやすいらしい」
「火は火じゃないんですか?」
親方は少しいたずらっぽく笑った。
「実験してみる?」
少年は頷く。
親方は指を鳴らした。
パチッ
作業台の端に置いてあったロウソクに小さな火が灯る。
「おぉ」
少年が身を乗り出した。
親方は近くにあった木のカップを持ち上げる。
「見てて」
カポッ
ロウソクへ被せる。
二人は黙って見つめる。
しばらくしてカップをどける。
火が消えた。
「あっ」
「なんでですか?」
「『魔導理論入門』だとね」
「空気の中には燃える何かがあるらしい」
少年は眉をひそめた。
「空気が燃えるんですか?」
「私も詳しくは知らないけどねぇ」
親方は肩をすくめる。
「でも」
「カップを被せたら」
「その燃える何かが入って来れなくなった」
少年はロウソクを見る。
「だから消えた」
「たぶんねぇ」
しばらく沈黙。
少年は少し考えた。
「じゃあ昔の魔法使いも」
「そういうこと知ってたんですか?」
親方は首を横に振る。
「知らなかったかもしれない」
「え?」
「だから呪文を使ったんじゃないかなぁ」
少年は首を傾げる。
「呪文を?」
「『古代魔法考』にはね」
「昔の呪文は魔法を使うための道具だったんじゃないかって書いてある」
「道具?」
「うん」
「火の原理を知らなくても」
「呪文を唱えれば火が出る」
「風を知らなくても」
「呪文を唱えれば風が吹く」
「そんな感じ」
少年は少し考える。
「便利ですね」
「便利だねぇ」
親方は頷く。
「だから昔の人は魔法使いだったのかもしれない」
「魔法使い?」
「うん」
「呪文という道具を使って魔法を使う人」
「じゃあ今は?」
「今は魔導師かな」
少年は首を傾げた。
「違うんですか?」
「違うらしいよ」
親方は笑う。
「私は鍛冶屋だから詳しくないけど」
少年は少し呆れた顔をした。
「絶対詳しいですよね」
親方は聞こえなかったふりをした。
「魔導師は呪文を研究したり」
「仕組みを調べたりする人らしいよ」
「だから昔より色んな魔法が使えるようになったとか」
「へぇ」
「まぁ」
親方は少し考える。
「昔の方が凄かったのかもしれないけどねぇ」
「そうなんですか?」
「どうだろうねぇ」
親方は笑う。
「だって本当に凄い魔法は」
「誰にも教えたくなかったかもしれない」
「なるほど」
「だから残ってないのかも」
少年は少し考えた。
工房に風が吹き込む。
やがて口を開く。
「じゃあ今は呪文いらないんですね」
「いらないねぇ」
「ふーん」
少年は少し残念そうな顔をした。
親方はその顔を見て笑う。
「どうしたの?」
少年は少し考えた。
「でも」
「うん?」
「呪文唱えた方がカッコいいです」
親方は吹き出した。
「それはあるねぇ」
少年は本を杖みたいに構える。
「炎よ集え!」
親方は頷く。
「おぉ」
「強そうです」
「強そうだねぇ」
「ですよね」
親方は少し考えた。
「案外」
「はい?」
「昔の魔法使いも」
「格好つけたかっただけかもしれないよ」
少年は即座に首を振った。
「それはないです」
「どうだろうねぇ」
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




