冒険者は依頼で何するの?
親方はナイフの柄に取り付けられた鹿角を丁寧にヤスリで磨いていた。
細かな木屑のような粉が作業台へ静かに積もっていく。
少年は工房の奥にある倉庫で素材の整理を終え、
手についた埃を払いながら工房へ戻ってきた。
ふと窓の外を見る。
数人の少年達が荷車を引いて街の大通りを歩いていた。
簡素な革鎧を身に着け、
自分より少し年上くらいに見える。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「あれってもしかして冒険者ですか?」
親方も窓の外へ目を向けた。
「あぁ」
「新人の冒険者かな」
「荷運びって意外と需要のある仕事だからねぇ」
そう言うとまたヤスリを動かし始める。
「冒険者って他には依頼でどんな仕事をするんですか?」
親方は少し考えた。
「新人なら街の清掃活動とか」
「薬草や木の実なんかの素材採取だね」
「魔物を倒したりしないんですか?」
少年は物語に出てくる冒険者を思い浮かべる。
剣や魔法で魔物と戦う姿ばかりだ。
「そういう仕事はもっと経験を積んでからかな」
「新人はアイアンから始まってね」
「経験を積むとブロンズ、シルバーって少しずつランクが上がっていくんだよ」
親方は鹿角にふっと息を吹きかけ、
表面の仕上がりを確かめた。
「さっきの子達はきっとアイアンかブロンズだね」
「魔物や害獣の討伐は基本的にシルバー以上だったかな」
少年は頷く。
「みんなが魔物と戦うわけじゃないんですね」
「駆け出しの子に危ない仕事を任せて怪我でもされたら困るじゃない?」
「それに街の周りにいる魔物や獣を全部倒しちゃったら」
「今度は別のことで困るんだよ」
少年は首を傾げる。
「魔物や獣が居なくなるのはまずいんですか?」
親方は頷く。
「被害を受ける人からすれば居なくなってほしいだろうけどね」
「魔物は魔石を」
「獣は肉や骨や革をくれる」
「街にとって大切な資源なんだよ」
少年は思い出す。
魔石も革も骨も、
どれも暮らしには欠かせないものだ。
「だからギルドが数を調べながら」
「減りすぎないよう」
「増えすぎないよう」
「討伐の依頼を出してるんだよ」
「ギルドってお仕事を紹介するだけじゃないんですね」
「この街は特に領主とギルドがしっかり連携してるからね」
「街の周りの資源や魔物なんかも調べて管理してるみたいだよ」
少年は窓の外を見る。
物語の中の冒険者は、
魔物と戦ってばかりだった。
けれど実際の冒険者は、
街を支える色々な仕事をしているらしい。
「物語に出てくるみたいな」
「戦ってばかりの冒険者って居ないんですか?」
親方は手を止め、
少し考える。
「居ないわけではないと思うよ」
「治安の悪い土地や」
「魔物が増えすぎた地域なんかでは」
「戦うことを専門にしてる冒険者もいるだろうね」
「そういう場所なら」
「アダマンタイトも活躍してるんじゃないかな」
少年は首を傾げた。
「アダマンタイトって鉱石のですか?」
親方は思わず笑う。
「あぁ、ごめん」
「冒険者の最高ランクもアダマンタイトって呼ぶんだ」
「最高ランクですか!」
少年は目を輝かせる。
「この街にも居るんですか?」
「残念だけどこの街の最高位はゴールドだね」
「それも護衛や採取が専門だったはずだから」
「魔物退治ばかりの冒険譚は聞けないかもしれないね」
親方は微笑むと、
また静かにヤスリを動かし始めた。
「冒険者にも専門家がいるんですね」
「高いランクになるほど」
「得意な分野で有名になる人が多いみたいだね」
少年は少し笑う。
「なんだか普通のお仕事みたいですね」
親方も笑った。
「あら、冒険者も立派なお仕事だよ?」
「そうでしたね」
二人は顔を見合わせて笑う。
少年は再び戸棚の整理を始めた。
しばらくして、
ぽつりと呟く。
「魔物と戦いたくて冒険者になった人が」
「薬草採取で有名になったら」
「どんな気持ちなんですかね」
少しだけ寂しそうな声だった。
親方はヤスリを止め、
少年を見る。
「不本意だって思う人もいるのかもしれないね」
「でも」
「誰かに喜んでもらえるのって案外嬉しいものだから」
「きっと薬草採取も好きになっていくんじゃないかな」
「ゴールド以上になるまで続けられるくらいだもん」
「好きじゃなきゃきっと続かないと思うよ」
少年は小さく頷いた。
孤児院や教会の手伝いで、
「ありがとう」と言われた時のことを思い出す。
あの時は嬉しかった。
「僕もいつか誰かに喜んでもらえる仕事がしたいです」
親方は優しく微笑む。
「きっとそんな仕事が見つかるよ」
親方は磨き終えたナイフを窓から差し込む光へかざした。
丁寧に磨かれた刃は静かに輝き、
鹿角の柄もやわらかな艶を帯びている。
今日もまた、
誰かの暮らしを支える一本が完成した。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




