聖獣や幻獣は存在するの?
カン。
カン。
カン。
工房に心地よい金槌の音が響く。
親方は赤く熱した鉄板を金床の上で叩き、形を整えていた。
少年は窓際の木箱に腰掛け、本を読んでいる。
勇者が聖なる湖を訪れ、聖獣の加護を受けて幻獣を討つ――そんな冒険譚だった。
しばらくページをめくっていた少年は、ふと顔を上げる。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「幻獣や聖獣って本当に居るんですか?」
親方は鉄を数度叩くと、再び炉の中へ差し込んだ。
「君の想像とは少し違うかもしれないけど」
「幻獣も聖獣もちゃんといるよ」
少年は目を丸くする。
「いるんですか?」
親方はくすっと笑った。
「まず幻獣っていうのは、文字通り幻の獣のことだね」
「昔の文献や伝承にだけ登場するような、まだ存在が確認されていない生き物」
「だから本来は学者さんが使う言葉なんだよ」
炉にそっと風魔法を送りながら続ける。
「でも、一度見つかったからって呼び名がすぐ変わるわけでもなくてね」
「発見された後も幻獣って呼ばれ続けることは珍しくないんだ」
「ちなみにドラゴンも昔は幻獣って呼ばれていたらしいよ」
「今は存在が確認されてるから」
「学者さんに言わせればもう幻獣ではないのかもしれないね」
親方は炉から鉄を引き抜き、再び金床へ置く。
カン。
カン。
カン。
少年は本へ目を落とす。
昔は幻だと思われていた生き物。
誰かが本当に見つけたからこそ、今では存在を知っている。
未知の幻獣を次は自分が見つけて見せる。
そう考えて冒険するのはとてもワクワクする気がした。
槌の音が止まり、鉄が再び炉へ戻される。
少年はそのタイミングを見計らって口を開いた。
「じゃあ聖獣はどういうものなんですか?」
「実は幻獣とは比べるものでもないんだよ」
「幻獣は学者さんの呼び方」
「聖獣は宗教や信仰の中で呼ばれる名前だからね」
親方は炉へ風を送りながら続ける。
「人を救った獣」
「神秘的な姿をした獣」
「長い間その土地を見守り続けた獣」
「そういう生き物を、人が聖なる存在として敬うようになったみたいだね」
「見た目だけでも聖獣になるんですか?」
「例えば真っ白な毛並みの狼とか」
「大きくて立派な角を持った鹿とか」
「そういう普通の野生動物を聖獣として大切にしてる地域もあるみたいだね」
少年は感心したように頷く。
「ちなみにドラゴンを聖獣として崇める国もあるんだよ」
「ドラゴンが聖獣なんですか?」
「昔、そのドラゴンが国を襲った魔物の群れを追い払ったんだってさ」
「それ以来、その国では国を救った聖獣として大切にされてるらしいよ」
親方は少し笑う。
「まぁ本人はそんなつもりじゃなかったのかもしれないけどね」
「縄張りを荒らされて怒っただけかもしれないし」
「昼寝の邪魔をされて機嫌が悪かっただけかもしれない」
少年は思わず笑ってしまう。
「それでも聖獣なんですね」
「人がどう受け取るかって案外大きいからねぇ」
親方は再び鉄を叩き始めた。
カン。
カン。
カン。
少年は静かに本を閉じる。
存在するかも分からないものを探し続けた人。
誰かを救ってくれた生き物へ感謝を込めた人。
人の想いが名前になり、
やがて物語になり、
長い時を越えて本の中に残っていく。
それはなんだか、とても素敵なことのように思えた。
カン。
カン。
カン。
一定のリズムで響く槌の音。
親方の作った道具も、
いつか誰かの物語になる日が来るのだろうか。
そんなことを思いながら、
少年は鉄を打つ親方の手元を静かに見つめていた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




