↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフの鍛冶屋―ねぇ親方― (世界の不思議を語り合う、1話完結の雑談ファンタジー)  作者: ぱられ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/50

海の向こうには何があるの?

カリ。


カリ。


カリ。


工房に静かな音が響く。


親方は銀のプレートへ細いタガネで花の模様を彫り込んでいた。


この辺りではあまり見かけない、どこか異国を思わせる華やかな模様だ。


少年は本棚へ無造作に差し込まれた羊皮紙を一枚ずつ引き抜き、


種類ごとに丁寧にまとめている。


その中から一際大きく丸められた紙が出てきた。


恐る恐る広げてみると、それは地図だった。


「ねぇ親方」


「親方じゃないけどなに?」


「これって何の地図ですか?」


少年は両手で地図を持ち上げる。


親方はそれを見ると懐かしそうに微笑んだ。


「あぁ、それはこの領地周辺の地図だよ」


「私が初めてこの街へ来る前に買ったんだ」


「これがこの辺りなんですか」


少年は少し興奮しながら地図を眺める。


けれど街の名前を見ても、


どこがどこなのかまったく分からない。


その様子を見た親方が笑う。


「こっちにおいで」


「テーブルに広げて一緒に見よう」


作業台の道具を端へ寄せる。


少年は嬉しそうに向かいへ座り、


慎重に地図を広げた。


「えーっと……」


「ここが領都だから……」


「ここから北に山があって……」


「その東に川が……」


「あれ?」


「違うな」


「西だったかな?」


「西って地図だとどっちだっけな……」


親方は地図の上を指が行ったり来たり。


しばらく真剣な顔で悩み始める。


少年は思わず苦笑した。


孤児院で方角だけは教わっていた。


西に大きな川。


北東には湖。


知っている景色を思い浮かべながら指を動かす。


「この辺りが僕たちの街ですか?」


親方はその辺りを眺め、


驚いたように少年を見る。


「よく分かったね」


「地図読めるの?」


「前に川と湖の場所だけ教わってたので」


「それっぽい場所を探しただけですよ」


親方は感心して頷いた。


「私は地図が苦手だから十分すごいよ」


「旅の途中も人に道を聞いてばっかりだったしねぇ」


少年は少し意外そうに笑う。


「川がここだとすると」


「さらに北が鉱山の街だね」


「南へ下ると高炉のある製鉄の町」


親方の指が川沿いをゆっくり滑っていく。


少年も地図を眺める。


街はどこも川の近くに集まっているようだった。


「街って川の近くにあるものなんですか?」


親方は頷く。


「人が暮らすには水が必要だからね」


「魚も獲れるし」


「畑へ水も引ける」


「それに船を使えば沢山の荷物も運べる」


「川の近くへ人が集まるのは自然なことなのかもしれないね」


少年は川を目で追う。


枝分かれし、


また一つになり、


地図の端まで続いていた。


「この川の先は載ってないんですね」


「この地図は領地だけだからね」


「川の先には何があるんですか?」


「隣の領地に繋がってるはずだよ」


「その先にはまた別の領地ですか?」


「この川はその領地の端にある海へ流れてるね」


少年は目を輝かせた。


「川の先に海があるんですか!」


街から出たことのない少年にとって、


海は本の中だけの世界だった。


「海って湖より大きいんですよね」


「もっともっと大きいよ」


「向こう岸なんて見えないし」


「どこまでも水平線が続いてる」


少年は想像する。


この街では、


山があり、


森があり、


川が流れている。


水しか見えない景色なんて思い浮かばなかった。


「じゃあ海の向こうには何があるんですか?」


親方は窓の外へ視線を向けた。


「また別の国があって」


「また海があって」


「その向こうにも国がある」


「世界って思ってるよりずっと広いんだよ」


少年も窓の外を見る。


この街の西を流れる大きな川。


その先には海があり、


さらにその先にも知らない国がある。


自分の暮らす小さな街が、


世界へ繋がっていることを初めて実感した。


「親方は海の向こうにも行ったことあるんですか?」


「行ったと言うより」


「来たと言う方が正しいかな」


「私の生まれた国はいくつも海を越えた先にあるから」


少年は目を丸くする。


「そんなに海があるんですか?」


親方は笑った。


「海自体は一つなんだけどね」


「人が東の海とか西の海とか呼んでるだけなんだ」


「陸路だと遠回りになる場所も」


「海を渡る方が近かったりする」


「もちろん海を渡らないと行けない国も沢山あるけれどね」


親方が世界中を旅してきた話は今までも聞いていた。


けれど地図を見ながら聞くと、


その旅は想像していたよりずっと壮大だった。


少年は口を開きかける。


「親方は……」


故郷へ帰りたいと思うことはあるのだろうか。


また旅へ出たいと思うのだろうか。


そう考えると、


その質問をするのは少し怖かった。


親方は少年を見つめ、


静かに言葉を待っている。


少年は少し考えてから聞いた。


「親方は……この街が好きですか?」


親方は何かを察したように、


優しく少年の頭を撫でた。


「私はね」


「今まで色んな街で暮らしたけれど」


「だいたい二、三年で次の街へ行ってたんだ」


「どうしてですか?」


「他の街の噂が気になったり」


「新しい景色を見たくなったり」


「まぁ色々だよ」


親方は懐かしそうに窓の外を見つめる。


「そんな私がこの街へ来てもう十年以上になる」


「家を買って」


「自分の工房を構えて」


「商売まで始めたのはここが初めてなんだ」


少しだけ照れくさそうに笑う。


「旅行くらいはまた行くかもしれない」


「でも」


「ここはもう私が居たい場所だから」


「これで答えになるかな?」


少年は満足そうに大きく頷いた。


「じゃあ旅行に行く時は僕も連れて行ってくださいね!」


「ちゃんとシスターの許可を取らなくちゃね」


親方は笑う。


それから二人はまた地図を眺めながら話を続けた。


領内の街のこと。


隣の領の海のこと。


海の向こうの国のこと。


工房の作業台いっぱいに広げられた一枚の地図は、


少年には世界そのもののように見えていた。


終


※本作は note にも掲載しています。

※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。