鍛冶屋って武器を作る職人なの?
カン。
カン。
カン。
工房に金槌の音が響く。
親方は赤く熱した鉄の塊を金床の上で叩いていた。
先程までただの塊だった鉄は、少しずつ丸い鉄板へと姿を変えていく。
少年はその様子をじっと眺めていた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「何を作ってるんですか?」
親方は手を止めずに答える。
「まだ内緒」
少年は出来上がりつつある鉄板を見る。
「剣ですか?」
「違うねぇ」
「じゃあ包丁ですか?」
親方は笑った。
「残念」
「これはフライパンになるんだよ」
そう言うと親方は丸く広がった鉄板を炉の中へ戻した。
少年は少し驚いた顔をする。
「鍛冶屋って武器を作る仕事じゃないんですか?」
「そう言えば君がここへ来てからは刃物の仕事が多かったね」
「でも彫金の仕事もけっこうやってたでしょ?」
少年は工房を見回す。
細いタガネ。
針のような工具。
小さなヤスリ。
確かに親方は細かな細工を作ることも多かった。
「大きくて重たい金属加工は少し苦手なんだよね」
「だから私は細工物とか軽い道具を作ることが多いかな」
親方は少し小ぶりなハンマーへ持ち替えた。
炉から取り出した鉄板の縁を金床の角へ当てる。
コン。
コン。
コン。
少しずつ叩く場所を変えるたび、
平らだった鉄板の縁がゆっくりと立ち上がっていく。
少年は目を輝かせた。
「板がフライパンになっていきます」
「面白いでしょ?」
親方も楽しそうに笑う。
「鍛冶屋って金属から色んな道具を作る仕事なんだよ」
「もちろん武器も立派な道具だけど」
「鉄の道具は武器だけじゃないからね」
少年は頷く。
「本に出てくる鍛冶屋は武器を作る人だったので」
「親方もそうなのかなって思ってました」
「でもよく考えたら金属の道具って沢山ありますね」
「鍋やフライパン」
「裁縫道具」
「ドアの蝶番」
「ランタン」
少年が指を折りながら考える。
「製鉄所や鋳造工房で大量に作る物も多いけどね」
「それを修理したり手直ししたりするのも鍛冶屋の大事な仕事だよ」
フライパンは少しずつ形を整え、
もう最初の鉄板だった面影はほとんど残っていなかった。
「じゃあ武器だけ作る鍛冶屋はないんですか?」
「そんなことはないよ」
「大きな街には鍛冶工房が沢山あるからね」
「武器専門だったり」
「鎧専門だったり」
「調理器具専門だったり」
「得意分野を決めてる工房も珍しくないよ」
「この街にもいくつか鍛冶屋があるからね」
「ドワーフの鍛冶屋なんかは武器がメインだったはずだよ」
少年は以前訪れたドワーフの工房を思い出す。
壁一面に並ぶ剣や槍。
工房には武器屋も併設されていた。
「ドワーフさんはお鍋は作らないんですか?」
「作らないわけじゃないと思うよ」
「でも武器の評判が良いからね」
「武器ばかり注文されて」
「気付いたら武器専門の工房になってたのかもしれない」
親方は出来上がったフライパンをくるりと回し、
形を確かめる。
まるで最初からその形だったかのように綺麗だった。
「親方はいろんな物を作るんですね」
「旅先でせっかく色んな技術を覚えたからね」
「武器も普段はあまり作らないけれど」
「技術が鈍るのは勿体ないから、たまには作ってるよ」
「最近は調理器具や彫金細工の方が人気だけどねぇ」
そう言って親方はフライパンの縁を軽く整え、
炉の脇の石台へ置いた。
「武器は危ないことが起きないと使われないけど」
「調理器具は毎日使うものでしょ?」
「使ってる人の感想がすぐ聞けるのは嬉しいものだからね」
「私はこういう仕事がけっこう気に入ってるよ」
少年は静かに頷く。
「親方の仕事はみんなが喜ぶ仕事なんですね」
親方は優しく微笑んだ。
「鍛冶屋だけじゃないよ」
「パン屋も」
「兵士も」
「冒険者も」
「喜ぶ人がいるから仕事になるのかもしれないね」
少年は少し考えてから言った。
「仕事ってお金を貰うためのものだと思ってました」
親方は思わず吹き出す。
「それも間違ってないよ」
「お金を貰わないと材料も買えないし」
「生活も出来ないからね」
親方は完成したフライパンを軽く金槌で叩いた。
コン。
澄んだ音が工房に響く。
「このフライパンだって」
「鋳造の大量生産品より高く売るつもりだよ?」
「高くても売れるんですか?」
少年は首を傾げる。
「そこは職人の腕の見せ所だね」
そう答える親方の表情はどこか誇らしかった。
いつか自分も、
誰かに喜んでもらえる仕事が出来るのだろうか。
そんなことを考えながら、
少年は出来上がったフライパンを見つめる。
まだ少しだけ温かいその鉄は、
誰かの食卓へ運ばれる日を静かに待っているようだった。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




